注釈

秋野凛花

 秘密、という字には、こめじるしが2つ使われているように見えた。

 それが話のきっかけだった。

「だから、秘密を暴露し合おう」

「だから、という繋ぎがちょっとよく分かんない」

「ほら、こことここ、※みたいじゃない?」

「それはなんとなく分かるけど」

 君が「秘」の右側と、「密」の真ん中の部分を指差しながらそう告げる。それは言われなくても分かっている。だから秘密を暴露し合おう、というのが分からないのだ。

「いいじゃん、もうすぐ卒業なんだし、つまり最後なんだから」

「はあ……」

 分からないでもないが、分かるわけでもない。思わずため息を吐いた。こいつは一度言い始めると、もうテコでも動かない。大人しく従う他ないか。

「じゃあ、話の文末には、『※この話はフィクションです。実際の団体や人物とは一切関係がありません』を付けよう! そうしたら気楽に話せるでしょ?」

「そういうもんかな……じゃあ言い出しっぺから、どうぞ」

「え~……うーん……」

「まさか、こっちにだけ喋らせておいて、自分は何も話さないつもりだった~……とかないよね?」

「ないけど! ないけど~……いざ話すとなったら、恥ずかしくて」

 そう言って君は頬に両手を当てると、腰をくねくねさせる。その仕草でどんな話かある程度予想出来るから、不思議なものだ。

「その……私の秘密は、実は……好きな人がいますっ!」

「へぇ」

「興味無さそう!!」

 君は顔を真っ赤にしながらそう怒る。はいはい、とそれをあしらって、それから話の先を促した。

 どういう人なの、と聞くと、君は恥ずかしがりつつも、割とあっさりと口を開く。

「えっとね、とっても優しくて、笑顔が素敵な人。勉強も出来て、運動も出来て……この前は図書室で~……」

 段々話が右から左に流れていくような、そんな感覚がする。……予想はしていたが、やはりこの下り、君はこの話をしたかっただけか。

 思わずまた、ため息を吐いた。君のことを聞きたい、だなんて、嘘じゃないか。

「……もうすぐ卒業だし、それを機に告白しようかなって考えてたりする……って感じかなっ! ほら、次は君の番だよ?」

 聞いていなかったが、話し終えたらしい。今度はこちらの秘密の暴露を求められた。その瞳は、きらきらと輝いている。

 さて、どうするか。無難なことでも話そうかと、思っていたけれど。

「……中学校の時の話だけど」

「うんうん」

 話し始めると、君は興味津々な様子で相槌を打つ。それを見てから、話を続けた。

「好きな人がいたんだ」

「ええっ」

「……そんな驚く?」

「いや、だって。……あ、ううん、違う。話の腰を折っちゃダメだね。続けて」

 君は何かを言いたげだったが、飲み込むことにしたようだ。口を両手で抑え、コクコクと頷く。小動物のような動きだった。

 促されるまま、再び口を開く。

「その子は、とても溌剌な子だった。1つの動作をするたびに奇声とか上げてて、まあうるさいと思ったし……最初は、どちらかと言えば嫌いなたぐいの人間ではあったんだけれど、気づいたら、目で追うようになっていて。その子は誰とでも分け隔てなく接するような子だったから、自分ともよく話してくれた。挨拶をしてくれる時の笑顔が、とても可愛くて。いつしか好きになっていた」

 君は表情を輝かせ、笑顔で話を聞いている。その表情を見ていると、自然とこちらも笑みが零れてくるようだった。

「卒業を機に、告白しようと決心した。人生初の告白で、緊張したけど……もう誰もいなくなった教室で、告白した」

 その時のことを思い出す。あの日は桜が咲いていて、ああ、綺麗だった。

「──あの子は、告白を断った」

「……そう……」

「友達以上の感情はなかったって、そう言ったんだ。高校は別だけど、別々の場所で頑張ろうねって、そう言ったんだ」

「……」

「だからその子を刺した」

「……え?」

「卒業だし、教室を飾り付けていたんだ。その時に使ったカッターナイフが、片づけられずに残っていた。だからそれを手に取って、その子を刺した。相変わらず元気な声をあげていて、素敵な声だったな。

 やがてその子は動かなくなった。カッターナイフを持っていた手は血まみれになっていて、教室の床には血だまりが広がっていて……そこでふと、風が吹いた。その拍子に桜の花びらが教室に入り込んで、あの子の心臓の上に、ふわりと舞い落ちた。とても綺麗な景色だったよ。思わず写真を撮ってしまったけれど……あれは、直接見てこそ価値があるものだった。君にも見せたかったくらいだったよ」

 君を見つめる。君は大きな目を更に見開き、こちらを見つめていた。

 溌剌な声、素敵な笑顔、桜色の唇、白い肌、肩まで揺れる黒髪──。

「ああ、そう、血の赤と、君のこの髪みたいな黒色も、とても良く映えていた」

「──ッ」

 ガタンッ!! と、音が響いた。君が大きく身を引いたのだ。その黒髪に触れようとしていた手は、宙を彷徨っている。触れられなくて、残念だ。

 手を下ろし……一度目を伏せてから、微笑んだ。

「……なんてね」

「……え?」

「突然秘密とか言われても浮かばないって。だから、少し意地悪した」

「……えっ、えっ」

「そもそも、君が言ったんだろ。『※この話はフィクションです。実際の団体や人物とは一切関係がありません』を文末に付けるって」

 そこまで言って、ようやくどういうことか分かったらしい。君は露骨にほっとしたように脱力し……そして、きっと眉を吊り上げた。

「ちょっと~!? めちゃくちゃビビったんだけど!!!!」

「ね、ビビってたね」

「もう!! ……でもまあ、君がそんなタチの悪い冗談を言えるんだ~って分かっただけでも、結構な収穫かなぁ」

 はあ、なんか疲れちゃった。と言い、君が荷物をまとめ始める。そしてすぐにまとめ終えると、立ち上がった。

「帰ろ帰ろ」

「うん。……ああ、もうこんな時間なのか」

 スマホを起動し、時間を確認する。気づけば下校時刻ギリギリとなっていた。だから荷物をまとめ、君に続いて立ち上がる。

 そして君の笑顔を見つめ、取り留めのない話を聞きながら、帰路に就く。冬を超え、肌を撫でる風は温かくなってきていて。もうすぐ春が来るのだと、教えてくれる。


 ああ、もうすぐ3年が経とうとしているのか。スマホのロック画面にしている赤と黒とピンクの写真に思いを馳せながら、思わず微笑んだ。



【終】

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注釈 秋野凛花 @rin_kariN2

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