第3話

 鋭い声と共に、奥の部屋から青年が現れた。その青年は2人の間に割って入り、美百合を守るように立ちはだかる。


 背が高く、鍛えられた体つきは均整がとれている。一部の隙もない立ち姿と相まって、現代日本ではそうお目にかかれない武人然とした男だ。綺麗なプラチナブロンドと碧眼。愛想のない眼光は敵手を捉えた矢のように相手を鋭く射抜く。いかにも鎧と剣が似合いそうな立ち姿をしているが、男がまとっているのは黒いシャツとエプロンである。


 彼はこの店の従業員だ。名はリーヴ。店を立ち上げる前から美百合を支えてくれた男だった。


 リーヴはフィリップの顔を見て、唖然としたように目を丸くした。そしてフィリップもまた、リーヴの顔を見て驚愕していた。


「リーヴ!? お前、こんなところで何をしている!」

「フィリップ殿下!?」


 2人は同時に声を張り上げた。


 リーヴ・ファルーク。


 彼はフィリップと同じく、イドルディア出身の男だった。

 フィリップは混乱したように声を上げた。


「2年もの間、どこで何をしていたのかと思いきや……お前、こちらの世界に来ていたのか!」

「フィリップ殿下、ご無沙汰しております」


 リーヴは胸に手を当てて、敬礼をした。滑らかで無駄のない動作は、やはり武人然としたものだった。フィリップはよほど衝撃を受けたのか、口を開けたり閉じたりして、リーヴのことを凝視している。


「我が国の騎士団を束ねるという名誉ある職務を放り出して、よもやこのような場所に居ついていようとは! 父上が知ったら、さぞお怒りになるにちがいない!」

「私がこちらの世界で美百合殿にお仕えしていることは、国王陛下もご存じのはずですが」

「……何だと?」


 フィリップは何も聞かされていなかったらしく、寝耳に水といった顔をしている。


「もちろん、それも私が美百合殿の助けになりたいと願ったからですが……。陛下は私の意を汲んでくださり、騎士団を辞職することも認めてくださいました」

「そ、そんな……そんなこと、私は何も聞かされていない!!」


 と、フィリップは喚いているが、リーヴの話はすべて本当のことだ。


 美百合が日本に戻って来た時、すぐにリーヴが後を追ってやって来た。

 リーヴは国王の署名が記された手紙を持っていた。そこにはフィリップが行ったことに対する謝罪と後悔の念が記されていた。国王からは謝罪と今までのお礼の品として黄金や宝石が贈られた。それらを売ることで、美百合はカフェを経営する資金を得ることができたのだ。


 更にリーヴは美百合の助けになりたいと、そのまま日本で暮らすことを決めた。この2年間、美百合をそばでずっと支えてくれたのはリーヴだった。


 フィリップは蒼い顔で美百合とリーヴのことを見ていたが、何かに気付いたようにハッとした。


「リーヴ……貴様、まさか私の婚約者に手を出したのか! 王家に仕える身で王子の婚約者に手を出そうとは、何たる不敬か!」


 と、リーヴに食ってかかろうとする。が、フィリップがくり出した拳はあっさりと受け止められる。リーヴは鮮やかな身のこなしでフィリップを床に放り投げた。

 フィリップは目を白黒させながらリーヴを見やる。その視線に答えるリーヴは、冷ややかな面持ちを浮かべていた。


「元・婚約者だろう。彼女との関係を白紙に戻したのはあなただ」


 リーヴの力強い眼光に押し負けて、フィリップは首をすくめた。それから美百合にすがるような視線を向ける。


「ミユリ! 君ならわかってくれるはずだ! 私はもうイドルディアに居場所がない。誰も私を助けてくれないんだ。だが、君を国に連れ戻すことができれば、父上や国民たちも私のことを見直してくれるはず。頼む、私と共に帰ってくれ……!」

「それは大変ですね」


 と、美百合は冷静な声で答えた。


「でも、つらい時こそ1人でがんばらなくては。あなたはプドルシア王国の第一王子なんですから」

「なぁっ……!?」


 今度はフィリップは顔を真っ赤にした。


 と、その時だ。


 フィリップの足元に輝く魔法陣が現れる。美百合にとって見覚えのある紋様だ。日本からイドルディアに転移した時、また、イドルディアから日本に帰還した時にもこの魔法陣が現れた。


 フィリップはハッとして足元を見やる。それから顔を蒼白にした。


「まさか、父上が私を……! いや、だめだ、そんな……! 私は帰りたくない!」


 慌ててそこから飛びのこうとするが、体勢を崩して倒れこんでしまう。

 フィリップは必死な形相で美百合へと手を伸ばす。


「助けてくれ、ミユリ! やだ、いやだあああ、帰りたくないい!」


 それが彼の最後の言葉だった。

 フィリップの体が光に包まれ、次の瞬間には消えていた。


 美百合とリーヴはしばらくフィリップがいた空間を見つめていた。それからふと視線を移して、目を合わせる。お互いに肩の荷が下りたように面差しを和らげた。


「……あなたは本当に帰らなくていいの? イドルディアに」


 美百合が聞くと、リーヴは小さく笑った。


「言ったはずだ。私はあなたの助けになるべくこちらの世界にやって来た。そして、それは私自身の意思でもある」


 真摯な眼差しで答え、美百合の手を握る。


「これからもあなたのそばにいさせてほしい」

「ありがとう、リーヴ」


 と、美百合は照れ笑いをする。


「コーヒーでも淹れましょうか」

「ああ。あなたの淹れるコーヒーは本当に美味しい」

「なんたって、聖女ですから」


 美百合はくすくすと笑いながら答えた。


 美百合にとって嬉しい誤算が1つ。

 それはイドルディアから日本に戻って来ても、聖女としての能力が消えなかったことだ。


 美百合が淹れるコーヒーや紅茶はもちろん、彼女が調理する野菜や果物は絶品だった。

 異世界に転移して、また日本に帰されてしまったけれど、今ではこれでよかったと美百合は思っている。


 ――そのおかげでこうしてカフェが繁盛してるんだもの。


 美百合は上機嫌に思って、リーヴの手をきゅっと握り返すのだった。




終わり

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異世界転移してエンディングを迎えた後、現代に戻ってきたお話 村沢黒音 @kurone629

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