改造人間ODEN

エビ仮面RX

ODENよ。永遠なれ(最終話)

 --暗い部屋に一人の男が横たわっていた。

 その身体にはいくつもの機械から伸びたコードが繋がれている。


 そして傍らには不気味な笑みを浮かべる一人の老人が黙々と作業を行っていた。


「フフフフ……あとはこの因子を加えれば……」


 その老人は自らのことをドクター・ネロと名乗っていた。だが彼を知る者は、彼のことを「ドクター・ミロ」と呼ぶ。

 何故自称と他称が異なるのか。それは老人にはある致命的な弱点があったからだ。


 老人はいつか世界を支配しようと目論み、自身に暴君の名を冠するネロという名を付けた。

 --だが、自らの脳を改造する際に致命的なミスを犯してしまったのだ。


 その致命的なミスとは、50%の確率でローマ字の『M』と『N』、『E』と『I』を間違えてしまうことだった。

 その結果、自作の名刺に英語でドクター・ネロと書いたつもりが、実際に書かれていた文字は『Dr.MIRO』であった。


 もっとも、当人はそのことを認識していない。何故ならせっかく作った名刺を渡す相手がいなかったため、特に連絡が来るわけでもなかったからだ。


 老人はただひたすらに研究を続けていたので、誰にも教えてもらうことが出来なかったのだ。


「出来た……ついに出来たぞ……!!」


 そんなことはつゆ知らず、ドクター・ネロは歓喜の声を挙げる。


 彼の目の前に横たわる一人の男。

 彼は事故で死にかけていたところをドクター・ネロに拾われ、現在この研究室で治療という名目の改造手術を受けていた。


 そして今まさに悲願の改造手術が成功した。あとは彼に新たな名前を付け、世に送り出すのを待つばかりである。


『ソレデハナマエヲニュウリョクシテクダサイ』


 目の前のモニターに文字が映し出される。彼が長い時間をかけて作り出した、改造人間製造マシーンのメインユニットだ。

 ドクター・ネロはしばし考え、そして誰ともなく呟く。


「そうだな……やはりここは注入した因子に倣うべきだろう」


 そう言って新たに生まれた改造人間の名前を入力する。世界を渡り歩き、ようやく見つけた神の因子。北欧における主神にして戦争と死の神とも呼ばれた、まさに最強の因子である。名は体を表す。であれば必然的にその名前は--

 ドクター・ネロは迷わずその名をモニターに入力した。


『ニュウリョクヲカクニンシマシタ』


 そしてモニターに彼の名前が映し出される。彼の新たな名は--


『ODEN』


 ここでドクター・ネロの致命的なミスが発生した。だが彼はそれに気付くことが出来ない。


「おお、そうだ。せっかくだからこやつに乗り物を与えなければな。これも彼の神話に倣うとしよう」


 最強の改造人間には最強の相棒。形態も変化可能であり、武装も収納可能という至れり尽くせりの自信作である。


『ナマエヲニュウリョクシテクダサイ』


 またしてもモニターに表示される文字。やはりかの神が操る乗り物といえばアレしかないだろう。

 ドクター・ネロは最強の改造人間の相棒に相応しい名前を入力する。


『ニュウリョクヲカクニンシマシタ』


 続けてモニターに名前が表示される。


『Sleipmer』


 彼は頑張った。何故なら一文字は間違えなかったのだから。


「フフフフフ……これで世界は私の物。さあ我が子よ、目を覚ませ。そして早速世界征服のために彼の大国を支配してくるのだ」


 呼び掛けに応え、横たわっていた男が目を覚ます。どうやら先程の独り言は全て聞こえていたようだ。彼は長い眠りから目覚め、軽く頭を振った後、自らの名を確認するため、モニターに目をやった。


『ODEN』


 男は表示された文字を見て愕然とする。


「ちょ……っ、これ--」

「目覚めたか。ならこれを受けとるがいい」


 ドクター・ネロは男の言葉を遮り、時計のような物を投げて渡した。


「なんだこれ? じゃなくて名前--」

「それは貴様の相棒を呼ぶための装置だ。貴様がどこにいてもそのスイッチを押すだけで、最強の相棒が駆けつけるだろう」


 男の言葉を無視して、ドクター・ネロは話し続ける。


「さあ、行くがいい我が子よ。既に転送装置は作動してある。貴様の脳にも能力の使い方はインプットしておいた。既に貴様は最強の存在だ」


『テンソウソウチカウントダウン。5、4、3、2』


「だからちょっと待てってえええええ!! 名前、名前えええええ!!」


『1、0--テンソウヲカイシシマス』


 モニターは無情にもカウントゼロを宣言する。名前に関してどうしようもないのであれば、せめて自分がどこへ向かうのだろうかと、男はモニターを凝視した。


『ANERECA』


 誰がドクター・ネロのことを責められるだろうか。彼は今まで以上にないほど頑張った。何故なら今度は二文字も間違えなかったのだから。


「アネレカってどこだよおおおおおお!!」


 男の絶叫を無視し、転送装置が作動する。


 --そして再び研究室に静寂が訪れる。


「これで……私の人生に悔いはない……」


 ドクター・ネロはその場に崩れ落ちる。


 --後日、彼の遺体を発見した警察官はこう言った。孤独死とは思えない。とても安らかな死に顔だった。と。


 それはさておき、アネレカへと転送されてしまった最強の改造人間ODENはというと--


「う……」


 ようやく目を醒ました男は辺りを見回す。


「ここはどこだ……?」


 男はわずかに残った記憶を遡る。


(確か俺は事故にあって、ドクター・ネロと名乗る変な爺さんに拾われた。それから治療を受けて……たと思ったら何やら改造されて……)


 徐々に頭がクリアになっていく。


(それで目覚めたら新しい名前が付けられてて……その名前は……)


 ODEN。それが彼の新しい名前である。


「なんでオデンなんだよちくしょおおおおおお!!」


 オデンは絶叫した。自らの不遇を呪って。

 だが彼は知らない。その身体には神と呼ばれた存在の因子が入っていること。そして彼は知らない。ドクター・ネロが英語に弱いことを。


(それにしてもアネレカってどこなんだ……世界のどこかには、そんな国があってもおかしくはないんだろうが……)


 --彼は知らない。地球上にアネレカという国はないことを。


(それにしても見渡す限り木しかないな。自然の多い国なんだろうか)


 --彼は気付いていない。既にここは地球上のどこでもないことを。


「とりあえずまあ……歩くしかないか」


 人のいるところに出れば、ここがどこかは分かるだろう。彼はそう考えて歩きだした。


 --一時間後。


「おーい、誰かいないかー!!」


 かなりの距離を歩いたオデンだったが、誰にも会うことなく時間だけが経過していた。


(うーん、確かにずっと歩いてても疲れないし、逆立ちしながら進んでもバランスも崩れない。記憶にあるより力もずっと強い。いざ動くとなると感覚がついていけるかが心配だな……)


 --果たして逆立ちした状態で実際に人に会ったらどうするつもりだったのだろうか。

 そんな事にも考えの及ばない彼は、ふと左腕に装着された時計のような装置を見て思い出す。


「そういえばこれで何か呼び出せるんだっけ……」


 『最強の改造人間に最強の乗り物』彼の産みの親はそう言っていた。


「試しに押してみるか……」


 オデンがスイッチを押すと、腕に付けた時計のような装置--いやもう時計でいいや。時計からまばゆい光が立ち上った。


 --今まさに彼の相棒が誕生せんとする。その相棒は名は『Sleipmer』


『起動承認。初回起動のため、形態構築フェーズに入ります。マスターの因子を確認……続いて名称を確認……』


 彼の脳内に直接声が響く


『名称、ODENを確認。続いて形態の構築を実行します』


 時計の光が徐々に収束し、彼の前方を照らし出すように広がっていく。


『構築完了。初期ベースとして本形態を維持。マスターの因子レベル、及び意思力に応じて形態は変化可能です』


 --そして光が収まり、最強の相棒がその姿をあらわした……!!


「って屋台じゃねーか!!」

『私の名前はヤタイではありません。正式名称Sleipmer--メル、とお呼びくださいマスター』


 しかもどうやら自我もあるらしい。しかも呼び名を先に指定する辺りなかなか狡猾である。


「あ、ああ……よろしく……」


 こうしてオデンは旅の供を得ることとなった。屋台の。


 --そして更に二時間後。


 新たに旅に加わった最強の改造人間ODENの相棒である彼女(?)は現在彼に引かれていた。物理的に。

 手を引いて歩く、といったロマンチックなものではない。物理的に引かれていた。いわゆる手押し車である。


 何故なら彼の相棒であるメル。彼女の今の姿は屋台そのものだったからだ。


「なあ、ひとつ聞いていいか?」

『私のことはメル、とお呼びください』


 しかも屋台の癖に結構生意気であった。


(話しかけるのにいちいち名前を呼ばなきゃいけないのかよ……)


 オデンは内心ツッコミながらも、相棒の名を呼ぶ。


「なあメル、ちょっと聞いていいか?」

『なんでしょうか、マスター♪』


 しかも少し嬉しそうである。屋台に感情があるという事実をどう受け止めれば良いのというのか。


「お前って確か乗り物……なんだよな?」

『はい、私はマスターの騎馬となるべく生まれた存在です。従って乗り物と呼ぶのは些か無粋かと考えますが、その認識に相違はありません』


 どうやらオデンの「お前」呼ばわりにメルは気分を害してしまったようだ。彼はまず女性の扱い方から学ぶべきだったと、後の彼女メルは語る。


「でも今って俺乗ってないよな?」

『乗ってませんね』

「お前乗り物だよな?」

『乗り物ですね』


 しばしの沈黙が二人の間を支配する。


「いやいや乗れてないよね? というか乗れないよねこれ? っていうか引かないと動けなくね? なんか色々おかしいだろもおおおお!!」

『落ち着いてくださいマスター。そんなに私に乗りたいのですか? 私のようなか弱い女性に乗りたいと、跨がりたいと。そう仰るのですか?』

「その表現絶対おかしいからな!? つかなにやっぱお前女なの!? どこで性別判断すりゃいいんだよ!!」


 メルの理不尽な反論にオデンの情緒は決壊寸前である。


『マスター』

「なんだよ!?」

『卑猥です』

「屋台に言われたかねえよおおおおおおお!!」


 彼は荒ぶっていた。


 無理もない。生まれ変わってすぐに知らない場所に放り込まれ、更にはもう何時間も人の気配はない。何を目指すでもなく、ただ歩いているのだから、精神的に参ってしまったとしてもおかしくはないだろう。


 --そう、けして相棒がどうとかそういう問題ではないのである。


 彼は叫ぶだけ叫んだにもかかわらず、まだ興奮が冷めない様子で息を荒くしていた。メルはそんな彼を見てそっと声をかける。


『マスター』

「なんだよ……まだ何かあるのか?」

『私に乗りたいからって、そんなに興奮しなくても』

「うるせえよちくしょおおおおおおおお!!」


 初対面にもかかわらず、既に息の合ったコンビネーションを展開する二人。きっと互いの因子がああなってこうなっているからだろう。


 その時、二人の耳にガサリと草を揺らす音が聞こえてきた。


 辺りに風はない。とすると何か草を揺らす何かがある、あるいは。ということになる。


 オデンは耳を澄まし、音がした場所を特定しようとする。彼の聴力は並の人間のそれではない。何キロも先の十円玉が落ちる音も聞き分けられるほどの聴力なのだ。


「……けて……」


 微かに聞こえたのは人の声。更に集中して耳を済ます。


「誰……すけ……」


 恐らく声の主は少女。声色には怯えが混ざっている。となると欠けた言葉も容易に推測出来るだろう。


 --誰か助けて。


「誰か襲われてるのか!? おいメル、遊んでる場合じゃない!! 行くぞ!!」


 オデンは改造人間だ。距離ははっきり分からないが、彼のその脚力を持ってすれば即座に駆けつけることが出来るだろう。

 彼は相棒に声をかけ、走りだそうとする。


『マスター、お待ちください』

「どうした!? なにかあったのか!?」


 一刻を争う事態にもかかわらず、メルはオデンに「待て」と声をかけた。一体何があったのだろうか。


『動けません』


 彼女は自分で動くことが出来なかった。何故なら屋台だから。引いて貰わないと動けないのである。


「アホかあああああ!!」


 彼は叫びながら、それでも放ってはおけないと彼女を全力で引いた。


 猛スピードで屋台を引くなど客を取る気がないのではのか。見る人がいればそう評したであろう。


『マスター、気を付けてください』

「今度はなんだよ!?」


 全速力で走りながら、彼は相棒の警告の意味を確認する。


『あまり揺らすとダシがこぼれます』

「知るかああああああああ!!」


 オデンは叫びながら声のした方へと全力で走る。


「--誰か、誰か助けて!!」

「こんなところに人間の子供がいるとはなァ。食っちまってもいいんだが、コイツを人質にして食料を要求するってのもわるかねェ」


 先程聞こえた少女の声に加え、およそ人の声には聞こえない、粘りつくような嫌な声が聞こえた。やはり少女が何者かに襲われているのだろう。


「待てコラァ!!」


 せっかく駆けつけても到着するまでに少女が殺されてしまっては意味がない。オデンは大声で威嚇し、少しでも注意をこちらに向けることにした。


「ア? なんだァ? 他にも人間がいやがるのかァ?」


 どうやらそれは成功したらしい。嫌な声の主がこちらを気にしている様子が伺えた。

 そして数秒の後、ようやくオデンは現場に到着する。

 

 --そこで彼はとんでもないモノを目にした。


「トカゲの化け物……?」


 彼が目にしたのは、この世界ではリザードマンと呼ばれる、人の形をしたトカゲであった。手には手入れのされていないであろう鉈を持ち、身体には薄い鉄板が前後に張られた簡易鎧の様なものを身に纏っている。


 彼が飛ばされたこのアネレカは、端的に言ってしまえば彼のいた地球とは異なる世界。惑星が違う、という意味ではなく、宇宙や惑星という概念すらも異なる、異世界である。


 --だから彼はすぐには認識出来ない。ここが異世界であると。

 --だけど彼はすぐに認識した。目の前の化け物は倒さなければいけないと。


 彼の身体能力を持ってすればリザードマン程度は容易く駆逐出来るであろう。だが近くには少女がいる。巻き込むわけにはいかないと。

 だから彼は相棒に尋ねた。


「メル、何か武器は」

『三段目の引き出しに入っています。それをあの化け物に思いっきり投げつけてやってください』


 いちいち緊張感に欠けるやりとりである。彼はリザードマンから目を離さず、手だけで引き出しを探った。


『んっ……マスター、そこは四段目です……いやらしい』


 どうやら彼は一段下の引き出しを開けてしまったらしい。だが流石にこの状況でふざけているわけにはいかない。オデンはメルにツッコミを入れず、四段目の引き出しを閉めた。そしてそのすぐ上の引き出しの中にある武器を手に取った。


「これは……」

『それがマスターの武器です。さあ、思いっきり奴を串刺しに』

「ってそのまんま串じゃねえか!!」


 彼の手に握られたのは、人の背丈ほどもあろうかという竹串だった。


『形は問題ではありません。マスターは因子に刻まれた記憶を事象として呼び起こす事が可能です。さあ、イメージしてください。その手に持った串……プッ……串は何者をも貫く神槍。世の理をも、幻想をも貫く最強の武器』


「今絶対笑っただろ……」


 とは言えこの大きさなら最悪注意を逸らすくらいは出来るだろう。ならばイメージするくらいは安いもの。そう考えて彼は記憶を呼び起こす。


 --それは自分の知らない記憶。巨大な騎馬に跨がる騎士、そしてその手には巨大な槍。

 彼は呼び起こす。自分の知らない、識っている記憶を。


「さっきから何をごちゃごちゃ言ってんだァ? こねえならこっちから行くぞぉ?」


 粘りつくような不快な声も、既に彼の耳には届かない。


「……貫くは理、穿つは幻想。我が名において全てを刺し、貫き、穿ち、そして無に帰そう。食らうが良い。神槍--」


 彼の手から串--槍が放たれる。


「gungnir」


 神槍グングニール。それが彼に刻まれた因子が呼び起こす記憶にある、彼の愛槍。


 それはなんの装飾もなく、なんの衝撃もなく、ただ目の前の全てを刺し貫き、無に帰す。だから--


 既にリザードマンの影も形も、この世から消え去っていた。


 周囲は静けさを取り戻し、同時にオデンは一切を消滅させるその威力に戦慄していた。


「でもなんで串なんだよ……」


 違った。串だったのが納得いかなかっただけのようだ。


『そんなことを気にするより、先にやるべきことがあるのでは?』


 ハッとするオデン。同時にオデンは思う。お前が言うな!! と。


 ともあれ、先ほどのトカゲ男に襲われていたであろう少女に声をかけることにする。いきなり自分を襲っていた存在が消滅してしまったことで、少女は状況が掴めていないようだ。


 オデンは少女に手を差し伸べ……たところで気付く。


「なんだこれ……籠手……か?」


 オデンの右手には甲冑の一部と思しき籠手が装着されていた。五指の先から肘の辺りまで覆われたそれは漆黒。


 重量も感じず、全く違和感がないため、今の今まで気付いてなかったのである。

 流石にこの手を少女に差し出すのはと、オデンは右手を下げ、改めて左手を少女に差し出した。


『少女の体温を肌で感じたいと……本当にいやらしいですねマスター』

「お前はちょっと黙ってろ」


 オデンにはそのような目的はなかった。ほんとに、本当になかった。


 どこか禍々しさを感じさせるその籠手を、年端もいかないであろう少女に向けて差し出すのは、流石に威圧してしまうのではないかと危惧したからだ。


「大丈夫か?」

「え……? あ、はい大丈夫です」


 呆然とする少女がようやく差し伸べられた手の意図に気付く。少女はオデンの手を取り、立ち上がった。


「助けてくれた、んですよね。ありがとうございます!!」

「無事か? 間に合って良かった」


 オデンは感動していた。生まれ変わって初めての人との交流に、自分が助けた少女の手の温かさに。


『マスターの体温が上昇中。やはり少女の肌に触れたことで興奮を……』


 そしてその感動は一瞬で台無しにされてしまった。


「あの、どうかしたんですか?」


 オデンの様子を見て少女が不安そうに声をかける。


「いや、なんでもない。それより君はどこから来たんだ? 俺もちょっと迷ってたから、近くに町があるなら案内して貰えるとありがたい。」


 どうやらメルの声は他人には聞こえないらしい。少女にはオデンが独り言を言っているように聞こえたのだろう。


『あ、外部へも音声として伝達することは可能ですよ』

「せんでいい」


 彼女の提案を一蹴するオデン。


『チッ』


 舌打ちが聞こえた気がしたが、彼は聞こえなかったことにした。


「私の住む町がここから少し離れた場所にあります。そんなに大きくはないんですけど……」

「大丈夫だ。さっきも言った通り迷ってて困ってたんだ。良かったら俺が送っていくから案内して貰ってもいいか?」

「あ、はい。それは凄く助かります。でもお兄さんはどうしてこんなところに?」


 どうやら今いる場所は「こんなところ」と呼ばれるような場所のようだ。それこそ少女がここにいることの方が不思議に思えてならなかったが、あえて触れないことにする。


「えーと、ちょっと旅をしてたら場所がわからなくなってな……」

「そうなんですか、旅をしてるんですね。もしかして行商の方なんですか?」


 と、少女がオデンの後ろにあるメルの姿を見ながらそう尋ねる。

 その様子を見てオデンは閃いた。ただの旅人と名乗るより、少女の言う通り行商人を装った方が都合が良いと。


「ああうん、もし商売になるようなら露店でも開こうかと」

「そうなんですね! お礼に私も何か買わせて貰おうと思います。何を売ってるんですか?」


 そしていきなり突っ込んだことを聞かれて困ってしまう。商材については何も考えていなかったからだ。思いつきを口に出すのは良くないという良い例である。


『おでんです』

「えーと、おでんを売ってるんだ。ってちょっと待て、やっぱりお前おでん屋台なのかよ!!」


 メルからのフォローに対してツッコミを入れるオデン。屋台でおでんを売っていて何がおかしいというのだろうか。


「おでん……ですか? 聞いたことがないですけど……」

「え、マジか。おでんを知らないのか」


 てっきり言葉が通じるし、髪の色も黒いから日本人かと思っていたオデン。残念ここは地球じゃないよ。


「はい、おでんとはなんでしょうか」

「えっと、こんにゃくとか大根とかを出汁で煮込んで作る料理なんだが……」

「料理……ですか?」


(おいメル、おでん屋台ってことは材料とかあるのか?)


 先ほどのように勢い良く口走って怪しまれるのを危惧したおでんは、思考でメルに話しかける。実際オデンとメルの精神は繋がっているので、口に出す必要はない。全くもって今さらである。


『はい、材料についてはマスターの精神力を消費して生成可能です。むしろ調理の必要もほとんどありません。ご指示頂ければアッツアツの出汁の中に切った状態の材料を生成出来ます。出汁についても同様です。ただし煮込む必要はありますので、具材を生成してすぐに召し上がれ!! とは言えませんが、出汁の温度調節も最適と思われる温度に設定してあります。出汁はカツオをベースに、昆布出汁を少々、もちろんからしも生成可能ですのでお任せください。いつでもアッツアツです。マスター!!』


 何故か異様に饒舌になるメル。一体何が彼女をそうさせるのだろう。


(要は煮込む必要はあるけど、具材はいくらでも用意出来るってことだな)

『イェスマイロード』


 物凄く誇らしげに応えるメル。どうやら彼女はおでんに関して並々ならぬ情熱を持っているようだ。


(となると見せてやりたいが煮込む時間が必要か……)

『ご心配なく、こんなこともあろうかと、大根、じゃがいも、こんにゃく、ちくわは既に準備出来ております。残念ながらスジ肉とたまごに関しては生成するのに多少時間を要したことで十分に煮込む時間がありませんでした。悔しい』


 いつの間に……と思わなくもないオデンだったが、確かにこのままアテもなく歩いていては、いつかは空腹に見舞われていたかもしれない。そういう意味では彼女の行動を一概に否定するわけにはいかなかった。


「よし、じゃあ少し休憩していくか。ちょうどいいからここで少し食べていこう。ほら、そっちに椅子があるから座って」

「え、ここで、ですか? でも私今お金持ってないんです……」


 少女が少し残念そうに俯く。


「ああいいよ、道案内して貰うから案内料ってことで。それに君の町でおでんが売れるかどうかも感想聞きたいしね」

「本当ですか?」


 その言葉を聞いてパッを顔を上げる少女。言葉遣いは丁寧だが、こういう仕草を見ているとやはりまだ子供なんだな、とオデンは思った。


 早速おでんを更に盛ろうと、棚にあった皿を手に取り、おでんだねを掬っていく。


『マスター、おでんだねを救う時はそっちの穴空きお玉を使ってください。出汁はジャブジャブにならないように最後に出汁だけをかけてください。今はどこから出汁を掬っても構いませんが、今後はスジ肉のところからお玉半分ほど、その後にお玉一杯分をじゃがいものところから掬うようにお願いします』


(細かいな!!)


 内心でツッコミつつ、おでんに関しては逆らうと怖そうなのでメルの指示に従い、具を皿に盛っていく。

 少女の見た目からして、そこまでたくさんは食べられないと思い、いくつかの種類を一つずつ取り分け、少女の前に皿を置いた。


「これが……おでんですか?」


 やはり初めて見た。という風に、おでんをまじまじと見つめる少女。


 箸は使えるかわからないので、とりあえずフォークを手渡す。

 見たこともない料理を前に、少し不安そうな表情でおでんを見ていた少女だったが、皿から立ち上る湯気と、鼻孔をくすぐる出汁の匂いに我慢できず、思わず喉を鳴らした。


 少女に皿を出した後、オデンも自分の食べる分を盛ることにした。別段腹は減ってるように感じなかったが、味見は大事だと心中で言い訳していた。


『フフフ、私がマスターに呼ばれるまで試行錯誤し続けたこのおでん。どうぞ召し上がれ』


 頭の中で何か声が聞こえた気がするが気にしないことにするオデン。そんなオデンを少女がチラチラと見ていることに気付く。


(あ、そうか)


 食べ方がわからないのか、はたまた自分から食べ始めるのは悪いと思ったのか、少女はおでんを気にしながらもオデンの方を伺っているようだった。


「よしじゃあ食べようか。別に食べ方とかもないから、自由に食べちゃっていいぞ」

「はい、いただきます!!」

「いただきます」


 --これが最強の改造人間ODENの伝説の幕開けである。


 ある時はおでん屋台の親父。そしてある時は悪を屠る最強の改造人間。

 彼の新たな人生はここから始まったのだった--

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