クソ田舎の『秘密の部屋』

狼二世

そしてクソ女


 私の住んでいる町には、『秘密の部屋』がある。

 田舎一歩手前の退屈で窮屈で仕方のない町にも、少しだけマシな物が残っている。

 それ以外は本当に最悪。夜の十時になれば店はしまっちゃうし、稼ぎも悪ければサービスも悪い店ばかり。

 それに、田舎の連中は偏屈な奴ばっかり。若い奴はやる気がないなんて鬱陶しい説教ばかり。地方再生なんてお上の気まぐれで放り込まれたこの町は、本当に地獄。


 だから、少しくらい楽しみがないとやってられない。


 秘密の部屋への入り口は、駅前の廃ビル。

 昔は学習塾だったらしいけど、あんまりにも業績が悪くて潰れてしまったらしい。そりゃ、この町のバカたちに教育したって無駄なのは分かりきってるものね。

 崩れかけた階段を、スマホの灯りを頼りに昇っていく。二階への踊り場、不自然に真新しい椅子の上に赤い油性ペンが在ることを確認する。


「よかった、予約できそうね」


 ここにペンが無かったら、すぐに立ち去るのがルールだ。利用者の顔を見るのは絶対に禁止にされているから、入れない日だってある。つまりはラッキー。

 油性ペンは誰かの体温が少しだけ残ってるけど、そんなことを気にしてもしょうがない。さっさと奥に進んで、2-3と書かれたルームプレートの部屋に入る。

 かつては塾生に使われていたホワイトボードには、数か月分の日付がずらっと書かれていて、その下にはいくつか赤い丸がある。丸が書かれているのは予約が完了している日、見たところ、もう8割埋まってる。みんな色々たまってるんだ。


「開いてるのはっと……」


 都合のいい日に丸を書いたら予約は完了。

 あとは、ちゃんとペンを戻して帰るだけ。


◆◆◆


 朝は億劫だ。今日もあのクソ上司の顔を見ると考えると気が重い。

 でも、そんな私にだって楽しみはある。

 ポストに投函されていた案内状。


 ――秘密の部屋ようこそ、あなたの予約日は――


 さあ、予約の日を楽しみに今日も頑張ろう。


◆◆◆


 今日も上司に叱られた。しかも勘違いで。本当に老害ってのは頭にくる。

 だけど、今日の私は無敵だ。なにせ、『秘密の部屋』がある。


 時間を確認すると、廃ビルへ。予約に来た時とは違う、隠れた入り口から上のフロアに。

 4階の扉を指定のパスワードで開くと、中には起動しっぱなしのパソコンが待っている。


「さあ、今日もやるぞー!」

 

 とりあえず、何から始めよう。

 そうだ、あの気に食わないプロゲーマーへの悪口を書いてやろう。


◆◆◆


 『秘密の部屋』、それは廃ビルの一室にあるパソコンの置かれた部屋。管理者はキリトって名前だったかな、まあいいけど。

 気に食わない奴が居る。許せない奴が居る。だけど、嫌いだとか殺したいだとかを直接口にしたら自分が逮捕されてしまう。

 なら、せめてネット上で愚痴くらい書きたい……けど、そんなことしたら最近は開示やら誹謗中傷やらで逆に脅されちゃう。あいつら有名人のくせして私たちを脅すんだから本当に始末に悪い。

 そんな弱い私たちに、素性を『秘密』にしてネットにアクセスできる場所が、この小さな秘密の部屋。


「あー、クソクソクソ。お前らまた乞食配信してんのか~?」


 たまりにたまった鬱憤を吐き出そう。

 うーん、娯楽ってこういう物だよね!!


◆◆◆


 今日も酷い目にあった。結婚しないのだとか散々言われた、こういうのってセクハラになるんじゃないかな。

 今日も愚痴を言いたい、誰かに八つ当たりをしたい。

 だけど、『秘密の部屋』の予約は埋まってた。

 

「……もしかしたら」


 一度くらいなら、自分のスマホから書き込んでも大丈夫じゃないかな。


「やってみよう……」


 そう、大丈夫、大丈夫。


◆◆◆


 最悪だ、ポストに情報開示をするけどって連絡があった。

 うそでしょ、スマホで書いたのは一度だけだよ? なんで私だけが開示されるの?

 悔しい! 許せない!

 そうだ、私だけじゃないって証明すれば少しくらい納得してくれるかも。


◆◆◆


 本当に最悪だ、『秘密の部屋』の事を教えたら、ビルごと撤去された。

 給料の何か月分もお金を請求されたし、こんな酷いことってある?


「はあ……もう開示されたし怖くない」


 今日もネットに愚痴を書こう……いつもの匿名掲示板を出して――


「うそでしょ」


 なんで私の情報が書かれてるの?


 ――裏切り者のクソ女。

 ――迂闊に自滅しただけなのに、私たちを巻き込んだ。

 ――死んでくれよ、なんで恥さらしてんの?


 住所から経歴、ついでに顔写真までアップされてる。


「ありえない! 何このクソ野郎たちは匿名で好き放題言ってくれてんの?

 異常者でしょ! 顔も知らない相手に好き放題言うなんてさ!」


 許しちゃおけない。こうなったら法を使って絶対に後悔させてやる。

 それでも無理なら、無敵の人になってやってもいい!


「やってやる……やってやろうじゃない!

 カスどもの秘密をすべて暴いてやる!」


 こんなゴミクズなんて、生きてる価値ないんだから!


《了》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クソ田舎の『秘密の部屋』 狼二世 @ookaminisei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ