秩序はハプニングにより乱されて、愉快犯によって粉砕される
長船 改
某月某日
ここは東京某所、芸術劇場の一室……。
「大変です!!」
「どうした?」
「主演の相川が間に合いません!!」
「……ぬぁんだってぇ!?」
スタッフの急報に、演出の神崎は椅子ごと後ろにひっくり返った!
本日はミュージカル『ミスター・マスカレード』の公演日のちょうど真ん中、いわゆる
この日、主演の相川は、どうしても出なければいけない朝の生放送の出演を終えて、急いでここ帝国劇場に向かうべく車を走らせていた。
その途中、国道246号線で大規模な事故が起こり、立ち往生してしまった……というわけだ。
「どうしましょう……!?」
「とにかく、今動けるスタッフを集めてくれ!」
そうして、急遽スタッフミーティングが開かれることとなったのだが……。
「いったいどうするんですか!?」
スタッフのひとりが上げた悲鳴混じりの声を皮切りに、会議室内のボルテージは一気に上がり、狂乱のるつぼと化した!
「今日は中止するしかないでしょ!」
「客にどう納得してもらうっていうんだ!開演まであと15分、客席はほとんど埋まっているんだぞ!それにチケットの払い戻しの事もある!スポンサーにもなんて言えば!」
「そうは言いますけれど、じゃあ開演するんですか!?相川さんは主演なんですよ!?」
「そもそもなんだって相川は公演日の朝に生放送なんて出てるんだ!!」
「えーっと、スポンサーさんの意向だそうです。ほら、ウチにも協賛してくれている……。」
「なんてこった!!」
響き渡る怒声に罵声。さらには日ごろの鬱憤を晴らそうとする声から、なぜか明日の楽屋弁当を心配する声まで、何ともやかましいものである。
とは言え、そこはさすがに全員がプロである。ミーティングは混乱の只中にあっても少しずつ進んでいった。
みんな分かっているのだ。主演の相川が間に合う以外に、この事態を無傷で乗り切る方法などないという事を。つまり、今のこの状況では怪我をするしかないのだと。
「よし、とにかくお客様に説明とお詫びをしよう。時間もすでに押してしまっている……。」
演出の神崎は呻くようにして言った。
時計は1時10分を指している。すでに10分の時間オーバーだ。
「じゃあスポンサー陣にもその事を……!」
と、誰かが言った――その時だった。
廊下の方で何か言い争う声がしたかと思うと、勢いよく会議室の扉が開いた!
「話は聞かせてもらったああああああああ!!!!」
全員の目が、侵入者に注がれて……点になった。
フレディ・マーキュリーを思わせる白いタンクトップにGパン。
ビートルズのようなマッシュルームカット。
……の、ふとっちょさん(男)が、そこに立っていた。
((だ、誰……!?))
全員が一斉に心の中でハモった。これが漫画ならば、全員の頭上に今のセリフが浮かんだ事だろう。
するとそのセリフがまるで聞こえたかのように、男は甲高い高笑いを始めた。
「はっはっはっは!!どうもはじめまして!登録者数2万4千人、癒し系Youtuberのポメロウです!!」
全員があ然とする中、ポメロウは構わずに言葉を続ける。
「お困りのようですね!なんでも主演の相田さんが不在だとかなんとか!!」
「相川だよ……。」
誰かがツッコミの声を上げるが、都合の悪い言葉はポメロウの耳には届かない。
「はっはっは!!救いの神はここにある!!ワタクシが相田さんの代役を見事果たしてみせましょう!!」
『ちょ、ちょっと待った!!』
再び全員の言葉がハモった。さすがに今度は声として。
しかし彼らの言葉もむなしく、ポメロウはひと際甲高い笑い声を上げると、踵を返して会議室を飛び出していってしまった。それはふとっちょな体格に似合わぬ俊敏さだった。疾風怒濤、荒れ狂う暴風、そんな形容がぴったりといった具合だった。
「ま、待て!あいつを止めろおおおお!!!」
一瞬早く我に返った神崎が叫ぶも時すでに遅し。
ポメロウの高笑いはみるみる遠ざかっていってしまう。
「なんですかアイツはぁ!?」
「知るか!!」
すると、ひとりのスタッフが腕組みをしつつウンウンと頷いた。
この面子の中で一番の古株、木村さんである。
「あれは癒し系とは名ばかりの迷惑系Youtuberじゃな。困っている人の所に現れ、助けようとしては全てが裏目に出る。『親切の押し売り・ポメロウ』。それがあ奴の通称じゃ。」
「なんで木村さんがそれを知ってんですか……?」
「そんなのんびり喋ってる場合か!アイツ、舞台に上がっちまうぞ!」
と、そこへまた別のスタッフが走り込んできた。
ポメロウを止めようと追いかけていった内のひとりである。
「すみません!とてもじゃないですけど止められません!!」
「バカ野郎!」
「でもアイツ、過去に2回この舞台観てるから大丈夫だって言ってました!」
「2回観てるぅ!?ますます分からん!誰かの関係者か何かか!?」
「さぁ!?」
すると、またまたひとりの男が飛び込んできた。出演俳優の工藤である。
「ちょっと何やってんですか!」
「どうしたの工藤くん!」
「モニター!モニター見て下さいって!」
会議室には、楽屋と同じように、舞台の状況が分かるようにモニターが備え付けられていた。
しかしモニター自体はオンになっていたものの、ミーティングの最中とあってミュート状態になってしまっていたので、誰も舞台上の変化に気付くものはいなかったのである。
全員の目がモニターに集中する。もちろん、ミュートは解除されている。
舞台にはすでに先ほどの癒し系Youtuber・ポメロウが立っていた。ご丁寧に
「なんで緞帳上げちゃってんだよ!」
「ちょ、よく聞こえん!音量上げて!」
徐々に音量が上がってゆく。
それと共に聞こえてくる甲高い笑い声。
「ぐわあああ!笑ってるうううう!!」
「いやっ!でも、芝居自体も相川さんの高笑いからスタートなんで間違っちゃいないですよ!」
「ダメだ……もうワケ分からん……!」
「オレ、一応他の出演者連れて舞台袖まで行ってきます!」
そう言って駆け出していく出演俳優・工藤。
もはや、誰にも何が正解なのか分からなかった。
舞台裏はバタバタとして慌ただしい。
客席は、突然の珍入者にざわついている。
おそらくいつも通りなのは癒し系Youtuber・ポメロウのみである。
「なんか……歩き回っているな……。」
「見ようによっては踊っていると取れなくもないですけど……。」
「そうかぁ?」
「とりあえず、台本上ではそろそろセリフのはずです……。」
『ごくり。』
みんなが固唾を飲んで、見守る。
やがて、ポメロウが舞台中央で立ち止まった。
その第一声は……!
「はっはっはっは!!どうもはじめまして!登録者数2万4千人、癒し系Youtuberのポメロウです!!」
……。
…………。
………………。
『ダ、ダメだったあああああああああ!!!!!』
絶叫が、轟いた。
そして暗転――。
「……ハッ!」
目が覚めると、そこは自分の部屋だった。
息も絶え絶え、寝汗ぐっしょり。
「なんだ……今の……。」
呆然としつつ、枕元の目覚まし時計に目をやる。
時刻は7時20分。カーテンの隙間からはすでに光が差し込んでいる。ちなみにアラームは8時にセットされていた。
「なにかとてつもなく怖い夢を見たような気がする……。」
しかしその内容が思いだせない。
相田はノロノロとベッドから身を起こした。
とにかく体が汗でべたついて気持ちが悪い。
「とりあえずシャワー浴びるか……。それで今日はのんびり車で行こう……。」
アラームを解除し、相田は自室を出て風呂場へと向かう。
やがて風呂場の中を、シャワーの音と共に発声練習の音が響き始めた。
今日は相田の主演舞台、芸術劇場での公演の中日である。
「246で大事故でも起こらない限り余裕で間に合うだろ……」
そう呟いて、相田は再び発声練習を始めたのだった――。
秩序はハプニングにより乱されて、愉快犯によって粉砕される 長船 改 @kai_osafune
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