第4話

「ねようか」

だまったままの時間は、すうふんだったと思う。なにか考えているようなお父さんをじゃましたくないと思い、ずっとだまっていた。

「うん」



そのまま二階にあがって、はをみがいた。トイレも行って、寝るじゅんびができた。もうお母さんはねてたから、お母さんを起こさないように、すぐ隣のところにもぐりこむ。


もうねようと思っていたら、お父さんが僕のとなりにやってきた。

「結都」

僕の髪をやさしくなでるお父さんは、静かにほほえんでいた。

「なに?」

お父さんのなでかたが気持ちよくて、ついうとうとしてしまう。

「結都。これだけは忘れないでほしい」

「うん?」

半分ゆめのなかにいる僕に、お父さんは話しかける。

「野球、好きか?」

「うん」

まぶたがおちてくる。お父さんの話をちゃんと聞きたいのに、頭がうごかない。

「結都が野球を嫌わない限り、野球は結都を見捨てない。

 それだけは、覚えておいて」


お父さんの声はやさしくて、あたたかかった。


「僕は、やきゅう、きらいにならないよ」

そっか、とつぶやくお父さんの声をききながら、僕のしかいは真っ暗になっていった。



「おやすみ結都。そう、願ってるよ」








ジリリリリリリリ ジリリリr

ほぼ無意識の状態で目覚ましを止める。ぐずぐずしているとまた眠気がおそってくるので、無理やり起き上がった。

大きく伸びをしてからベッドを下りて、カーテンを開ける。

朝眩しい陽の光を浴びると、脳がちゃんと働くようになるらしい。

「野球日和だ」

何日か前に大雨が降ったけど、今日は晴れてくれた。ちょうど平日に雨が降るなんて、運がいい。



「結都ー。朝ごはんできたよー」

母さんが僕のことを呼ぶ。休日に早起きしてくれるだけでもめっちゃありがたい。

そんなこと言えないけど。


「はーい」

階段を駆け下りてリビングへ向かうと、ドアの向こうから甘いはちみつの匂いがただよってきた。今日はフレンチトーストかな。


「母さんおはよ!フレンチトースト?いい匂いだね」

朝の動きにくい表情筋を目いっぱい使って、笑顔をつくる。母さんも笑顔だ。

テーブルには、もうフレンチトーストのお皿が置いてあった。

「いただきます」

朝起きることはつらいけど、ご飯は母さんが作ってくれる。

手伝いもしないで、朝起きたらすぐご飯を食べる息子。僕だったら怒るかもしれない。「使用人じゃないんだぞ」って。


そんなことも言わずに、我儘な僕を優しく見守ってくれる母さんは、やっぱりすごいんだろう。それとも、我慢、してるのかな。



「ごちそうさまでした」

おいしすぎて、一瞬でなくなった朝ごはん。お皿にはちみつが付いているから、早く洗わないとベトベトして気持ち悪いだろう。


「母さん、おいしかったよ。ここ置いておくね」

もう家を出る時間だから、うっすらと水を掛けただけになってしまった。申し訳ない。



「いってきまぁす」

大きなリュックを左肩に背負い、家を出る。


今日も、野球漬けの日が始まる。



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【火曜更新】野球、ときどき雨 湊崎 @mina-to-zaki

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