【短編】我儘令嬢の所有物
早乙女由樹
俺は今、我儘で自分勝手で多くの人から恐れられていると噂の第三王女のアリアナ様の従者として働いている。
こんなところで働きだしたのは、時をさかのぼること一か月前、兄がくじ引きではずれを引いてしまったせいで、俺がこの屋敷で働く羽目になったらしい。意味が分からないだろう?大丈夫だ。俺もさっぱりわからん。
ここにきて最初の二週間は、従者のじの字も知らない俺を従者にするための教育という名の拷問を受けた。
お嬢様の理不尽な命令に黙って従い続けて二週間だが、もう既に精神が疲れ切っている。
「デニス!」
「はい!何でしょうか」
「紅茶とケーキを持ってきなさい」
「かしこまりました」
お嬢様の自室を出て厨房に走って向かう。走っているところを執事長に見つかると尋常じゃないほど叱られるので、エンカウントしないことを願いながら走る。
「リサさん!紅茶と、ケーキを、お願いしますっ!」
「了解。すぐに用意するわ。できるまでの間そこのイス使っていいから休んでなさい」
「ありがとうございます」
なんで俺はこんなところでこんなバカみたいなことをしているんだろうか。命令に背けばもちろん殺されるので従うしかない。でも、従ったところで何かいちゃもんをつけられて罵倒され、時には物を投げられたり殴られたりだってする。
俺がこの屋敷で支給された部屋は簡素なベッドとクローゼットに机が一つだけで窓はなく、牢獄に近しい雰囲気のある部屋だ。持ってきた私物はほとんど没収され、必要最低限の物しか部屋にはない。
クローゼットには、前にその部屋を使っていた人が彫ったであろう文が刻まれていた。
『自分を人だと思うな 物だと思え』
きっと毎日のように自分が物であると言い聞かせれば、この苦痛から逃れることができるのかもしれない。でもそれと同時に人として大切な何かを失ってしまうことになるだろう。
「デニス君、デニス君!大丈夫?ぼーっとしていたみたいだけど」
「ちょっと考え事をしていただけなので大丈夫です」
「紅茶とケーキの準備、できたわよ」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい」
紅茶とケーキを持ってお嬢様の部屋までなるべく急いで向かう。
また何か小言を言われるかと思うとうんざりしてくる。
「おまたせいたしました」
「遅い!いつまで待たせる気よ!」
「申し訳ございません」
「ほら、さっさと準備しなさい」
「かしこまりました」
言われた通り、お嬢様に紅茶とケーキをお出しする。お嬢様が紅茶を一口飲むと、また小言が飛び出した。
「ぬるい。遅いくせにぬるいってどういうことよ?バカなの?死にたいの?紅茶すらまともに出せない無能なの?」
「……申し訳ございません」
行き場のない怒りを押し殺して頭を下げる。この人に逆らえば最悪の場合、父上や兄上にまで迷惑がかかるかもしれない。それだけは絶対に避けたい。
「はぁ、もういいわ。下がりなさい」
「かしこまりました」
お嬢様の部屋を出たところで大きなため息が出た。
「はぁ……もうやだ。こんなことならいっそのこと……」
いや、死ぬのはダメだ。それこそ今まで育ててくれた父上に申し訳なさすぎる。
執事長の話によると、お嬢様は小さいころから常に誰かに自分を見てほしがっていたそうだ。その手段がお嬢様にとってはちょっとした悪戯だった。でも、成長していくにつれてちょっとした悪戯が徐々に過激なものに変化していき今に至るらしい。
お嬢様は悪くないみたいな口ぶりで執事長は言っていたが、だからと言って執事を奴隷のように扱っていい理由にはならないはずだ。
まぁ、お嬢様の過去が何であろうと現状が変わることはないし、この苦痛から解放されることもない。ならアレをやってみるか……
「俺は人じゃない。俺は物だ。俺は物、俺は物、俺は物…………」
そうして俺は近くに誰もいないときは自分が物であると独り言をいうようになった。
「デニス!」
「……なんでしょうか、お嬢様」
「今日のティータイムのお菓子はマカロンにしてちょうだい」
「……かしこまりました」
彼はアリアナ王女の自室を出ると、歩いて厨房まで向かった。
「……リサさん。今日のティータイムのお菓子はマカロンでお願いします」
「わかったわ」
彼の目に光はない。言われたことを、言われたとおりに実行する。何か小言を言われたらただ頭を下げて謝る。その行動のすべてに彼の感情は含まれていない。
ティータイムの時間になったら、リサさんに用意した紅茶とマカロンを持ってアリアナ王女の自室に向かう。
「失礼します」
「遅いわよ」
「……申し訳ございません」
「頭下げてないでさっさと準備して頂戴」
「……かしこまりました」
「忘れないうちに言っておくわ。明日、隣の領にある街に行きたいの。手配しておいて」
「……かしこまりました」
その翌日、街で思う存分楽しんだアルカナ王女を乗せた馬車に刺客が送り込まれた。
アルカナ王女は今までの数々の行動から恨みを買うことが非常に多い。彼女のせいで破滅に追い込まれた貴族も少なくはない。
隣の領を出て少し進んだところで現れた刺客は、馬車を取り囲むようにして武器を構えている。全員が覆面をしており、構えからしてそれなりの手だれだろう。
「デニス。お嬢様を連れて屋敷まで走りなさい。敵の足止めは私がします」
「わかりました。行きましょうお嬢様」
彼がアリアナ王女の手を取って馬車から下ろすと、狙っていたかのように物陰から敵が飛び出してくる。
「お嬢様失礼します。しっかりと掴まってください」
「えっ、何よ急に!うわぁ!」
彼はアリアナ王女をお姫様抱っこすると、迫ってくる敵など見向きもせずに一目散に走り出す。
「待ちやがれぇ!」
敵の持つ大剣が勢いよく振り下ろされ、アリアナ王女を抱き抱える彼の背中から鮮血が地面に飛び散る。
彼は斬られたことなど気にせず、地面に血を撒き散らしながら屋敷へと走った。
「デニス!血!背中から血が!」
「この程度、大丈夫です」
二十分走るとようやく屋敷が見えてきた。彼の姿を見つけたメイドが慌てて外に出てきた。
「何があったんですか!」
「帰り道で馬車が襲われました。執事長が足止めをしています。お嬢様のことを、よろしくお願いします……」
アリアナ王女をメイドに託すと、彼はその場に倒れた。皮膚の色は白く変色して大量の汗をかいており、呼吸と脈が速くなっている。
「デニス!デニス!しっかりして!」
「深い傷……すぐに医者を手配します!」
「ええ。お願い」
その後、彼は医者のもとに担ぎ込まれて一命をとりとめた。
彼が目覚めるまでの間、アリアナ王女は毎日のように彼のもとに訪れては手を握っていた。
彼が昏睡状態に陥ってからのアリアナ王女の態度は、だれが見てもわかるほどおとなしくなった。それと同時に常に元気がなく、上の空の状態が続いていた。
そうして彼が目を覚したのは、背中を斬られて一か月たったころだった。
「………」
「デニス!よかった!やっと目が覚めたのね!すぐに先生を呼んでくるわ」
アリアナ王女は小走りで部屋を出ると、すぐに医者を連れて戻ってきた。医者は彼にいくつか質問をした後、簡単な検査を行うと激しい運動をしないのならば仕事に復帰していいと言って部屋を去っていった。
「デニス、あの時は助けてくれてありがとう」
「……お嬢様の従者として当然のことをしただけです」
「ええっと、今度お父様にデニスのことを紹介したいのだけれどいいかしら?」
「……俺はお嬢様の所有物であり、消耗品です。紹介する必要はありません」
「ッ!い、今……なんて……」
「……ですから俺はお嬢様の所有物であり消耗品だと……」
「自分のことを消耗品だなんて言わないで!デニスがいなくなってからずっと寂しくて、辛くて、でも今まで私がデニスにしてきたことの方がずっとひどくて……それでも私はこれからもデニスと一緒にいたいだなんて思っちゃって、私にそんな資格がないことはわかってるはずなのに……」
アリアナ王女の目から涙がこぼれ落ちる。
「ごめんなさいっ、今までずっと酷いことをしてきてごめんなさいっ!お願い、こんなこと私が言える立場じゃないのはわかってる……でもっ!私を許して欲しいのっ。もう絶対にあんなことしない!絶対にしない!だから……私を……許してください……デニスがいないと私っ、もう………」
「……俺はお嬢様の従者です。ですのでお嬢様が言ったことが俺の全てです」
「だめっ、それじゃあダメなのっ!私にデニスを縛り付ける権利なんてない!それじゃあダメなのよ………」
数日後には無事に職場に復帰した。彼が屋敷に戻るとほとんどの人が労いの言葉をかけられた。たった一人のメイドを除いて。
そのメイドは柱の影から彼のことを睨みつけながら手首を掻きむしっていた。
そうして時は過ぎていき、俺はもう一度感情を取り戻すことができた。俺が怪我をしてからのお嬢様は以前とは比べ物にならないほど優しい人になっている。というわけで俺は無事に奴隷のような扱いから無事に卒業し、普通の扱いになったのだ。でも、普通というにはいささか矛盾が生じる部分もある。それは、明らかにお嬢様との距離が近い。そして一緒にいる時間が長い。朝から晩まで、着替えや風呂のとき以外は常に一緒にいる。何なら着替えまで俺に頼もうとしてくる始末。何とか執事長に掛け合ってもらって事なきを得たが、そうしなかったらと思うと怖い。
「デニス!こっちのドレスとこっちのドレス、どっちが似合うかしら?」
「どちらもお似合いですよ」
「そうじゃなくて、どっちがいいのかって聞いてるのよ。こっちの赤い方?それとも青い方?」
「俺は青いドレスのほうが好きです」
「それなら今度のパーティーは青のドレスで行くわ」
今度のパーティーというのは、一週間後に王城で開催される各領地の代表が集まるパーティーである。この手のパーティーには王族は基本的に全員出席らしく、執事長によると出席者の暗殺が計画されていることも少なくないらしい。前回のパーティーでは一方的に婚約破棄をされた令嬢が刺客を雇って元婚約者を集団リンチしたそうだ。王城の警備どうなってるんだよ。
「パーティーの時、デニスには私をエスコートしてほしいの」
「執事長にも同じことを言われました。勿論エスコートさせていただきます」
「やった!それなら私と一つだけでいいから約束してちょうだい」
「なんでしょうか?」
「絶対に死なないで。これだけは本当に守って」
「わかりました。お嬢様を残して死ぬなんてことは絶対にしません」
「絶対によ。絶対に約束は守って」
そうして迎えたパーティー当日。会場の前には次々と馬車が止まり、出席者を下ろすとまた次の馬車がやってきていた。
現在俺は会場の警備と、緊急時の行動についての最終確認をしていた。警備には出席者を威圧しすぎないために最低限の衛兵しか会場内にはいない。その代わり会場外の警備を厳重にしているらしい。
その代わりに会場内には出席者にまぎれた衛兵がいるそうだ。
この場にいるのは執事長自らが選んだ信用がある執事とメイドのみ。その中には俺を時折睨んでくるメイドもいた。俺、何もしてないはずなんだけどなぁ。
「デニス、警備の確認は終わった?」
「ついさっき終わりました」
「それなら、パーティーが本格的に始まるまではデニスと一緒にいてもいいのよね?」
「執事長から俺は常にお嬢様と一緒に行動するように言われているので大丈夫です」
「やったー!ねえねぇどう?このドレス」
「とてもよくお似合いですよ」
こうして無邪気な笑顔でいるお嬢様を見ていると、なんだか微笑ましく思えてくる。やはりなんとしてでもお嬢様のことは守らねばならない。たとえ約束が守れなかったとしてもだ。
そうしてパーティーは始まった。会場には多くの人が入りびだっており、たくさんのテーブルの上には豪華な食事やお酒の入ったグラスなどが置かれている。執事長から食事や飲み物の類はテーブルから取らず、特定のメイドから受け取るように指示されている。
会場にいる出席者たちは知り合いに挨拶したりして回っている。
「お嬢様?どうかなさいましたか?」
会場に入ってからお嬢様の様子がおかしい。
「私が今までしてきたことを考えると……その……自分が許せなくて……」
「お嬢様……」
確かにお嬢様のやってきたことは決して許されることではない。でも、俺が背中を切られてからのお嬢様と常に一緒にいた俺にはなぜか擁護したいと思ってしまう。
「……気を使わなくていいのよ。私がひどいことをしてたのは事実なんだから」
「………」
何か言えることはないか必死に考えるが何も言えない。
「とりあえず、何か飲み物でもどうですか?そういうことはこれからじっくり考えていきましょう」
「ええ……そうね。そうしようかしら」
近くにいたメイドからシャンパンの入ったグラスを二本貰い、片方をお嬢様に手渡す。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう。………それじゃあ挨拶に行きましょうか」
「はい」
「お初に御目にかかります。ニルバニア国第三皇女、アリアナと申します」
「!?これはこれはご丁寧に。ブルドクス領領主セルビアと申します」
「ご子息の件、本当に申し訳ございませんでした」
「ちょっ、ちょっと待ってください。あ、頭を上げてください。息子の件ですが、アリアナ王女の非はありません。むしろこちらがお礼をしなければならないぐらいで」
「で、でも……」
「問題児だった息子がアリアナ王女のおかげで今では次期領主にふさわしい存在になっています」
「えっ?えっ?」
「とにかく、アリアナ王女は何も悪いことはしていないということです。それでは失礼します。国王陛下にもよろしくお伝えください」
二人の会話から推測すると、お嬢様がわがままであることを利用して手の付けられない人を更生させようとしたのだと思う。第三皇女の従者ともなれば簡単に断ることはできない。
だとすれば俺も同じってことなのか?今まで父上や兄上に迷惑をかけてしまっていたと考えると申し訳ないな……
その後もお嬢様は今まで迷惑をかけた人のところに同じような挨拶をしに行ったが、皆から同じようなことを言われた。実はお嬢様ってそんなに悪いことしていないのでは?
パーティーも終盤に差し掛かってきたとき、会場で一番大きな扉が突然開いたかと思うと武装した集団が入ってきた。警備はどうなってるんだよという話は置いといて、お嬢様を絶対に守らなければならない。
「デニス!お嬢様を連れてBルートから脱出!その後はどこかに身を潜めて事が落ち着くまで待機!」
「了解です」
「くれぐれも死んだりしないように」
「もちろんです。お嬢様、こちらです」
お嬢様の手をとり、執事長に言われたBルートの扉から廊下に出る。長い廊下を曲がろうとしたその時、曲がった先のほうから男たちの声が聞こえた。
「この道であってるのか?」
「あぁ。あってるぜ。俺たちの仕事はパーティー会場を散々荒らしまくって相手が疲弊したときに暴れまわることだ。ゆっくり歩いてればちょうどいい頃に着くだろ」
「それにしても、外を守ってるやつら雑魚にもほどがあるよな!」
「ああ!あんな遅い動きで俺たちにかなうはずがねえもんな!」
「おい、そこに誰かいるのか?」
「はぁ?そんなところにいるわけねえだろ」
「いや、絶対にいる。数は二人か。会場から逃げてきたやつらってところか?
まずい。それなりに距離があるはずなのに気付かれた。
急いで廊下を引き返し、近くにある部屋に入り鍵を閉める。お嬢様を隠せる場所と言ったら……クローゼットぐらいしかないな。
「お嬢様、しばらくの間この中で待っていて下さい。あと、音を出したらだめですよ」
「ちょっと待って、あいつらと戦うとか言わないわよね?」
「……戦います」
「それはダメよ!そんなことしたらまたデニスが……」
『おい!この部屋から話し声がしたぞ!畜生!鍵がかかってやがる!おいお前ら!鍵を壊せ!』
「大丈夫ですよ。お嬢様と約束したでしょう?」
「でも………わかったわ。約束を破ったら私も死ぬから」
「それは……ちょっと……」
「私との約束を破るつもり?」
「それは絶対にないです」
「私、デニスのこと信じてるから」
「信じててください」
お嬢様が入っているクローゼットを閉めたところで扉の鍵が壊された。
「うっし……ようやく壊れたぜ」
「なんだぁ?てめぇ一人か!もう一人はどうした!」
「………」
「答えたくないならいい。お前を殺してこの部屋を探すだけだ」
敵の全部で五人。全員が相当な手練れだろう。
落ち着け。深呼吸しろ。執事長に叩き込まれたことをするだけだ。
人を殺すのは初めてだ。めちゃくちゃ怖い。でも、お嬢様をまもるためならやるしかない。
自我を捨てろ。考えることを放棄しろ。ただ相手を殺すだけだ。いざという時の技はこれでもかというほどこの体に染みついている。
覚悟はいいか、俺。失敗は許されない。目の前の敵にだけ集中しろ。
確実に殺せ。容赦なく殺せ。今から俺はただの『殺戮者』だ。
「うおっ、殺気がすげぇなぁ。そんなにもう一人のやつを守りたいか?安心しろ。お前を殺したあとですぐに………」
戯言を話している男の背後に一瞬で回り込み、首の血管のあたりの肉を引きちぎる。男の首からは噴水のような血飛沫が舞い上がり、何もできずにその場に倒れる。
「……まずは一人」
「こいつ!」
「よくも頭を!」
そこから先は一方的な殺戮だった。相手の攻撃をかわし、急所を重点的に破壊していく。返り血でスーツが赤く染まり続ける。倒れてもまだ息のあるやつには容赦なく首に剣を切りつける。
「ま、まってくれ!俺たちはただ雇われただけなんだ!見逃してくれ!こ、これからはもうこんなことはしないって誓うよ!だから……」
「お嬢様を狙った時点でお前らは絶対に殺す」
少し戻ってきた自我でふと我に返るが、自分の口から出てきた言葉に二言はない。こいつらは殺す。
地面に落ちている剣を拾って男の首を切る。男は小さなうめき声を上げると動かなくなった。
ちらっとクローゼットを見るが血飛沫が飛んでいるだけで壊されていない。お嬢様はきっと無事だ。
安心したせいか、足に力が入らない。でも、これで終わりだ。終わったんだ。あとはお嬢様を連れて外に出るだけ……
「おい!これなんだよ!」
「うそだろ……頭に兄貴まで!」
「お前かぁ!頭と兄貴を殺ったのは!」
ちょっとまってくれよ。終わったんじゃないのかよ。
確かに、少し考えてみれば奇襲するのがたったの五人というのは少なすぎる。なんでこんなことにも気づかなかったんだ……
体中が痛い。足に力も入らない。でも、ここで立たなければお嬢様を守れない。
もう一度だ。もう一度だけでいい。ここで力尽きて死んでもいい。こいつら全員を殺すんだ。
「黙ってねぇで何か言ったらどうなんだ!」
「………」
筋肉が切れても動き続けろ。死なない限りこいつらを殺せ。いや、死んでもこいつらを殺すんだ。
近くに落ちていた大きな斧を右手に持ち、敵に向かって突撃する。振り回す斧が敵と同時に壁を破壊し、勢い余って廊下まで飛び出す。廊下の先にはずらりと並んだ敵が唖然としている。近くに倒れている敵のとどめを刺し終わると、山ほどいる敵を睨みつける。斧を持つ手が震えている。足は悲鳴を上げて今にも痛みで叫びそうだ。
「まっ、まてっ!こっちに来るな!この悪魔!」
ふらふらしながらも敵に接近し、鎧ごと破壊して次々と敵の息の根を止める。
「おりぁぁぁぁああ!」
敵の一人が俺の懐に飛び込んできて体当たりをしてきた。なんとか踏みとどまり、そいつを引きはがして斧を振り切る。
その時、わき腹に激痛が走った。
「油断……したな………」
腹には一本のナイフが突き刺さっている。どれだけ痛くても関係ない。こいつらを全滅させるまでは死ねない。
「うそだろ……」
「ナイフで刺しても生きてるってどういうことだよ」
朦朧とする意識の中、ただひたすらに斧を振り続ける。敵が何やら叫んでいるが、何を言っているのかわからない。あたりは真っ赤に染まり、ただ動く人間を狩り続ける。
そんな状態がしばらく続くと、敵はだれもいなくなっていた。斧から手を放し、壁にもたれかかる。
あたりを見渡すと、そこら中に人だったものが転がっていた。
「お嬢様は……お嬢様は無事か……」
廊下の壁に身をゆだねながら、お嬢様のいる部屋に向かう。
「お嬢様!……お嬢様!無事ですか!」
「デニス!私は無事よ!ってどうしたのよ!その傷!」
「油断してしまいました……」
足の力が抜けて膝から崩れ落ちる。なんとか仰向けに転がって深呼吸をする。お嬢様の目から零れ落ちた涙が俺の頬に落ちる。
「ダメよ!絶対に死なないで!デニスが死んじゃったら私……」
「大丈夫ですよ……」
「全然大丈夫じゃないじゃない!」
その時、遠くのほうで聞き覚えのある声が聞こえた。
『なんだこれは!』
『こっちはお嬢様とデニスが逃げた道だ。デニスがこれを?』
執事長が来てくれた。これでお嬢様を無事に保護してもらえる……
「お嬢様!ご無事ですか!」
「えぇ。私は無事よ。でもデニスが……」
「とりあえずここを離れましょう。まだ敵がいるかもしれません」
「でもデニスがぁ!」
「お嬢様……どうぞ、ご無事で……」
「お嬢様を連れて脱出しなさい」
「かしこまりました」
執事長が一緒にいた執事に命令すると、お嬢様はその執事に連れていかれた。お嬢様は泣きわめきながらこちらに戻ってこようとするが、執事の力にかなうはずもなく引きずられていった。
「デニス!そんな一生の別れみたいなこと言わないで!デニス!」
お嬢様の姿が見えなくなると、今まで以上の激痛が俺を襲った。お嬢様がいなくなって一気に気が緩んだのだろう。
「執事長……」
「今から応急処置をします。話す余裕があるなら呼吸をただすことに集中しなさい。下手したら間に合わないかもしれません」
「お嬢様に、約束を守れずごめんなさい。俺の分まで生きてください……とお伝えください……」
「縁起でもないことを言うのはやめなさい。伝えたいことがあるなら自分の口で伝えなさい」
「お願い…します……」
「………わかりました。伝えておきましょう」
「ありがとう……ございます……」
その言葉を最後に俺の意識は途絶えた。
【短編】我儘令嬢の所有物 早乙女由樹 @satome_yuki
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