第33話 メリークリスマス

 向かえたクリスマス当日。

 悠馬は緊張した面持ちで、エントランスで部屋番号を入力していき、呼び出しボタンを押した。

 プルルルルとベルが鳴り、しばらくして『はい』と利香の声が聞こえてくる。


「利香、俺だよ」

「開けるから、部屋の前まで来てくれる?」

「分かった」


 応答に答えると、エントランスの扉が開いて中へと入っていく。

 階段を登って行き、利香の部屋の前に到着する。

 再び部屋の前でインターフォンを押すと、ガチャリと扉が開き、中から利香が顔をのぞかせた。


「こんばんは」

「こ、こんばんは、ゆ、悠馬君。ささ、入って入って」


 利香に促されて、悠馬は玄関にお邪魔する。

 これで利香の家にお邪魔するのは三回目になるだろうか。


「なんでコートなんて羽織ってるの?」

「ちょっと部屋の暖房付けてなかったから寒くて」

「風邪引いちゃうよ? 電気代勿体ないのは分かるけど、健康を一番に優先して」

「ありがとう。でももう平気だから。ほら、上がって上がって」


 再び利香に促されて、悠馬は靴を脱いで部屋へと上がり込む。

 そのままコート姿に身を包んだ利香の後を追ってリビングへと歩いていく。


「おぉ……」


 部屋に入るなり、悠馬は思わず感嘆の声を上げてしまう。

 利香の部屋はクリスマス仕様に装飾がされていて、電飾なんかも彩られていた。

 テーブルの中央には小さなクリスマスツリーが飾られており、緑と赤の装飾があちらこちらにちりばめられている。


「これ、もしかして一人で準備したの?」

「うん……悠馬君にびっくりして欲しかったから」

「サプライズしてくれるのは嬉しいけど、大変だったんじゃない?」

「平気だよ。飾りつけしてる間もずっとワクワクしてたから」

「それならいいんだけど……」


 これだけ凄いと、何も手伝えなかった自分が申し訳なくなってきてしまう。


「悠馬君……こっち向いて?」

「ん、どうしたの?」


 悠馬が利香の方へと向き直ると、タイミングを見計らってバサっとコートを脱ぎ捨てた。


「メリークリスマス!」


 コートを脱ぎ捨てて現れたのは、サンタクロースだった。

 正確に言えば、サンタのコスチュームに身を包んだ利香である。

 肩を出して、ミニスカート越しからはしなやかな足が惜しげもなく晒されていて、サイズもぴったりなのか、身体のラインが所々浮き彫りになっていた。


「ふふっ、どう? 悠馬君の為だけの彼女サンタだよ」

「か、彼女サンタ?」

「そう……悠馬君がクリスマスにやりたいことを何でも叶えてあげる彼女サンタなのです」


 そう言って胸を張る利香の表情は満足げで、サプライズ大成功と言った様子だろうか。

 悠馬はもちろん、利香のサンタのコスチュームを見て目のやり場に困る一方、こんなの他の人には絶対に見せられないといわんばかりだった。


「どう、私のサンタ姿は?」


 ニヤニヤとした笑みで覗き込んでくる利香。

 悠馬は利香から視線を逸らしながら答える。


「まあ……似合ってると思うぞ」

「つまり物凄く興奮していると」

「勝手に拡大解釈するのやめて?」

「じゃあ、興奮しないの?」


 利香は頬を赤らめ、身体をモジモジとさせて上目遣いに尋ねてくる。

 そんな艶やかな利香の仕草を見て、悠馬はごくりと生唾を呑み込んでしまう。


「ま、まあ……嫌いじゃない」

「ってことは大好きって事だ」

「だから、俺の心読むの勘弁してくれ」


 お手あげだと言わんばかりに悠馬が額に手を当てると、利香がもう片方の手を掴んで手を握りしめてくる。


「じゃあ正直に気持ち伝えて? 言ったでしょ? 今日は悠馬君の言うことを何でも聞いてあげる彼女サンタだって」


 そう言って、わざとらしく胸元が強調されるような姿勢を取る利香。

 悠馬の視線は、ついそちらへと向いてしまう。


「それで……彼女サンタを悠馬君はどうしたいのかな?」


 ぷるんとした艶やかな唇で蠱惑的なことを尋ねてくる利香。

 悠馬は思わず生唾を呑み込んでしまうものの、すんでのところで正気を取り戻した。


「バカ……。ほら、そんなことしてないで、さっさとパーティーの準備するぞ」


 悠馬の反応に、利香はちょっぴり頬を膨らませて不満げな様子を見せたものの、すぐに調子を取り戻して、コクリと頷いた。


「うん!」


 そして、テーブルの上に利香が作った渾身の料理が並べられたところで、二人シャンメリー片手にグラスを掲げる。


「それじゃあ改めて――」

「メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」


 カンっと乾杯して、グラスに口を付けてシャンメリーを一口煽っていく。

 喉の渇きを潤して、再び利香と向かい合って微笑み合う。


「それじゃ、早速だけど食べようか!」

「どれから食べる? 私的には、このグラタンは自信作です!」

「じゃあグラタンから頂くことにしようかな」

「はーい! お皿によそるからちょっと待っててね」


 スプーンでグラタンをひと掬いしてお皿の上に乗せると、そのお皿に乗せたグラタンからさらに一口サイズに分けたグラタンを、そのまま悠馬の口元へと運んでくる。


「はい、あーん」

「あ、あーん……」


 躊躇いつつも口を開くと、利香が伸ばしたスプーンが口の中へと注がれる。

 パクっと口に含み、アツアツのグラタンを咀嚼していく。


「どうかな?」


 眉根を顰め、不安げな様子で尋ねてくる利香。

 悠馬はごくりと飲み込んでから、利香に最大限の笑みを浮かべた。


「滅茶苦茶うまい」

「本当に!?」

「凄く優しさに溢れてて、利香の手作りなんだなって言うのが伝わってくるよ」

「良かったぁ……それじゃ、どんどん食べてね! 他にもいっぱいあるから!」


 気を良くした利香が、次々と料理を進めてくる。

 それから、利香が作ってくれた料理の数々を悠馬は順々に食べていき、二人でのクリスマスパーティーの時間を過ごしていくのであった。


「ふぅ……お腹いっぱいだよ」

「お粗末様でした」


 悠馬は椅子に座りお腹をさすりながら、満腹感に満たされていた。

 テーブルに合った料理の数々は、悠馬と利香の胃袋の中へと収納された。

 とはいえ、流石に全部食べきれたわけではなく、残った料理は利香がタッパーに詰めて持ち替えれるようにしてくれた。

 何から何まで気遣いが出来て、本当に彼女になったことが嘘のようだ。


「先輩たちは今頃どうしてますかね?」

「あー……どうだろうな」

「きっと女子大生二人に囲まれてたじたじなんじゃないですか」

「かもしれないな」


 寧々が気を使ってくれたおかげで、由貴とのクリスマスを一緒に過ごしてくれることになったのだ。

 もちろん寧々は、颯と一緒に過ごす予定だったので、今頃三人で過ごしていることだろう。

 酒に酔った二人に絡まれている颯の姿が容易に想像出来る。


「ねぇ悠馬君」

「ん、どうしたの利香?」

「何かして欲しいことはある?」

「して欲しい事かぁ……。そう言われても、今のままでも現状幸せで、これ以上求めるモノなんて何もないんだよな」


 悠馬がそんな言葉を口にすると、利香は少々不満げに頬を膨らませると、近くに置いてあったサンタクロースの帽子を掴み、悠馬の頭にかぶせて来た。


「じゃあ、悠馬サンタさんにお願いがあります!」

「おう、悠馬サンタが何でも叶えてあげよう」


 どうやら、今度は悠馬が利香のお願いを叶える番らしい。

 おじさんっぽい口調で言うと、利香はくすくすと肩を揺らしながら一通り笑ってから、すっと目を細めると、そのまま瞳を閉じてこちらへ顔を近づけて来た。


「なっ……!?」

「んっ……」


 吐息だけでおねだりしてくる利香。

 悠馬は思わず、口臭が臭くないかと気にしてしまう。

 けれど、利香がどんどんと顔を近づけてくるので、心の余裕すら奪われてしまった。

 目と鼻の先に利香の顔がある。

 悠馬は一つ深呼吸をしてから、利香が求めているであろう唇を軽く重ねていく。

 お互いに交わったのはほんの数秒。

 だというのに、まるでいくばくかの時が止まっていたかのような不思議な感覚。

 唇を離してお互い見つめ合い、どちらからともなくふっと微笑み合う。


「大好きだよ、悠馬君」

「お、俺も大好きだ」

「えへへっ……そっか」


 二人の間に甘酸っぱい空気感が流れる。


「ねぇ悠馬君。今日も泊って行ってくれるんだよね?」


 伏し目がちに利香が尋ねてくる。


「あぁ、今日はちゃんと両親にも許可貰ってるから」

「そっか……ふふっ」

「どうしたの?」

「ううん。なんでもない。ただ、幸せだなーって思っただけ」

「ならよかった」


 利香の手に触れると、彼女の方から強い力で握り返してきてくれる。

 お互いに離さないぞとばかりに手を握りしめ、視線を合わせて見つめ合う。

 最初は色々と勘違いやすれ違いもあったけれど、こうして付き合うことが出来たのだから、今は幸せ以外の言葉は何もない。

 こうして二人は、人生の中で一番幸せなクリスマスの時間を過ごすのであった。



 ~完~

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終電を逃して彼氏持ちJKの家に泊まることになってしまった俺。誰か正しい対処法を教えてください!! さばりん @c_sabarin

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