5.種々の記録
某日刊新聞五五三九二号 (一九九九年 四月一三日)より
「十二日午後一時すぎ、邑南郡【匿】の【匿】方に、【匿】さんが訪れたところ、六畳の居間に、佐山詞子さん (四十八) 佐山勇寿さん (四十九)次女・巳ちゃん (十二)の親子が畳に刺さる串のようなものに縛り付けられた状態で発見され、また磐野茅さん (十五)が胎盤を抉り取られて、容疑者である佐山家長男十五歳男の自室に横たわっている状態で発見された。」
『邑南蹈鞴類苑』(昭和九年刊行)より
「此れ蹈鞴の神とも見らるゝけれど、八幡祖神を祖型として、火の神の信仰も受けつがるゝものなり、赤不淨を厭い、黑不淨を好く
〔胞衣つゝみの號〕
胞衣の事、春の向きに埋むること七八年、化して澄徹は玉の散るごとき水と爲る、
此れ竹松に、千兩、
佐山 康次著作『えなちゃん』より
「『一で矢竹』という歌をご存知でしょうか。元は平安の神降の儀に宣られる呪詞で、今は民謡として各地に伝えられております。
私はつい最近この民謡を知り、その起源について些か調べていたところ、邑南郡という島根県南部の村々にこの民謡が多様な形態を持って存在していることがわかりました。その中でも特に、他村とは少々隔絶環境にある散居村で有名な【匿】村で興味深い分化が見られまして。
この『一で矢竹』は一から十まで数え歌の形式で歌われ、最後にひと二言その地の説話や手遊び歌を元にした短文で締まるという形態を持っており、【匿】村ではこの最後のひと二言に「えなちゃんが春に根の中帰った」で終わるんです。
ここからは私の独自的な研究報告のようなものであって、確証はほぼ嘘に近いような話ということを先に伝えておきます。
ここで言う「えなちゃん」と「根の中」は前章で語った通り【匿】村の習俗として作られる胞衣桶を、後者はその中の胎盤が分解されて土に帰ることを指しています。そして「春」というのは陰陽五行説における「方角」を指しており、これは胞衣桶がかつて一定の方角に埋められていたことと関係があると考えています。
また陰陽五行説では春は「東」を表しており、それは【匿】村の屋敷林が植っている方角と一致します。
これに私はのちに更に話す理由で、まるで何かが来るのを防ぐようにして【匿】村が整備されているように感じてなりませんでした。
ところで『あの神』という神がその村では強く信仰されているのですが、その神は女神であるが故に同性や出産・生理と言ったような赤不浄を嫌い、しかしながら、死と言った黒不浄を好むのだそうです(『邑南蹈鞴類苑』より)。
ここで、この本を読んでいるあなた方が私の生い立ちを知っていると恥じて語りますが。私の家は【匿】村に近い島根にあり、そこでは昔、正月前に犬を殺して棒に巻きつけて飾るという行事がありました。それはまるで黒不浄を好む『あの神』を迎えるようで、なぜそのような行事を行うかは私自身知り得ていません。
ただ、一つ言えることがありまして。鉱山儀礼を研究する者として『あの神』の関わる鉱山について、その全てに記録上の出血を伴わない不審死が出ていることです。」
【匿】佐山家より回収された文書より
「『あの神』むかえるができば、
夫はしっとした女神にころされ、
子よく
くるう。
いぬころさや ささぐばささげ。
衣なばはいつ(小文字の「つ」かは判読不能)たはこ、
えなのままをばおきてむすびのいき作りなさい、まままより
しね」
エナちゃん 雨湯うゆ🐋𓈒𓏸 @tukubane_1279
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