その箱に愛を乗せて

由希

その箱に愛を乗せて

 それは、二人だけの秘密の約束。


『大きくなったら、この国を出て二人で暮らそう。遠い遠い、誰も僕らの事を知らない場所で』


 そう言って、貴方は笑ってくれた。私は昔から、その笑顔が大好きだった。


『例え誰が邪魔をしたって、この決意は変わらない。君を永遠に、愛し続けると誓う』


 あの頃、私達はまだ子供だった。その未来が必ず訪れると、信じて疑わなかった。


『愛している、リリアナ。僕だけの可憐な花……』


 私が王の側室として後宮に囚われたのは、それから三年後、私の十五歳の誕生日の事だった。



 ガタゴトと、荷馬車が心地好い振動を刻む。

 辺りを見れば、のどかな田園風景がどこまでも続いていて。本当に遠くまで来たのだと、改めて実感させられた。


「珍しいね、こんな田舎に用があるなんて」


 荷馬車を操るおじいさんが、こちらを振り返り言う。彼はこれから行く村の住人で、私達がそこに行きたい旨を伝えると、快く荷台に乗せてくれたのだ。


「……少し、街での生活に疲れてしまって。こんなのどかな場所で、畑でも耕しながら穏やかに生活したいなって」

「そうかい。まだ若いのに、どうやら色々あったみたいだね」

「はい。彼のおかげで、私はやっと自由になれました」


 そう言って、私は微笑む。そう、やっと叶えられたのだ。

 誰も知らないところで二人で暮らそうという、私達、二人だけの約束が。


「そういや街の噂で聞いたが、何でも遠くの国で、革命が起こったそうじゃないか」


 ところがおじいさんのその何気ない話題に、愛する人の肩がぴくりと震えた。


「この国でそんな事が起こったらと、恐ろしくてたまらないよ。アンタもそう思わないかね」

「……そう、ですね」


 おじいさんはまた前を向いてしまったから気付かないけれど、愛する人の顔色は少し青ざめている。無理もない。あれは本当に、酷い戦いだったから。


 おじいさんの言う革命とは私の愛する人、ライオットが中心になって起こしたものだ。


 あの国は貧富の差が酷く、王侯貴族の華やかさに比べ民衆はみな、明日の食べ物にも困る有様だった。そして少しでも王への不満を口にすれば、子供だろうと容赦なく処刑された。

 そこに立ち上がったのがライオットだった。ライオットは貴族であったけど、表向きは王に忠誠を誓いながら、裏では着々と革命の下準備を進めていた。

 そして、革命は起こった。長らく丸腰かつ無抵抗の民を痛めつけるしかしてこなかった兵達が、武装した怒れる民衆を相手にして敵うはずもなかった。

 王侯貴族は恐怖に怯え、今までの仕打ちを詫び口々に許しを乞うた。それでも長年踏みつけられてきた民衆は、彼らを許しはしなかった。

 そして革命に加わった者以外総ての王侯貴族、のべ五百人の大々的な処刑をもって、やっと革命に終止符が打たれたのだった。


 革命に加わった民衆はみな、ライオットを救国の英雄と呼び、讃えた。ならばそんな彼が何故、今私とこうしているのか。

 彼は革命に身を投じ、それでも、幼い頃に私と交わした秘密の約束を忘れなかったのだ。この国を出て、誰も私達を知らない遠く遠く離れた場所で暮らすというあの約束を。

 ……いいえ、違う。あの約束があったから、彼は革命を起こした。十五の歳に王の側室として後宮に献上され、以来、そこから出る事の出来なくなった私を救う為に。

 だから私もまた、彼とこうしてここにいる——。


「ところでお兄さん、その大事そうに抱えている箱には何が入ってるんだい?」


 不意におじいさんがまた振り返って、今度はそう言った。その視線の先にあるのは、ライオットが膝に抱える大きな箱。

 これこそが、私達の約束が果たされたその最大の証。これを見る度、何だか顔がにやけてしまいそう。

 もっとも、そんな顔、絶対にライオットには見せられないけれど。


「これには……大切なものが入っているんです。とても、とても大切なものが」

「そうなんです。私達にとって、とても大事なものなんです」

「そうかい。そんならもっと大事に抱えておくといいよ。ここから先は更に道が荒れるでな」

「……はい」

「ありがとうございます、おじいさん」


 その忠告を聞いて、ライオットは更に箱を強く抱き締めた。そこからライオットの愛を感じて、何だか私一人、浮かれ気分になってしまう。


「……ねえ、ライオット」


 ライオットの肩に、そっともたれかかる。きっとライオットは、気付いていないけれど。


「私、本当に幸せよ。やっとよ。やっとあなたとの約束を、叶える事が出来たの」


 二人だけの約束。誰も知らない、秘密の約束。

 そうよ、嬉しかったの。それを叶える為、貴方が私のところまで来てくれた事。

 「王の子を孕んでいるかもしれない後宮の女は、全員王と共に処刑する」。貴方以外の人達は、口々にそう言っていたわね。

 だから貴方は、私を殺すしかなかった。だってそうしないと、二人の約束を果たせないもの。

 そう、だから貴方は。


 ——斬首され、他の側室達と一緒に晒し首になっていた私の首を盗んで、ここまで逃げてきたの。


 ライオットの抱える箱を、そっと撫でる。そう、この中にあるのは私の首。

 私は首だけになったけれど、こうして貴方は、私との秘密の約束を叶えてくれた。誰にも言わなかったのは、きっとみんなに止められると解っていたせい。

 秘密は秘密のまま、それでもこれまでの総てを捨てて、貴方は私を選んでくれた。この事を、喜ばずになんていられるかしら?

 だからお願い、そんな暗い顔をしないで。そう伝えられない事だけが、今はもどかしい。


「……リリアナ……」


 掠れた声で、ライオットが私の名を呼ぶ。そんなライオットを、私はそっと抱き締めた。

 例え彼が、死ぬまで私がここにいる事に気付かないのだとしても。


「愛しているわ、ライオット。私だけの、永遠の騎士……」


 いつかライオットに向けた言葉を、優しく囁いて。私は彼の乾いてひび割れた唇に、そっと口付けを落とした。





fin

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