冬壁さんのトップシークレット
地崎守 晶
冬壁さんのトップシークレット
セーラー服の背中で陽光を受けて艶やかに光る長い黒髪。膝下のスカート丈を翻しながら彼女が歩く先は、居酒屋が軒を並べる横町。今時珍しい真面目さと清楚さを兼ね備え、クラスの男子の視線を集める美少女が背筋を伸ばしてまっすぐ歩いていく先とは思えない。
僕は息を殺しながら、ゆっくりと彼女――
曰く、部活動に入っていない冬壁さんは放課後夜遅くまでどこかに行っているらしい。
曰く、冬壁さんの行く先は不良や悪い大人のたむろしている場所らしい。
曰く、冬壁さんは年上の恋人がいるらしい。
あることないことと片づければよかったのに、校門を一人でくぐる冬壁さんの後ろ姿を見てしまったら、勝手に足がそちらに向いてしまっていた。
僕だって、冬壁さんのことが気になる。
成績優秀で誰に対しても分け隔てなく接するけれど、どこか人を近寄らせないような雰囲気を感じさせる、澄んだ目をした彼女のことが。
いけないことをしている後ろめたさと、冬壁さんのウワサを否定したい――あわよくば距離を縮めたい気持ちを抱えて、忍び足でついて行く。
自分の鼻息にすらうるさくないかとヒヤヒヤしながらついて行くうちに、冬壁さんの行き先はどんどん薄暗くなっていった。道から染み着いたタバコの匂いがするような錯覚を覚える。
足を向けたことのない町並みと、迷い無く歩いていく彼女に焦る気持ちが募ってきた時……。
冬壁さんが突然立ち止まった。背の高いビルとビルの間、そこに建っていた建物が取り壊され、歯抜けのようになった、日の当たらない暗い空き地。右隣のビルの壁、赤いのラッカーで『start your journey!!』左隣の壁に黒いラッカーで『TOP SECRET』の落書き。そんな場所に不釣り合いな制服姿で、冬壁さんは通学鞄から何か取り出して、空き地に向けてかざした。
はさみ。僕はビルの影で息を呑む。
持ち手も刃の部分もブラックホールみたいに真っ黒な、家庭科の裁縫で使うような糸切り鋏だった。
それをまるで改札機に定期を通すみたいな気軽さで、見えない何かを切るように刃を閉じると、冬壁さんの目の前に黒い、空間の裂け目、とでも言うしかないものが開いた。
あっという間もなく、冬壁さんはその中に体を滑り込ませていなくなってしまった。
僕は思わず目をこする。今みたものが信じられない。冬壁さんはどこに行ってしまったのか。
思わず空き地に近寄って足を踏み入れると、さっきの裂け目が僕の目の前に開いて、ぬっと白く長いものが目の前に飛び出してきた。ウサギ耳のカチェーシャを頭につけた、冬壁さんとぶつかりそうになってよろめく。さっきまで着ていた制服はどこかに消えて、何かのコスプレだろうか、バニーガールの衣装に身を包んでいた。
「ふ、ふゆかべ、さん!?」
驚きと、後を付けていた後ろめたさと、むき出しになったきれいな肩と鎖骨のまぶしさで僕は慌てた。
「あ、あなた、クラスの……」
冬壁さんも驚いたように瞬きをして顔を動かす。その頭でウサ耳がかわいらしく揺れた。教室で見る彼女とは大違いの姿。
一体何があったのか、その格好はなんなのか、あの鋏はなんなのか……。
聞きたいことはたくさんあったけれど。
「今のは誰にも内緒だからね!
いいわね!」
僕をきっと睨みながら、ウサ耳を揺らして唇の前で人差し指を立てる冬壁さん。クラスのみんなが絶対見たことがないような姿を僕は知っているという、ぞくぞくするような感覚。
「うん……わかった、誰にも言わない」
頷いた――冬壁さんと僕の秘密ができた、場違いな嬉しさを感じながら。
冬壁さんのトップシークレット 地崎守 晶 @kararu11
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