クレプトマニア
赤ずきん
第1話
「…また、やっちゃった。」
歪に膨らんだブレザーのポケットを見つめてそう呟いた。
未だにバクバクと破裂しそうなほど熱く鳴り響く鼓動とは裏腹に、表面は冷え切っていて、表情を一切変えずに玄関の扉を開ける。
「ただいま。」
人の気配がするダイニングの方に向かいながらそう声をかけると、お母さんがリモコン片手にザッピングしながら頭だけこちらに傾けた。
「おかえり。何か変わったことあった?」
毎日同じ質問。それに対して毎日同じ返答をする。
「べつに。いつも通りだった。」
お母さんは普段と同じ私の返答に興味を無くしたのか、ふーん。と言ってまたすぐにテレビに向き直った。
「今日もお父さん帰り遅いから。」
「…うん。」
この会話も、いつも通り。
自分の部屋に入り、カバンをベッドに投げ捨てる。
そして右ポケットに手を突っ込み、中に入っていた物を無造作に取り出した。
未開封のリップ。
買ったわけでも、貰ったわけでもない。このリップは、
「また盗っちゃった。」
盗んだものだ。
学校の帰り道の記憶がよみがえる。なんとなく立ち寄ったドラッグストア。ふと目に留まった新作のリップ。これにしよう、と思った。
決して買えない値段でも、欲しかったものでもない。
ただ何となく、魔が差しただけ。
緊張でピリッと張る頬と、臨場感、盗った後の解放感がどうしようもなく好きなだけ。
「これで最後だから。」
その決心が貫かれたことは一度もない。
優越感と後悔に浸っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。お母さんだ。
「
「うん。」
ブレザーをハンガーに掛け、部屋の扉を開ける。
握っていたリップはゴミ箱に捨てた。もうアレには欲を掻き立てられないから。
これは平凡な家庭の少女が窃盗症(クレプトマニア)に侵されているお話。
クレプトマニア 赤ずきん @aya-t
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