二度目だから、みえること

草乃

二度目だから、みえること

彼は、私が熱を出していると聞いて様子を見に来てくれたらしい。


ベッドに横になっているところへやって来て、どっかりとそばの椅子に腰掛け、何やら私の様子をじっとみる。

強がりでもなんでもなくただ、わざわざ気を使わなくてもいいのに、とぼんやりとした頭で考えた。口にしたら、売り言葉に買い言葉が返ってくる人間だから私は彼に対して口数少なく対応している。

彼にそういった優しさを求めるのは間違っている。

でも、私にとって、二度目の人生であり彼が目に見えて心配してくれたのはこれが初めてだった。



「君は、あれこれ手を付け過ぎだ」


なんだ、様子を見に来たわけではなく単なる苦情か。別のときにしてくださいと彼が訪ねて来て五分もしない間に思った。腕を組んで、ぶつくさ独り言みたいにぼやいている。

言い返す気力もなく、結局彼の文句を聞く時間になっている。こういう時はね、甘やかしてほしいんですよ。それか、そっとしておいてほしいんですよ。お義母さま、どうして今日は現れてくれないのですか。いつもならタイミングを見計らったように現れて邪魔者を無口にさせて退散させてくれるではないですか。


この家の中で、私は端的にいってよそ者である。

一応、彼の婚約者としては過ごしているけれど、彼は私には当たりが強い。

けど、そんな態度は彼くらいでお義父さまもお義母さまも、それから彼の兄であるお義兄さまも、私を本当の家族のように接してくれる。

それが、たとえば親に売られた私への憐れみでも、温かくて嬉しかった。

そんな血のつながった家族の態度が気に入らないのか、単に将来の婚約者をこんな形で用意されてしまった事からか彼は私のことをあまり認めたくはないようだった。

それで一度目の人生では嫌われたままだったわけだけれど。


全ても聞いていられないけれどそれでも雑音は鳴り止まない。もう彼の声は言葉を発せずたど音だけのようだ。実際なにを言っていたのか聞こえていなかったようだ。

私が意識を無理にでも飛ばして寝てしまうほかないということか。この環境で。

難しい注文である――と、考えていたものの途中からは、うとうとと何度も瞬きした。これで眠れるなんてやっぱり疲れているんだ。

そうして、眠りに入りかけていたところ、迷いながら「手を握ってもいいか」と聞かれた。

急なことに驚いて警戒する。でも、横を向いているのにチラチラと私を窺うのだ。

子どもではないのに、と不思議に感じて戸惑ったけれど昔のことを思い出した。


それは一度目の人生で、今よりももう少し幼い頃にあったことだった。今回は未来を変えるために訪ねずに自室で祈ったものだ。

彼が寝ているところへ忍び込み、私は彼の手を握り、彼の体調が良くなるようにと、ひとり、祈ったことがある。その時の彼は気付いていなかったし、何も咎められることはなかった。私だけが知っていて、私だけが覚えている、自己満足の祈り。そんなことを、思い出した。



「手を繋いで貰うとよく眠れるんだ」


そうなんだ、それは良かったなと思う。あんなに苦情を言いたい放題だったのだからその手を握ってくれた人は私ではないだろう。現に、私ではない。彼にそうしてくれる人がいるのだと言うだけで、よかったなぁとそれだけを思える。


どれだけ意地悪をされても、お小言を投げかけられても、私は彼のことが嫌いではなかった。

好きとはまた違うかもしれないけれど少なくとも、嫌いではなかったから。


「もう静かにするから、今はゆっくり寝てくれ」


彼が言いたいことだけいい終えて立ち上がる。私が否と答えるとでも考えているからか、返事も待たずに去ろうとするから、私は布団の端から手を出した。


「手は……手は繋いでもらえないのですか?」


彼は目を見開いて戸惑いながら、もう一度椅子に腰掛けて私の手を取る。言い出したのはそちらなのに、どうして私が頼んだ、みたいになっているのか。


「仕方がないから、寝付くまで、こうしている」


恥ずかしそうに反対の手で少し赤く染まったような気のする頬をかく仕草をする。

彼でもこうして照れることがあるのか。年相応な初心な態度に零れそうになった笑いを堪えた。

彼は、素直になれないだけなのかもしれないな、思えば苦情なんかもこうすればいいというアドバイスだったような気もしてくる。

もう少し、ちゃんと彼のことをみてみよう。

どちらかといえばなんて言いながら、私も彼を毛嫌いしていたのかもしれない。態度が悪いのだから仕方がない。


一度目とは違う展開に、私は少し期待した。もしかしたら彼と良好な関係を作ることもできるのではないだろうか。


それでも。

彼の、私の幸せのために、私は一度目の人生の"あの頃"までにここから逃げ出す、計画をしている。

その気持ちは、変わりようがなかった。

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