聖バレンタインディの悲喜劇

シンカー・ワン

今、そこにある危機

 全国的にバレンタイン・ディである。

 ここ、百田ももた第一普通科高校も例外ではない。

 半ドンの土曜日――百田第一は土曜授業を導入している――という短い在校時間にも拘らず、皆あの手この手でチョコを渡し渡される光景があちらこちらで見かけられていた。

 三時限目が終わり、あとひとつの授業と終礼を残すのみとなったこの日最後の休憩時間。

 同校一年四組。こちらでも少しばかり違った風景。

 チョコを手にした男子生徒一同が窓際一番前の席あたりにたむろって、手にしたチョコの感想なんぞを語り合っていた。

「いやぁ、チョコですなぁ」

「うむうむ、チョコだ」

「どんな形であれ、今日のこの日に身内以外の異性からチョコを貰えているなんて……」

「たとえ百円パックチョコ各自ひと包みづつであろうとチョコはチョコ」

「男子全員への義理チョコ配布計画。案に賛同してくれた女子一同に感謝だな」

「特に立案して実行まで持って行ってくれた中禅寺には感謝してもしきれないぜ」

「いつも厳しいが、まれに見せる優しさが心に沁みる」

「神様、仏様、中禅寺様々だな」

「ありがたや、ありがたや」

 男子一同が手を合わせて拝むその先、廊下側一番前、男子一同の女神様とでも言うべきクラス委員・中禅寺晃ちゅうぜんじあきらの席であるが、肝心の中禅寺は席を外しており、どうやら廊下で他クラスの女生徒と会談中の様子。

 短いやり取りで話がまとまったようで、教室へ戻った中禅寺から例の指向性の強い声が男子一同が集っている方向へと飛ぶ。

桐戸俊介きりとしゅんすけくん、お客様。迅速に行動を!」

「は、はいっ」

 声優の松岡〇丞さんに似た声をした男子生徒が気をつけの姿勢で答えた。

 モブ男子のひとりだった彼は、今ここで名有りキャラへと昇格レベルアップした。コングラッチュレーション!

 これからはセリフ毎に発言者名が明記されるようになったぞ。書き手としては手間がひとつ増えただけだけどな。

 名が付いたことで輪郭線ベタだけの存在だった桐戸くんに、キャラデザインが入る。

 デザイナーさんが頑張ってくれたおかげで、細身の中性的な容姿をした可愛い系男子だ。

 その桐戸くんが呼び出しに応じて廊下へ出ると、待っていたのは顔見知り。

「桐戸くん、ごめんね。呼び出しちゃったりして」

 戸松なにがしという女性声優さんに、よく似た声の女生徒が頬を紅潮させてモジモジしながら立っていた。

 背中まである栗色の長い髪、華奢ではあるがバランスの良い体形プロポーションをしているのが制服の上からもうかがえ、髪の色と同じな大きな瞳の愛くるしい顔立ち。人目を惹かずにはいられない少女へと、

なぎ、どうした?」

 臆することなく声をかける桐戸くんの態度から、ふたりが顔見知りなことが知れる。

「ん。今日、部活動ないでしょ。だから……はい」

 凪と呼ばれた女生徒は、少し照れくさそうに可愛くラッピングされた品物を差し出した。

 バレンタインディに女生徒から手渡しされるラッピングされた品物といえば、もう間違いあるまい。

 イッエース、チョコレートッ!

「こ……これって」

 ドギマギしながら受け取る桐戸くん。

 ちょっと信じられないって顔で、手にしたチョコと凪嬢を何度も交互に見やる。

「――うん。……えっと、それ、わたしの本命チョコ、だから。……返事は月曜日に聞かせて、ね?」

 はにかみながらそこまで言って、凪はきびすを返し、少し早足で自分のクラスへと戻っていった。

 きっと照れくさかったんだろうねー、いやぁ青春しちゃってさぁ、もう。

 今しがた自分の身に起こった出来事に、夢見心地で教室へと戻ってくる桐戸くんへと、先のやり取りを特等席で耳にしていた中禅寺が声をかける。

「おめでとう。二組の凪明日奈なぎあすなさん、ゲットね」

 言い方がとても祝福しているようには聞こえない辺りが、中禅寺クオリティである。

「彼女、一年の女子じゃなかなかの人気者よ。しばらくは風当たりがきついかも知れないから、身辺に気をつけるように」

 それでも何かしらの忠告を入れてくれるところもまた中禅寺。出来たクラス委員や。

「差し当たっては……我がクラスかしらね」

 そう言った中禅寺の視線の先には、モブから昇格し、さらにまで手に入れた仲間をと手ぐすね引いて待っているモブ男子一同の姿があった。

 無論、桐戸くんは自身に迫りくる危機を気づきもしていない。


「おめでとう、桐戸!」

 モブ男子どもが桐戸くんを取り囲んで、一斉に祝福の声をかける。

「あ、ありがとう」

 皆一様に笑顔なのだが、目が笑っていないことに少しばかり退いた気持ちになりつつそれでも礼を返す桐戸くん。

「こ~いつぅ、上手くやりやがって」

「どういう関係なんだよ、あんな可愛いと?」

「まったく、どうやってお近づきになったのか教えてもらいたいぜ」

「そだ、そだ」

 モブ男子どもが口々に問う。 

「凪とは部が一緒で……一年は少ないから自然と仲良くなってて……でも、ただの部活仲間だと思ってて……」

 デレデレでバカ正直に馴れ初めと経緯を語りだす桐戸くん。

 止めろ、今君は調子に乗っているっ。それは危険だ、薄氷の上に立っていることに気づくんだっ。

「ふーん、そうか、そうか。……幸せだなぁ~桐戸おぉ~」

 モブ男子どもの目が光り、声音が黒いものに変わる。あからさまな危険が迫る。

 だが、現状脳内お花畑ハッピーバーストの桐戸くんは気づかない。危険関知能力はこれ以上ないほど下がりまくっているぞっ。

「異端審問かーーーーーーーーい!」

 号令一下、モブ男子どもの輪が狭まり、中心部の桐戸くんは身動きが取れなくなった。

「な……なに?」

 突然の状況の変化についてゆけず、間の抜けた声を上げる桐戸くん。

「一同に問う。彼奴きゃつを許せるやいなや?」

 桐戸くんの訴えを無視した、モブ男子審判官の問いに答える野太い声が一斉に響く。

「否!」「否!」「否!」「否!」「否!」「否!」「否!」「否!」「否!」

 否の大合唱が轟く中、さすがの桐戸くんも己が立場を理解する。いのちがきけーん!

「審議の結果を言い渡す! ――桐戸俊介、悦楽の中で……果てるがよいっ!」 

 審判は下る。

 囲まれた桐戸くんの周囲から何本もの腕が伸び、彼の体を一斉にくすぐりだす。

「や、止めろおっ。ひゃあ、や、や、止めてくれーっ。……うひゃっひゃっひゃっ、ひいぃぃぃぃーーーーー」

 桐戸くんの悲鳴が上がる。恐怖に震えながらも、それはどこか恍惚感を含んんでいた……。

 

 ――四時限目の始まりを告げる本令が鳴る。

 クラス一同がおとなしく席に着く中、桐戸俊介の席は空いたまま。

 ひと仕事終えた名も無きモブ男子どもの顔は、皆一様に晴れやかだったという。


 なお桐戸俊介は、保健室前でアヘ顔で弛緩した状態になっているところを、養護教諭に発見され無事保護された。

 生命に別状はないと言う。

 週明け、回復した彼が凪明日奈に何と答えたかは……いうだけ野暮ってもんである。

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