秘密の場所
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真っ暗な夜の山道を進んでいくにつれて、気が重くなる。
車は強引に、道なき道を突き進みながら、昔俺たちが見つけた、古い
「まずは掘ろっか」
後部座席につまれたでかくて真新しいスコップを背に、意気揚々と歩く姿は、本当にこれからやろうとしていることが分かっているのか疑いたくなる。
もしかしたら、盛大に担がれているのではないか? そんな疑念さえ浮かんできた。
俺の照らす先で地面にスコップの先を突き立てる背中が、いつ、「ドッキリで~す!」と振り向いてもおかしくない。
だが、そんな俺の淡い期待混じりの見通しを裏切って、細い身体は思いの外勢いよく、地面を掘り進めていく。誰かが耕してたみたいに掘りやすい、なんて、鼻歌交じりに言って。
その前には、古びた社。鳥居もなく、申し訳程度のしめ縄の名残りがちぎれてぶら下がる、小さな社だ。薄らぼんやりと人工光の中に浮かび上がる、朽ちて苔むした社は、どう贔屓目に見ても、不気味だ。かろうじて閉まっている戸の隙間から、暗い内側が覗き見えるのに、背筋がぞっとした。なにが祀られているのか、分かったものではない。
懐中電灯を持つ俺の手が汗ばんできた。
「……なあ、やっぱり、やめにしな、」
俺の言葉は最後まで紡げなかった。あった、と、奴が声をあげたからだ。
「ほら、もりもっちの携帯」
してやったりの笑顔が、振り返って泥まみれの俺の携帯を掲げていた。
「焦るとポカミスするの、悪い癖だよね。こんな分かりやすい証拠埋まってたら、すぐ捕まるよ? 気をつけな」
「お前、やっぱ、知って……」
「君のことはなんでもお見通し、ってね。ま、そんなわけでもないんだけど」
けたけたと笑う声だけが、いやに耳元で響いた。
「それで、どうする? 俺のことも殺してみる? そこのダレカみたいに」
指さした先。携帯が落ちていた下。そこには、明らかに複数個所刺された人の胴体がのぞいていた。
それに驚きは、ない。当然だ。知っていた。分かっていた。だって、俺がここに、埋めたんだ。
俺は、そのまま力が抜けてしゃがみこんだ。
「……実は、いざとなったら、そうするしかないと思ってついてきた」
「まあ、そんな気はしてた」
思いのほかあっさりと頷かれて、俺は乾いた笑い声をもらした。こいつ相手に、妙に気負うのが、急に馬鹿馬鹿しく思えた。
「刺激が欲しくないってのは、あれは、ちょっと嘘だ」
「知ってる」
「でも……」
しゃがみこむと同時に地面に転がった懐中電灯。それが照らす、土を被った他殺体。
「……こんな刺激じゃ、ないと思ってたんだけどな~……」
苦笑して、頭を抱える。どうして、と言われると、自分でもわからない。いまは、それなりに不満のない人生を送っているつもりだった。小さい頃の、クソみたいな人生から抜け出したと思っていた。そのはず、だったのに――
「……親父が死んだんだよな」
「そうだったね」
「クソみたいな親父だったのに、しぶとく生き延びて、病院でも散々看護師や医者にご高説どなりちらして死んだんだ」
「ま、そこは擁護しないよ。俺も嫌いだった」
息子相手に正直すぎる感想が、こいつらしい。俺は楽しくなって、笑った。
「本当にな。俺が殺す前に、死んじまいやがって、あのクソ親父。最後まで、クソだった……」
葬式にも出なかった。ただ、親戚づてに訃報を聞いた時、ふっと何かの線が切れたのだ。
不満のない、充実した、自分の人生を歩んでいたはずなのに――どこかでずっと、渦巻いていたどす黒いものを、蓋をしたせいで膨らませ、太らせて――向かう先を失った今になって、手に余らせた。
「似てたってだけなんだ……」
「顔? 態度?」
「どっちも。ま、俺が煙草ふかしてたら、いちゃもんつけてきただけだけどさ」
蹲る。視界が霞んだのは、眼鏡が汚れたせいだろう。涙など、身勝手過ぎて愚かしい。
「――超えちゃいけない一線だって、分かってたはずなのにな」
「魔が差すってそういものだよ。よくないモノに、魅入られるんだ」
いやに冷静な声が、静かに言った。
俯いた視界に、携帯が差し出される。
「俺は、とやかく言わないよ。ここには、君と秘密を共有しに来ただけだから」
「お前……なんで俺にそこまで?」
見上げる。すると、さらりと揺れた金色の髪は、赤い瞳を細めて柔らかに笑った。
「俺を、見つけてくれたからね」
よく、意味が分からなかった。けれど、俺がそれを尋ねる前に、耳に馴染む声は重ねて言った。
「ほら、これを取って。そうすれば、俺たちは、共に一線超えた共犯者だ」
「普通……進んで殺人の共犯になろうなんて人間、そういないぞ?」
「じゃ、俺はそうじゃないんだろうね」
楽しげに笑う声に、悲嘆に沈む理性も馬鹿らしい気がしてきた。
「――そうだな」
もう、一線、超えてしまったんだ。どう善人ぶろうと、どう常識を装うと、罪人だ。
「お前もこれで共犯だ」
「ああ、道連れだね。
携帯を取れば、そう嬉しげに微笑まれて、俺もつられてぶっかこうに笑みをこぼした。
「お前やっと、まともに俺の名前呼んだな」
「ま、やっと呼べるようになれたから、せっかくだし」
「なんだ、それ」
立ち上がる。
ひとなで、いやに生温い風が頬をなでていったのに、ぞくりと背を震わせた。
薄気味悪い社と、埋まりかけの死体。並んでのん気に会話するシチュエーションとしては、最悪だ。
共謀者を得たからか、秘密を一人で抱え込まなくてすんだからか、薄れていく罪悪感のまま、俺は死体を見下ろした。
「……これ、埋め戻さないとな」
「別にいいんじゃない? 誰にも見つからないよ、もう」
「あのな、お前……」
さすがに大胆不敵が過ぎると、苦言を呈しかけた先。にこりと笑いかけられた――その笑みに、なぜか悪寒が走った。
どうしてかは分からない。整った目鼻立ち。白い肌。金色の髪。赤い、瞳。むかつくほど綺麗な作り顔。その顔がたたえる笑みが、どうしようもなく恐ろしく見えた。
「あれ……?」
直視できなくなって彷徨わせた視線に、社が飛び込んできて、首をひねる。
あの壊れかけた扉は、開いていただろうか。閉じては、いなかっただろうか。あんな風に、
「なあ、お前、あれさ」
言いかけて、口をつぐむ。
待てよ、待てよ、と記憶を辿る。
俺は小さい時、こいつと友達になった。ここで、会ったからだ。偶然、見つけた小さな社。こいつも、たまたまその時、ここを見つけたらしく、鉢合わせた。
だからここを、ふたりの秘密の場所にしようと、約束したのだ。
それから、なにかとつるむようになって、引っ越して、実家を離れてからもなにかと俺のところに押しかけてきて――それで、それで――
(それでも――……?)
こいつが誰なのか、俺は知らない。確かに色々知っているはずなのに、覚えているはずなのに。現実に会ったことなのか、夢で見たことなのか、辿れば辿るほど曖昧になる。
そもそも俺は――こいつ名前のひとつも、思い出せない。
「よくないモノに魅入られると、一線超えちゃうこともある。そういうものだよ。――森本司」
舌の上で、なでるように、そいつは俺の名前を転がした。
「司の秘密は教えてもらったから、今度は、俺の秘密の話でもしようか? ――ゆっくりと、さ」
生温い風が、虚ろな社の向うから、またふわりと吹き過ぎていって、俺は息を詰めた。
ここは――誰にも知られない、ふたりだけの秘密の場所だった。
だから、俺がどうなるかは――きっと、誰にも知られない、ふたりだけの秘密になる。
一線先の秘密を君と かける @kakerururu
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