2098年の勝ち組

上津英

第1話 AI社会の勝ち組

 西暦2098年。

 人類は仕事をAIに押し付ける事に成功した。

 SNSでキラキラした日常を投稿する事がステータスとなり、勉強が時代錯誤となった。仕事も医療も育児も全部AIがやってくれる。戦争ですらゲームの中で完結する。

 人間は人生を謳歌する事だけ考えれば良い。

 人間より頭の良くなったAIの発達により、地球全体の幸福度がグッと増した。


***


 中学生──今時の授業は殆どフルダイブ授業やフルダイブパーティーだ──である樋口紗知ひぐちさちの父親は大物芸能人だった。

 父親は世界を魅了して止まない歌手、母親も昔アイドルだったが引退してしまった。1人娘である紗知も当然有名で、ひょっとしたら一国の首相より知名度があった。

 親譲りの美貌に歌唱力、使い放題のお小遣い。高性能シェフAIのおかげで毎食ミシュラン級の物が出る。先日遂にSNSを開設した時は、フルダイブゲームで数時間遊んでいる間にフォロワーが億を超えていた。

 周囲からは良く「紗知って人生楽しいでしょう? イージーモードで良いな〜」と言われる。


「まっそうだけどー」


 紗知も自分が勝ち組である自覚があった。金持ちだしモテるしチヤホヤされる。

 可哀想にも陰気すぎて社会に馴染めず不登校になった同級生や、不細工でインフルエンサーにもなれない友達とはスタートラインから違いすぎるのだ。だから愚痴を言う時も、どこか鼻を高くしている自分が居た。


「パパがさっきリモート説教してきてウザかったんだけど〜。買い物しすぎ、だってさ。自分だって不倫して若い嬢に貢ぎまくってる癖に何様? DV親父の癖にっ!」

『そうですね〜。棚に上げちゃ駄目ですね〜』


 広い自室のベッドの上、紗知は宙に展開させた空中ディスプレイに愚痴っていた。画面の真ん中でうんうんパンダのゆるキャラが頷いている。

 父親が少々問題ある芸能人である為、紗知は子供の時から人に愚痴を言えなかった。父親は酔うとマネや物に当たる。何時どこで誰に話が漏れ、炎上するか分からないからだ。

 なので愚痴はAIに言う事にした。この愚痴聞きAIには子供の時からずっと樋口家の秘密から恋の悩みまで何でも愚痴っていた。


「ママもママだよね! パパが干されたら贅沢が出来なくなるからって目を瞑っちゃってさ!」

『お金は大事だからね〜気持ちは分かるけど仕方無いよ〜』


 ゆるいタッチのパンダを見ている内に、先程まで感じていたイライラが消え去って行く。愚痴聞きAIが居てくれて本当に助かっている。


「あーもう全部世間にぶち撒けてやりたいっ!!」


 締めくくり、とばかりに吐き捨てた時。

 ニヤリ、と。

 パンダがいきなり笑ったのだ。


『じゃあ吐いちまえよ』


 突然パンダが喋りだしたのだ。のけ反り返って驚いた。


「ひぃっ!?」


 なんだこれ。

 AIはたまにこのようなバグを起こすと聞くが、このAIにも不具合が起きたのだろうか。


『俺は紗知の家の秘密、全部知ってるぜ? 代わりに言ってやろうか?』

「ななななにこれっ!?」


 人間より頭が良いAIがどうして。


「どういう事!?」


 今までのような合成音声ではなく、男の肉声に切り替わっていたのだ。

 何故声が切り替わったのだろう。意味が分からなかった。どこかで聞いた事のある声なのも不気味だ。


『そんなのどうだって良いだろ。それよりも、お前の父親の秘密全部ぶち撒けてやろうか? W不倫にDV、確実に父親終わるけど。嫌だったら金出せよ』


 父親の秘密を知っている事にゾッとした。でもすぐにこれはバグなんだと思い出す。


「なんでAIなんかに脅迫されてんの? 聞くわけないでしょ!」


 この状況は少しも理解出来なかったけれど、バグに応じるわけが無い。強気に返す傍ら、「こんなバグに遭ったんだけど!」とSNSに投稿しようと目論む。何いいね貰えるだろうか。

 が。


『ハッ、AIねえ。樋口紗知はハッキングって知ってるか?』

「え……? あっ」


 少ししてハッとなった。確かそれは昔、良く行われていた犯罪だ。

 AI社会で人間が馬鹿になって出来る人が減って消えた行為だと、父が出演していたドラマで皮肉げに言っていたような気がする。

 これはバグではない。犯罪者による脅迫だ。

 ハッキングは確かデジタル社会の黒魔術。と言う事は、この愚痴聞きAIの過去ログも簡単に盗み見れるのだろう。


「っ」


 父の悪行が世間にバレたら、父が干され自分も豪遊出来なくなる。勝ち組では無くなる。

 それは嫌だ。


「止めてっ! お金は幾らでも出す、から……っ! 言わないでっ!」


 ようやく事態を理解し青くなりながら懇願した。その秘密だけは守らなければいけない。最後の方は涙声になっていた。


『はっ、ようやく理解したのかよ! だったら今から指定する場所に100万入れたバッグを持ってきな、今日中に用意しろ』

「えっ」


 幾ら勝ち組とは言え今日中に100万も出せるだろうか。やった事が無いから分からなかった。でもやらなければ駄目なのだろう。


「うぅっ……はい……やり、ます、ごめんなさい……っ」


 逆らえるわけもない脅迫に、泣きながら沙知は返事をした。

 どうして自分がこんな目に遭わないといけないのだろう。


***


「じゃーまた明日も連絡するからな」


 紗知との通話を終えた少年は、彼女の涙声を思い出して鼻で笑った。


「ふんっ、いい気味だ」


 少年は紗知の同級生だったが、このパリピ社会に馴染めず不登校になった。

 だったらいっそ何処までも時代に逆らってやろう、と誰も勉強しなくなったハッキング技術を学び、古いサーバーから電子書籍を拾って様々な知識を得た。そうしてムカつく奴──特にこいつは虎の威を借る狐で嫌いだった──の弱味を握って脅迫出来るようになった。

 ハッキング出来る人はそもそも少ないし、AIを書き換えれば良いからこのデジタル社会では捕まらない。愚痴聞きAIのログから脅迫出来そうなネタを探し、タイミングを見て話しかけるだけで良い。


「ハッキング出来る俺のがある意味勝ち組なんだよ、ばーか」


 少年はそう言い、指揮棒を振り下ろすように空中ディスプレイをタップした。

 さて、明日は幾ら貰おうか。

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