ウサギ王子と従者女子〜お姫さまはまだ未定〜

豆腐数

下手したらカバ子、カバ美だった可能性もある。

 あたしの名前はきみか。公園の公に画数の多い方の華って書いてきみか、って読むの。


 そしてこの、あたしの部屋の3倍はありそうな部屋の、ふっかふかのソファに座っている主の名前は茨野小路楓真いばらのこうじ ふうま君。クラス1──いや、あたし達の通っている土筆ヶ丘つくしがおか小学校一番──ひょっとしたら土筆ヶ丘町一番のお金持ちかも。学校の送り迎えもロールスロイスだかベンツだかよく知らないけどすごい車で、運転手なんかついてる。まあ、だから──。イジメられてるって事もないけど、フーマ君は五年一組の生徒の中でもちょっぴり浮いてる。


 いいや。フーマ君がちょっぴり浮いているのは、なんか外国と貿易とかやってるなんかすごい社長の息子だからーじゃなくて。クラスで飼ってる金魚とか、飼育委員の世話するウサギとかの世話を、すごく熱心にやってるせいかも。


 飼育委員とか飼育係とかやってても、別にそこまで生き物が好きってわけじゃない事も多くて、学校のある日はともかく、休日まで率先してお世話に乗り出す子は少ない。


 その数少ない子がフーマ君だった。フーマ君のお家はお金持ちだから、昔からインコと犬とか猫とかたっかい熱帯魚とか色々飼っていて、フーマ君も動物好きだ。ウサギは飼ったことがないから、っていうのが飼育委員に立候補した理由らしいけど、その飼育環境の過酷さに最初、ビックリしてしまったらしい。


 今にもウサギがケガをしそうな、小屋のボロボロの金網。金曜日に餌を山盛り置いて、土日は放置のサバイバル体制。エサは安いラビットフードばかりで、たまに給食に出たパンとか、バイトのおばちゃん達が給食作った時の余りとか飼育委員の子が持って来た野菜が出る程度。何より、オス・メス入り乱れているせいで増えてしまったウサギ達。


 飼育委員になる前に色々調べていたらしいフーマ君はすぐに、これからは安くてもいいから干し草も予算から買ってもらえるようお願いした。今にもウサギがケガをしそうな壊れた金網の修理代は予算から出そうもなかったから、彼が飼育委員になってから次の日、茨野小路家が手配した業者によって修理された。


 飼育崩壊寸前だったウサギ達は、何匹かフーマ君ちで引き取って、残りはフーマ君ちの自腹で去勢されることになった。


 事態をポカーンと見守っていたあたしも、去勢までする必要はないんじゃないか、って思ったけど。


「ウサギってネズミと同じくらい繁殖力すごくて増えちゃうんだ。野生下ではそうしないと食べられる個体のが多くて全滅しちゃうからだけど。こんなちっちゃな小屋に押し込められて、何回も子ども産んでたらただ増えてストレスが溜まるだけだし、お母さんウサギにも良くないんだよ。子どもを産む事自体、すごく体力を使うし危険な事なんだ。ぼくのお母さんも、僕を産む時難産で大変だったんだって」


 そうやってフーマ君ちを受け皿にウサギは数は調整され身体を整えられ、小屋は修理ののち、フーマ君自らの熱心な手入れ掃除で見違えるように綺麗になった。


 両親も私もインドア派で旅行とかに縁がないから土日や長期休暇に余裕があるのと、一匹だけ懐っこいウサギがいて可愛かったのとで。他の子よりはちょっと飼育委員に熱心だっただけのあたしはもうついていけない領域だ。


 どうしても親を説得し切れないという車の送り迎えを除けば、彼が自分の家の財力と権力を使ったのはウサギの事だけなのだけれど。この件に関してクラスの皆は称賛半分、残りは引き気味といった感じ。


 どうしてそんなに熱心なのかといえば、彼は動物好きが転じたらしく、将来獣医さんになりたいらしい。だから今のうちから、親の力のおかげだろうとなんだろうと、目の前の動物くらいは助けてあげたいんだって。去勢してこれ以上増えないようにして、将来的にウサギ小屋は廃止にするようお父さんを通して働きかけているとかなんとか……。


 わたしは「土日も長期休みも自主的にウサギ小屋を世話する熱心な飼育委員の片割れ」として彼とセットにされ、この件では彼と同じようにクラスで遠巻き状態にされてしまった。


 違う、違うのよ! あたしはただ、黒ウサギのくろたまが何故か懐いたせいで見捨てられなくて……。そのくろたまは、ウサギ引き取り騒動のドサクサに紛れてフーマ君ちに引き取ってもらったんだけど。


 だから、あたしは時々こうして、お金持ちのおうちの行き届いた世話で毛ヅヤの増したくろたまの顔を見に来るだけでいいし。薄情な事を言えば、もう前ほど熱心にウサギ小屋の世話なんてする必要もないと思うんだけれど。『ウサギ王子』などという称賛と引き笑い半々の称号を背負って一人、土と埃まみれになって休み返上でお世話をしているフーマ君の背中を見ていると、放っておけなくなってしまう。


 理解ある友達は「ウサギ王子の従者大変だねー」と笑って流してくれるが。ちなみに何故か、あたしにはウサギ王女のあだ名はつかない。からかわれても従者、お付きの家来止まり。お姫様の気品がないって事かも。


 ……ここだけの話、本当に雨の日も風の日も雪の日もウサギ小屋の世話を共にし続けていたせいでフーマ君に気に入られたあたしは、将来ウサギ王子のお嫁さん候補みたいになっちゃってるんだけれど。王女様にはなれず、家来から飛んでお嫁さんなんて、シンデレラストーリーって感じ。


 ゲージから出されたくろたまは人の苦労も知らず、あたしの膝の上でスピスピ眠りこけている。触り心地は、初めて学校のウサギ小屋で撫でた時よりずっと良い。


「ウサギって犬猫に比べるとあんまり懐かないんだよ。つまりきみかちゃんが優しいって証拠なんだよ」

「そうかなぁ?」


 育ちの良さそうなキラキラした目であたしを見るフーマ君。優しいって言うなら、万倍ウサギ小屋に熱心なフーマ君の方だし、くろたまが特殊なだけだと思う。事実他のウサギはこんなに懐いて来ないし。


「フーマ君の名前ってすごくかっこいい響きと字面だよね」


 「将来優しいお母さんになるよ」とかいつもの口説き文句に移行する前に、あたしは話を逸らした。


「ぼくが産まれた日、お母さんの実家の庭のカエデの木が真っ赤に紅葉してたかららしいんだけど」

「漫画の主人公みたいな名前だよね」

「きみかちゃんの名前だって綺麗だよ。おおやけのはな、って王女様みたい」


 ものっすごく褒めてくれて照れてしまうが、公園の公に画数の多い方の華、というあたしの説明の方が正しい。


 なんせ名前の由来が、パパが公園でママにプロポーズした時に頭にくっついていた、蒲公英──タンポポのわた毛だからだ。


 漢字で書いたタンポポから公を拝借して、タンポポの花みたいに線の多い方の華を添えれば、あたしの名前の完成ってわけ。蒲焼子とか綿毛ちゃんとか、そのまんま蒲公英ちゃんじゃなくて良かった。前二つは冗談だけど、ママの名前がすみれだから、連想ゲームと思い出の花って事で蒲公英ちゃんになる可能性は無きにしもあらずだったと思う。ああ怖い。


 フーマ君が自分の名前の由来を教えてくれたのに不公平だと思うが、あんまりこの由来は言いたくない。友達にも話したことがない。単純にパパとママのバカップルっぷりを人に堂々と話すのが恥ずかしいのもあるし、やっぱりウサギの王子でも王子にはふさわしくないかなあ、と思う草花だし。


 もう少しフーマ君もあたしも大きくなって、それでも彼の気が変わりそうになかったら、嫁入り道具の代わりに由来をお話してもいいかなあ。とは思っている。それまではまあ、あたしの気持ちも名前の意味も、秘密ってことで。

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