「偽りの華は宮廷に咲く」後日談

和泉桂

第1話(完結です)

「あのさ、俺…」

 芙蓉宮からの帰り際、柏永雪はくえいせつがそう切り出すと、祥憂炎しょうゆうえんがぎろりとこちらを睨んだ。その美しい顔で睨まれると、縮こまってしまう。

「えっと……私……?」

「そうだ」

 憂炎は永雪の振る舞いに対して採点しているような節があるが、とりわけ言葉遣いに厳しい。

 女装して宮廷に潜り込んでいる永雪の正体が余人に知られないようにと案じているのだろうが、しょっちゅう上から目線で叱られるのはちょっとつらい――というか腹が立つ。

「そうむくれるな。可愛い顔が台無しだぞ」

「そうは言うけど、あんたは自分のほうが顔がいいと思ってるんでしょう」

 そもそも永雪は自分の顔を褒められても、特に何も思わない。

「私とおまえでは、そもそも外見に関しては分野が違う。気にしなくていい」

 確かに、顔の美醜には様々な系統がある。凛々しいものもいれば美しいものも、精悍なものも。そういう意味では、永雪と憂炎の面差しは根幹からして違っていた。

 それにしても、自分の顔がいいことをまったく否定しないところが、何とも彼らしい。

「それで、何を話すつもりだったんだ?」

「え? ああ、その……私はきのこが好きだけど、あなたは何が好きなのかなって」

「食べられればそれでいい」

 味気ないことを、彼は平然と口走った。

「そう言うけれど、まずいものは嫌でしょう?」

 微かに眉を顰め、彼は怪訝そうに首を傾げた。

「まずいものなど、好んで食すわけがなかろう」

 何という言い草かと呆れそうになるが、国王陛下と幼馴染みで宰相候補の憂炎は、そもそもが大貴族のご子息なのだ。国王ほどではないにしても、いいものを食べているに決まっている。

 自分と憂炎では、まったく違う。

 志すものは同じ道であっても、立場というものが。

 なのに、同じ夢を見られるのだろうか。

 ――わからない。

 そのせいで、時々、永雪は不安になってしまうのだ。

「だが、特別に好きなものを選ぶのであれば、麻辣まーらー味のものがよい」

「えっ!?」

 麻辣とは花椒と唐辛子による辛い香辛料だ。

「私は辛党なんだ」

「辛いものを食べ過ぎると舌が馬鹿にならない?」

「おまえは麻辣のよさを知らないな。今度、上手い麻辣を食べさせてやろう」

「やだよ!」

 思わず声を上げてしまうと、憂炎は少し面白そうな顔になって永雪の顔を覗き込んでくる。

「どうして」

「私の舌も馬鹿になったら困るからです」

「だが、食卓を囲むのは同志として当然のことでは?」

「……そう、かも」

「安心しろ。とびきりの麻辣料理を出してやる」

 ……なるほど。

 同じ食卓を囲めるのであれば、きっと、大丈夫だ。

「いいな?」

 念を押す憂炎を見ながら、永雪は「一度だけなら」とわざと面倒くさそうに告げた。

(了)

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「偽りの華は宮廷に咲く」後日談 和泉桂 @izumikatsura

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