家に帰ると彼氏がゾンビになっていました

クロックス(Qroxx_)

唾液

 寒空の下、私はスーパーを背に自転車をこいでいた。左腕に吊り下げられた買い物袋は、歩道の縁石を通る度に暴れまわっていた。


 私は昔から自転車が好きだった。自転車の1番いいところは道がない事。周りを見渡しても、あるのは歩道と車道だけだ。


 ――ガタン,ガタンと自転車が鳴いた。


 家に帰って買い物袋をキッチンに置き、私は彼の寝室に入った。部屋の中は鬱屈とした空気が流れており、あまり長居はしたくないと思った。


 私は部屋の奥にあるベッドで仰向けになっている彼の元へ近付いた。大の字に寝転ぶ彼の両手足は拘束されていた。




 あれは二週間前のことだった。あの日も同じ時間に、同じ自転車に乗って、スーパーで二人分の買い物をしていた。


 家に入ると同時に、寝室から呻き声のような音が聞こえてきた。私は玄関で立ち竦んでいた。そして恐る恐る音が鳴る寝室へ向かった。


 初めはよく分からなかった。姿形は彼のままなのに、心のどこかでそれを否定していた。


「あなたは……?」


 彼は呼び掛けた声が聞こえていないようだった。窓に風が強く当たり音を立てていた。私の思考はとっくに回っていなかった。


 そこからはよく覚えていない。気付いた頃には彼がベッドの上で拘束されていて、私は彼に『食事』を与えていた。彼がゾンビになって6日目の夕方だった。




 私は彼の前に立ち、名前を呼んだ。返事がないことなんて分かっているけれど、それでも呼ばずにはいられないのだ。


 私は彼の顔に寄る。拘束されながらも必死に暴れていた。私を食べたくて食べたくて堪らないって顔をしている。


「そんな顔見たことないよ。どうして今まで見せてくれなかったの?」その問い掛けにも、答えない。


 私は彼の口元ギリギリまで近寄りながら、口の中でくちゃくちゃ唾液を掻き回した。愛を込めて、舌の上にいっぱいになるまで乗せて。


そして私は口を開けて舌を出す。


溢れんばかりの唾液が、彼の口元へと落ちた。

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