王国の平和の秘密

香久乃このみ

王に課せられた秘密の試練

「聖女シンシアとの婚約を破棄し、僕は侯爵令嬢ジュリアと結婚することを、ここに宣言する!」

 第一王子である我が息子サミュエルが、大勢の貴族の前で高らかに宣言するのを、わしは苦々しい気持ちで玉座から見下ろしていた。

(このバカチンがぁあ~っ!! 『キリッ』じゃないだろうがぁあ~っ!!)

 儂はチラリと王妃に目をやる。

 王妃は冷たく儂を見ていた。

(わかっとる! 今度こそ上手くやるから……)

 儂は咳払いすると、サミュエルを見据えた。

「我が息子サミュエルよ。そなたの希望を受け入れ、ジュリア嬢との婚姻を許そう」

「父上!」

「そして聖女シンシアよ。そちは今より、儂の公妾となれ」

 宴の席が凍り付く。

 王子も、聖女も、公爵令嬢も固まっていた。

「……王よ」

 ぬくもりを全く感じさせない声と共に、隣に座っていた妻がゆらりと立ち上がる。

 そして儂の額になよやかな手を近づけたかと思うと、躊躇なく白い光弾を放った。

「ぐほぉっ!?」

(また駄目じゃったかー!)



 気が付けば、儂はキラキラと輝く白い世界にいた。

 目の前には純白の神竜が身を横たえている。

 ――阿呆――

 神竜が言葉を発する。それは紛れもなく我が妃の声だった。

 ――息子の婚約者を自分の愛妾にするとか、阿呆か――

「じゃって、他に思いつかなかったんじゃよ!」

 儂は拳で床をダンダンと叩く。


 実はこの場に連れて来られるのは五度目だ。

 我が国は、王家と神竜族の女が婚姻を結ぶことで加護を与えられ、平和を保っている。

 聖女シンシアは神竜族の女だ。

 そして我が妃も。

 にもかかわらず、我が息子サミュエルはどんな選択をしても、シンシアとの婚約を破棄しようとするのだ。

 そしてそのたびに、儂はこの謎の空間に連れて来られ、やり直しをさせられている。


 ――王よ、一度目は何と返したか覚えておるか?――

「サミュエルの婚約破棄を認めた。それだけじゃ」

 ――結果、調子に乗ったジュリアがシンシアを国外追放し、この国から神竜の加護は失われ滅んだ――

「ぐぬぅ」

 ――二度目はどうした?――

「神竜の加護を失わせぬため、婚約破棄は絶対に認めぬと突っぱねた」

 ――結果、サミュエルとジュリアは駆け落ち。傷心のシンシアからは加護の力が失われ、この国は滅んだ――

「ぐぐぐ……」

 ――三度目は?――

「サミュエルを王家から廃し、第二王子にシンシアを嫁がせようとした」

 ――結果、サミュエルはならず者に身を落とし、反乱軍を率いて王家を滅ぼした――

「うがぁあ!」

 ――四度目――

「シンシアに、王族の中から気に入った男がいれば誰と結婚していいと言った。そして、シンシアに選ばれた男を次の王にすると」

 ――結果、シンシア争奪戦が起こり、国は荒れ、滅んだ――

「なんでじゃぁああ!!」

 ――そして五度目がこれか。『儂の愛妾になれ』。ハァ……――


 神竜が尻尾をもたげ、儂を叩く。

「痛い!」

 ――何を考えておるのじゃ。ちなみにそのルートを進むと、『色欲王』というあだ名をつけられ、聖女を汚したとして反乱が起こるぞ――

「だって、仕方ないじゃろ!? 王になる男と神竜族の女との婚姻は絶対であるのに、何をしても息子は婚約破棄をしてしまうのじゃから! だったら、儂がシンシアを手に入れれば問題解決……!」

 ――そんなわけあるか――

 神竜の尾が、またしても儂を叩いた。

「痛い!」


 ――さすがは血よのぉ。全く、呆れ果てるわ――

「血? とは何じゃ?」

 ――王よ。おぬしも若かりし頃、わらわとの婚約を破棄し、他の女をめとろうとしたのじゃ――

「何を言っておる? 儂は他の女など選んでおらん。だからこそ、そなたは今、儂の妃となっておるのだろう?」

 ――……――

「……まさか」

 ――察したか。そう、おぬしの父もこうしてここで幾度もやり直し、おぬしをあるべき道へと導いたのよ。ちなみに先王は3度目でクリアしたぞ――

「……」


 儂はどっと両手をつく。

「……とは、何じゃ」

 ――ぬ?――

「神竜の加護とは一体何なのじゃ!」

 ――……――

「儂の恋路を捻じ曲げてまで手に入れねばならなかった神竜の加護とは、なんじゃ!?」

 ――今、存分に味わっておるであろう――

「なんじゃと?」

 ――国が滅びの道へ進みそうになれば、我ら神竜が時を戻し、正しき道を進ませるために何度でもやり直しをさせる。それが神竜の加護よ――

「なん……」

 ――それがなくば、おぬしの国などとっくに滅んでおったわ――


 初めて知らされたこの国の秘密に、儂の手は震える。

「そんな……、この国はそうやって永らえて……」

 ――さて、もう一度時を戻すぞ――

「待て、王妃! も、もうちょっと考えさせてくれんか!? ネタ切れじゃ!」

 ――この空間を保つのも、そこそこ大変なのでな。次は上手くやるがよい。ほれ、3,2,1、キュー!――

「キューってなんじゃあぁあ!!」


 気が付けば、儂はまた玉座の上から我が息子の起こした騒動を見下ろしていた。

「聖女シンシアとの婚約をここに破棄し、僕は侯爵令嬢ジュリアと結婚することを宣言する!」

(あほ、もう、本当に馬鹿息子……)

 王家や貴族の婚姻は、力の増幅を目的とするものだ。

 だからこそ、結婚後に既婚者同士の自由恋愛が認められている。

 惚れた腫れたに振り回されるなど、まるで庶民ではないか。

 儂が言うな? 分かっておるわ!


 だがいつまでも嘆いてはおられぬ。

 儂がここで上手い選択をせねば、国が滅ぶのじゃから。

(何を言えばいい? どうすればいい?)

「せめてもうちょっと時間くれんか?」

 小声で言った儂へ、美女の姿に戻った妃が鋭い目を向け、そっと赤い口を開く。

「これも、王が王たる器かどうかを測るものでございます。頑張れ♥」

 くそがぁああ~っ!!

 儂は覚悟を決め、六回目の選択を口にした。


 ――終――

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