輝夜

ナナシリア

輝夜

 月が輝く夜、君がいた。




「ごめんなさい、一晩泊めてもらえますか」


 月が輝く夜道で、少女が俺に話しかけた。


 不思議な既視感を覚える。


 断る理由もなく、俺は彼女を家に迎え入れた。


 どうして、と訊くと彼女は行き場がないんだと言った。


 並々ならぬ事情を感じ取ったが、今更追い出すわけにもいかない。そういう気分にもならなかったから、大人しく彼女に部屋を用意した。


「ありがとうございます、本当に」

「いや、構わない」


 その敬語に少し距離を感じた。


 でも無理にやめさせることは出来ない。


 彼女は俺が用意した部屋で慎ましく寝た。


 独り寂しい部屋に、人が一人増えただけでこんなに変わるものか。




 翌朝、また独りの朝を迎えるのかと身体を起こすと、既に昨晩の彼女が起きているようだった。


 人の温かみにほっと息を吐く。


「起きましたか。昨晩はお世話になってしまってすみません」

「俺は構わないけど、君は行き場所が出来たか?」


 俺の問いに、彼女は少し困惑した。


「まだ、見つかってなくて」

「君が良ければでいいんだけど、しばらくうちにいてくれないか?」


 言った俺自身も驚くような言葉だった。


 まさか立派な成人男性が、年も素性もわからない少女に同棲を勧めるとは。


「いいんですか?」

「出来れば余所余所しいから敬語はあんまり使わないでほしいのと、名前と年齢は教えてほしいけど」


 最低限そのくらいは訊いておきたかった。


「えっと、名前は月影輝夜。年齢は……」


 彼女は言葉に詰まった。


「どうしても言いたくないなら言わなくてもいいけど」


 俺がそう付け加える。


「すみません、言えない」


 俺は彼女の言葉に頷いた。


「俺、これからバイトだから、留守番頼める?」

「もちろん、そのくらいやるよ」


 彼女は自分が泊めてもらっている側だと強く思っているようだった。


 俺は出かける準備をした。




 彼女は口数が多い方ではなく、また俺もあまり人と話す方ではなかったので、必然的に家では二人並んで黙りこむ時間が長くなった。


 でもそれで居心地が悪いと感じたことは一度もなかった。


 お金には困るだろうと当初思っていたのだが、彼女は在宅でもできるバイトをなんとか探してきて、ある程度の稼ぎは得ていた。


 なんとも夢のような話で、いつ消えてしまってもおかしくないと思って、早一年が経つ。


 その頃には輝夜も十分に家の一員と言えるように馴染んで、国に届け出こそしていなかったものの俺の中では立派な家族だった。


「今日で、輝夜と出会ってから一年か」

「時の流れは、早いね」


 彼女は、一滴だけ大粒の涙を零した。




 翌朝、いつも手を伸ばせば届く距離で寝ていたはずの輝夜の姿が見つからなかった。


 家出でもしたのかと玄関を見てみると、靴は放置されていた。


 それなら家にいるだろうと調べまわってみても、どこにも輝夜の気配はなかった。


 靴も履かずに外に出たのかもしれないと町中を走り回ってみても、誰も知らない。彼女のことを見かけていない。


 かぐや姫でも見送らせてくれるのに、と独りの朝を過ごした。


 それ以来、月が昇るとそれを眺める習慣がついた。


 彼女とかぐや姫の共通点なんて、精々名前と、月夜に出会ったことくらいのものなのに。

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輝夜 ナナシリア @nanasi20090127

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