秘密のおまじない

里予木一

秘密のおまじない

 幼い頃、あまり記憶が定かではないのだが、同じくらいの年の女の子が、不思議なおまじないのようなものをしていたのを覚えている。


 不思議な呪文のようなものを発したり、魔法陣のようなものを描いたり、人気のない空き地のようなところで人目を避けるように行っていた。どういう理屈か、火や水や風が生み出されていたことをおぼろげに記憶している。


 俺はその子に詰め寄って、どうやってやるのか教えてくれ、とお願いした。その子は何度も拒否したが、教えてくれなかったらみんなに言うぞ、という最低な脅し文句で、何とかそのおまじないのやり方を聞き出した。俺は夢中で、それをノートに書き留めて、しばらくはずっと練習していたと思う。ちなみに、聞き出したときに、何度も何度も言われたセリフは今でも頭に残っている。


『絶対に他の人に言ったり、見せたりしないでね。もしほかの人に知られたら、大変なことになるからね』


 そこからはあまり覚えていないのだが、しばらくしたら飽きてしまい、ゲームや漫画に夢中になっていたと思う。なぜ今そんなことを思い出したかというと、自宅で昔の荷物をあさっていたら、その時のノートが出てきたからだ。


 『おまじないノート』と書かれたそれは、子供ながらに細かくたくさんの文字や絵で説明が書いてあった。ひらがなばかりで読みづらかったけど、何とか解読することができたので、そのおまじないを試してみることにした。……二十歳になろうという自分がこんなことをしているのは、なんとも情けないものだったが。


 ほぼふざけて試してみたが、驚くことにそのおまじないのいくつかは成功した。手のひらに火を生み出したり、水を出したり、風を起こしたり、といった、不思議な現象が起こったのだ。


 俺は驚くと同時、とても興奮していた。実は大学受験に失敗し、家に金がないから浪人もできず、フリーター生活で将来に絶望していた。昔の荷物を漁っていたのも何か金に換えられるものがないかを探してのことだった。


「もしかしたらこれ、金になるんじゃないか……?」


 高揚感に包まれながら、俺はそのおまじないの様子を動画で撮影した。CGだと思われそうだが、嘘っぽくならないよう色々工夫した。そしてそれを動画サイトにアップする。しばらくは、嘘扱いするようなコメントばかりだったが、映像解析やCGに詳しい有識者が、加工されていないように見える、というコメントを出してくれてからは少しずつSNSなどでも広がり、再生数も伸びていった。


 もしかしたらこれで生きていけるかも……。そんなことを考えていたある日。いつものようにコンビニでバイトをしていると、高校時代の同級生の女の子が突然お店に来て、俺に気づいて声を掛けてきた。地味だが、よく見るとかわいい子で、ひそかにいいな、と思っていた子だった。俺は緊張しつつ答える。


「ひ、ひさしぶり、どうしたの?」


「うん、見かけたからさ、最近なにしてるのかなーと思って」


「ああ、見ての通りバイトなんだけど、で、でも、ちょっとお金を稼げる目途が立ちそうなんだよね。だからまぁそれがうまくいったら、そっちで生計立てていこうかな、って思っててさ」


 学校も行かずバイトしているだけなのを知られたくなくて、聞かれてもいないことを早口で話してしまった。


「へぇ、そうなんだ。でも、なんか怪しくない? それって大丈夫? ちゃんと、?」


「え? うん。大丈夫だよ。世の中のルールには違反してない、はず」


 約束、という言い回しが少し気になったけど、別に犯罪ではないのでそう答える。


「ふーん。……なるほど。じゃあ、また。うまくいったら教えてよ」


 その子は手を振って、店を出ていく。……その様子を見送りながら、なんとなく、幼い頃に聞いた言葉を思い出した。


『絶対に他の人に言ったり、見せたりしないでね。もしほかの人に知られたら、


「……いや、大丈夫。昔のことだし」


 首を振る。さて、帰ったら新作を投稿しないとな。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 今回は、おまじないで起こした火を、同じくおまじないで出した風や水で消す、という動画を作った。投稿からすぐにいくつもコメントが付く。なかなか評判は良さそうだ。


「……ん? なんだ?」


 コメントを見ていると、仕掛けを考察する内容が並ぶ中、一つだけ異質なものが混ざっていた。


 ぞくり、と鳥肌が立つ。そこには。


『ミテルヨ』


 とだけ書かれていた。


「な、なんだよこれ。荒らしか?」


 少し怖くなって、思わず後ろを振り返った。当たり前だが部屋の中にも、窓の外にも誰もいない。


 コメントを見直すと、削除されたのか消えていた。ほっと胸をなでおろす。


「まぁ、荒らしが来るくらい盛り上がってきたってことだな」


 気を取り直して、次の動画で何を取るかを考える。なんとか、これで稼げるようになるといい。おまじないノートを見直して、もっとできることがないか調べてみよう。


 ――そんなことを思いながら、日々を過ごしていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ある日、突然、意識を失って、暗い部屋に連れてこられた。


 椅子に縛り付けられている。


 口も縛られていてしゃべれない。


 なんだ、なんだここは。なんでこんなことに。


「……秘密、守れなかったね」


 後ろから、少女の声がする。これは……あの、地味だけど、かわいい、あの同級生の子、では……?


「あの時、無理やり私から聞きだしたおまじない、秘密だって言ったのにね」


 あの時……? あの、女の子? え? そうだったのか? 同一人物だなんて、知らなかった……。


「記憶を消してあげられれば良かったけど、それって簡単じゃないんだよね。特に子供なんて、ふとしたきっかけで思い出すから。それよりはちゃんと、約束してもらったほうが、まだいいかなと思ったの。……言えないようにしちゃうのも、かわいそうだったし」


 怖い。ごめんなさい。もうしないから。だからここから出して。


「それに、あなたには素養があった。アレ、誰にでもできるわけじゃないんだよ。もしあなたが、秘密を守って、使えるようになっていたら、私の仲間になれたかもしれないのにね」


 待って。まだ、大丈夫。あの動画、削除するから。


「ああいうおまじない……魔術、って言うんだけど、それが一般に知られていないのはなんでだと思う? 私たち魔術使いが、SNSも動画サイトも、すべて監視しているから。秘密を洩らそうとする人が出たら……始末しているからだよ。魔術ってね、色々なことができるんだ。残念ながらあなたは、見世物としてしか使わなかったけどね」


 チャンスを、挽回の機会を、一度だけでもいいから、どうか。


「魔術は、秘匿されなくてはならない。守らなかった人がどんな目に合うか、一般社会でもあるでしょう? 最近、とある人が守秘義務違反でいなくなった。あなたも同じだよ。……じゃあ、さよなら」


 まっ――。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「みんなも、約束した秘密は、ちゃんと守ろうね」



 

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