【短編/1話完結】ひみつ研究同好会
茉莉多 真遊人
本編
とある普通高校の教室。放課後のため、教室に人はほとんどおらず、そこにいたのは女の子1人と男の子が1人だった。
「
突然、女の子が不思議な呟きを始めた。女の子の名前は、
季節は初夏に入り、彼女はアイボリー色のポロシャツに灰色を基調としたチェック柄のスカートというブレザータイプの夏服を着こなしていた。教室内が少しばかり暑いからか、彼女の顔は少し赤らんでおり、どこか恥ずかし気にも見える。
「ふわぁ……飛騨さん、まず、その疑問になった経緯から教えてくださいよ。寝起きにその投げかけは分かりません」
飛騨の言葉に律儀に反応する男の子の名前は
彼は中性的な顔をしており、肌も飛騨と同じくらいの薄橙色で、ボサボサで癖の強い黒髪はどこか幼い子どものように映る。背はこの前ようやく170cmを超えたと喜んでいた。
彼の制服は薄青色の半袖ワイシャツに、女子と同じ灰色を基調としたチェック柄をした長ズボンだった。
「うむ。私たちの名前が「ひみつ」だから秘密研究同好会を発足したわけだが、この秘密、シークレットの方の定義をしっかりとしていないと思ってな」
飛騨は自身の髪の毛を指でつまんだりいじったりしながら、樋口に言葉を投げかけている。
この2人は高校で出会い、お互いに苗字と下の名前から「ひ みつ」と言うことで秘密研究同好会という集まりを飛騨の方から発足した。なお、飛騨も樋口も同級生であり、同好会に部費は出ないため、ただの放課後仲良し倶楽部である。
「なるほど。この会が発足してから約1年、てっきり僕と飛騨さんがお喋りを楽しむ会だと思っていましたが、一応、飛騨さんは同好会の活動、秘密の定義が知りたいわけですか」
その言葉を受け取って、樋口は椅子の背もたれと机に腕を置いて、隣の席の飛騨を少し愉快そうに見ている。これまでの活動は基本的に放課後に勉強したり、お喋りしたり、図書室の本を読み合ったり、一緒に帰ったりという学生らしい過ごし方をしていた。
「ところで、同級生なのだから、ひみつちゃん、ひみつくん、で言い合おうと言ったじゃないか」
「分かりづらくないですか? というか、飛騨さんも使ってないじゃないですか。ニックネームで言い合えるほどの仲になったら言いましょうよ」
樋口は飛騨が半年ほど前の冬あたりから提案しているニックネームに少し恥ずかしさを感じ、丁重に断っていた。彼女は露骨に膨れ面になった上で、彼を上目遣いで見つめる。
「むー。樋口くんはお堅いな。私は君ならいつでもウェルカムだよ」
「飛騨さんにそう言ってもらえると嬉しいです。それはさて置き、秘密をネットで調べてみると、個人ないしひとつの組織、団体が、外集団に対して公開することのない情報を指す言葉。外部に知られることによる不利益を回避するために用いられることが多い。とありますね」
樋口は自分のスマホを取り出して、秘密という言葉を検索する。彼は最初に出てきたウィキを眺めて、そこに記載されている文章を読み上げた。
飛騨はかわいらしい整った顔に難色を浮かべ、腕組をしつつ、うーん、と唸り始める。
「うーむ。今の説明の時点で少し不明瞭だと思わないか? 特に人数制限は設けられていないようだ」
「まあ、そう言われると、人数は何人でもいいってことになりますね。とりあえず秘密を抱えた側がそれを暴露されて不利益にならなければいいってことですかね」
樋口がスマホをしまって飛騨の方を見ると、彼女は何かピンときたのか、口を開き始めた。
「そうなると、だ。例えば、私が先ほど眠っている樋口くんにここでキスをしていたとしよう」
「えっ! したんですか?」
飛騨の唐突なたとえ話に、樋口の心臓が彼の身体から飛び出さんばかりに跳ね上がった。
彼は口の端をできるだけ上げずに努めて無表情になりつつ、頬か、おでこか、まさかの口か、と彼女の目の前でキスをされそうな部分に触れてみる。無表情を意識していなければ、彼の顔はにやけににやけていただろう。
一方の彼女は彼がそこまで嬉しそうに反応するとは思っていなかったようで、頬が先ほどよりも赤らみ始める。
「いやいや、たとえ話だ。この場合、どこから不利益になりえるだろうか」
「……そうですね。まず先生にバレたら不純異性交遊とか言われそうですね」
本当にたとえ話なのか。樋口はそう思って、内心ひどくがっかりしたものの、変わらず努めて無表情を貫こうとする。しかし、彼はどうも顔に出やすいのか、眉が八の字を描いている。
彼はそのような葛藤をしつつ、飛騨の言葉にまずは先生を上げてみる。とかく先生や教師は過剰に反応しやすいと彼は感じており、この秘密研究同好会も二人きりだから怪しいと教師が言っていたと友人から聞き及んでいた。
「なるほど。たしかに、それはまずいな。では、友人知人だとどうだろう」
「そうですね。それを弱みとして握られて問題になりそうなら不利益でしょうね」
誰かが弱みを握って飛騨をどうこうしようなどという輩がいれば、樋口は黙っていないだろう。通信空手で学んで誰にも使ったことのない幻の正拳突きが活かされるかもしれない。
「たしかに。では、樋口くん本人だとどうだろう」
「僕は嬉しいですけど、飛騨さんがそれで恥ずかしい思いをするなら不利益じゃないでしょうか」
やはり、たとえ話でもそういうことが起きたら嬉しいと素直に思う樋口と同じように、飛騨は彼が嬉しく思ってくれるなら自分も嬉しいと心から思う。
「そうか、嬉しいか。さて、今日は来るのが遅くなってすまなかった。たとえ話に付き合ってくれてありがとう」
そう言って、飛騨が立ち上がった。これはいつもの流れであり、下校の最終チャイムが流れる前に彼女が立ち上がることでこの同好会はその日の終わりを迎える。
「いえいえ、飛騨さんは忙しいから仕方ないですよ。いつものことじゃないですか」
「それでは帰るとしよう」
暇人を豪語する樋口は特に家に帰ってもすることがない。そのため、飛騨の委員会がある時は1人で彼女が来るまで眠っていることが多い。
樋口が左手を腰に当て、肩、肘、手で三角の形を作ると飛騨がすかさずその中に手を差し込んでくる。まるで恋人がするような腕組みだ。
その2人の様子を見て、グラウンドで部活に励んでいた飛騨の友だち2人が手を振って声を出す。
「あ! 飛騨さん、樋口くん、待たね!」
「飛騨さん、樋口くん、また明日!」
「ああ、それではまた明日」
「じゃあね」
飛騨と樋口は手をしばらく振り続け、校門を出て見えなくなったところで手を振り終わった。
2人の姿が見えなくなった途端に、飛騨の友だちAが隣にいる飛騨の友だちBに話しかける。
「ところで、飛騨さんはいつ樋口くんと付き合うんだろうね?」
「え!? あれ付き合ってないの?」
友達Bは口をあんぐりと開けた後に目をぱちぱちぱちぱちと何度も高速で瞬きをさせて、信じられないという表現を自分の顔めいっぱいにしている。
「本人たちが言っているんだけど、付き合ってないらしい」
「腕組みして、並んで歩いて、楽しそうにお喋りしているのに?」
どこからどう見てもカップルのそれである。しかし、カップルではないと周りに伝えていた。
「うん。どうやら両片思いみたいで、飛騨さんは樋口くんに告白するタイミングが掴めないらしいの」
「ここに嘘発見器があったら絶対に反応してそうだけど……じゃあ、樋口くんは?」
「男子から聞いた感じだと、告白したいけど今の関係が崩れるかもしれないのが怖いらしい」
飛騨は樋口のことを友人や恋人という区別ではなく、樋口という特別な人だと認識しているし、彼もまた飛騨が特別な人という心持ちでこの1年間を過ごしていた。
「はあ……何それ……なんだったら学校一のバカップルだと思うけど……」
飛騨と樋口の話は、いわゆる公然の秘密とやらになっていた。教師も知人も友人も、果ては親や兄弟姉妹まで、そのことが知られている。
教師たちは最初の頃こそ2人のことを指摘していたが、後々になって清いばかりで進展のない彼らを焚きつけてしまいかねないと判断し、そっと見守ることにした。
知人や友人も同様であった。高校生の間にちゃんとくっつくかどうかの賭け事の対象になっているくらいだ。
今では、本人たちだけがお互いへの気持ちを秘密だと思っており、今日もゆっくりと2人の時間が過ぎていくのだった。
なお、飛騨が樋口に本当にキスをしたのか。したとすれば、それはどこになのか。事実かそうでないかも含めて、これは飛騨だけが知る秘密である。
【短編/1話完結】ひみつ研究同好会 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita
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