ドッペルゲンガーは人を殺す

高黄森哉

ドッペルゲンガーは人を殺す


 見間違いじゃないかな、と俺は思った。駅の人ごみの中、俺がもう一人いた。相手はこちらに気づいていないようだ。

 これは、もしやドッペルゲンガーではないか。世の中には、自分と同じ人が、三人いるとかいう。そして、そういう人間に出会うと、数日のうちにその人は死んでしまうと言われている。これは、大変な事態だ。


「ねえ、伊月君」


 びくっ、と反応してしまう。そう、俺の名前は伊月。だがしかし、呼ばれているのは、もう一人の方だった。なんと、名前まで、同一である。そして、年齢もおそらく。


「なんだい。桜」


 自分が相手をしているのは、とてつもなく可愛い子だった。その子は、なれなれしく、もう一人の俺にべたべたしていた。くそ、なんて羨ましい奴だ。

 しかしながら、己の顔は、あのような人間を射止められるだけの、資質を有しているのか? これは発見だった。しかし、それは残酷な発見だった。なぜなら、自分はその資質を有しつつ、それを生かせていない、ということだからだ。


「行きましょう」


 その言葉で、彼らは移動を始めた。俺も、その言葉で移動を始める。もちろん、こちらに投げかけられた言葉でないことは分かっている。


「ねえ、伊月君は某 H 大なんでしょう」


 その大学は、地元で名の知れた難関大学だった。俺は、決して頭が良くないので、なあなあな大学へ通った。はて、彼は、脳みそまで同じなのかしら。この流れで、脳みその構造が違っているのは、むしろ不自然な気もする。じゃあ仮に、だとしたら、自分は、そのような頭脳を有しつつ、生かせなかったことになる。それは発見だった。例の、残酷な発見、というやつだ。


「そうさ。お前と唯一、離れていた時間だな」


 彼の声は、震えあがるほど自分に似ていた。いつか聞いた録音の、不快な音程である。虫唾が走るが、周囲の誰も気にしていない。自分の声は環境に意外となじんでいるのかもしれない。ならば、気に病んだのは、馬鹿だったか。


 マテ、今、唯一の時間といったな。


 俺は一旦は聞き逃したが、聞き逃さなかったぞ。ということは、彼は、幼馴染がいるということになる。つまり、高校まで地元にいた人間だ。これは、俺と奴との明確な違いだぞ。

 そうだ、俺は引っ越しまみれだったのだ。そして、人間関係をズタズタにされた。それで、精神的に弱り切っていたのにも関わらず、周囲の大人たちは、ほったらかしにしたのだ。

 奇妙と思うかもしれないが、自分があそこまで追い詰められたのは、あまりにも頑丈だったからだと思う。もし、壊れることが出来れば、もっと深刻に捉えられたのに。心の病気になれないことも、ある種の病気なのだ。

 ほら、こうやって書いているこの文章も、やっぱり他人にとっては真剣さを欠き、その地獄は過小評価される。しかし、ことは余りにも微妙であり、この俺をもってしても、叙述しきれないのだ。それで、それがいかに見えない虐待であったか、また異常であったかを見誤る。それこそが、俺を追い詰めた悪夢の正体なのに!

 俺たち三人は階段を上る。


「ねえ、ずっと一緒だよね」


 二人がイチャイチャしているのを見ると、心がすさんだ。どうして、世の中はこうも不公平なのだろう。俺からしたら、ほとんどの人間はイージーモードで生きている。それなのに、彼らは勝ち誇るように、己の生活の裕福さを惜しみなく見せつける。お前らは運が良かったに過ぎないくせに。


 その無神経さが堪忍袋の緒をチリチリと削った。


 奴が幸運に過ぎないのは、同一性が保証する。なぜなら、奴が俺である限り、俺との違いは資質、もしくは遺伝子ではなく、環境が左右したことになるからだ。この考え方は、双子の研究でも採用されている。文句があるなら、そっちに問い合わせろ。

 そして、駅のホーム。そろそろ電車が来るのか、黄色い線の内側へと案内される。そもそも、ついうっかり黄色い線の内側へ入る間抜けなんかいるんだろうか。いいや、いるだろう。例えば、ドッペルゲンガーに苦しめられて、死にたくなったような人間は。

 迫りくる電車はゆっくりに見えた。俺の脳みそが、迫りくる危険に、処理を早くしたわけではない。そういう錯覚だ。


 それで俺はどうしたと思う?


 俺は二人の背中を思い切り押した。そうだ、俺がドッペルゲンガーになればいい。それならば、せめて死なずに済む。これでお相子にしよう。

 以上が、なぜ、ドッペルゲンガーに出くわすと、三日以内に死んでしまうか、という答えになる。人は、他人と比べたがる生き物だ。そして、二人いれば差はあるものさ。死にたくないなら、せいぜい配慮することだな。なんたって、世の中には君に似た人間が三人もいるんだから。


 

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ドッペルゲンガーは人を殺す 高黄森哉 @kamikawa2001

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