謎の秘密文書を探して

にゃべ♪

謎の秘密文書

 夏の暑さもようやく和らいだ10月中旬の休日の昼下がり、俺がゲームを楽しんでいると来客がやってきた。ちょうど留守番をしていた事もあって、ゲームを中断して玄関に確認に向かう。


「どなたっすかー」

「俺俺、俺だよ」

「間に合ってまーす!」

「トオルだよっ!」


 訪ねてきたのはクラスメイトだった。特に仲がいいと言う訳でもなく、だから今日遊びに来るなんて約束もしていない。どうして彼が来たのか目的が分からず、ドアを開けるのを躊躇する。

 考えても答えを導き出せなかったので、直接聞く事にした。


「Youは何しに我が家に?」

「大事な話があるんだよ。絶対損はしないから。まあ開けてくれ」

「ホワット?」


 ますます意味が分からない。ただ、追い返すのも悪い気がしたので、話だけは聞いてみようとドアを開ける。

 すると、メガネを掛けた見覚えのあるクラスメイトがそこに立っていた。見たところ、どうやら偽物ではないようだ。


「で、いい儲け話って何?」

「いやまだそう言う話はしてないけど。まぁいいや」


 俺はトオルを家に招き入れる。部屋に通してインスタントコーヒーを出した。


「ゲームの途中だったのか。悪いな」


 トオルはそう言うと、コーヒーをブラックで飲み始めた。折角持ってきたガムシロップと砂糖が無駄になるとは……。

 彼はコーヒーを一気に飲み干すと、俺の顔をじっと見つめる。


「早速だけど、これを見てくれ」


 トオルがポケットから出したのは古そうな紙切れ。正直全く興味は湧かなかった。とは言え、目の前に突き出されたものを突き返すのも失礼に当たるだろう。取り合えず中身の確認くらいはしてみようと、俺は折り畳まれていた紙を広げる。

 そこにには読めない文字が一面に書かれていた。暗号なのか?


「何これ?」

「ウチの倉で見つけたんだ。ワクワクするだろ?」

「お前これ読めんの?」

「同じ倉にあった翻訳の手引を読めばな。それで聞いて驚くな? この紙は世界の秘密が書かれた文書の切れ端なんだ。でだ、ヒロト。一緒にこの本体のノートを探そう!」

「は?」


 あまりの急展開に俺の頭が理解を拒否する。ひとつ言えるのは、このクラスメイトは俺に胡散臭い話を持ちかけてきたと言う事だ。どうやってお帰り頂こうか。

 俺が拒否の言葉を脳内から探していると、トオルは更に畳み掛けてきた。


「この紙によれば、ノートはこの街のどこかにあるみたいなんだ。見つけようぜ」

「色々疑問はあるけど、そもそも何故俺なんだ? 俺達そこまで仲いい訳じゃないだろ」

「それは、ここに書かれているからだ」


 彼は紙に書かれた文章の特定の部分に指をさす。じっくり注目してみたものの、やっぱり見た事もない文字だったので読める訳がなかった。

 困惑した俺は、無言でトオルの顔を見る。


「これ何語?」

「昔の何処かの国の言葉だと思う。でな、ここには『真実を求める者よ。真理は2人の若者が見つけるだろう』って書いてあるんだよ。俺はお前しか思いつかんかった」

「俺、お前の事全然知らんぞ」


 自信満々に協力を求めてくるクラスメトに、俺は強い違和感を覚えた。トオルのプッシュっぷりは、まるで幼い頃からの知り合いのような勢いだ。俺にそんな記憶は全くない。

 心当たりがなさすぎて困惑していると、トオルは少し困ったような表情を浮かべる。


「昔一緒に秘密基地を作った仲だろ? 覚えてないのか?」

「全然覚えてないけど。それ本当の話?」


 問いただすと彼の眼鏡が曇った。さっきまで賑やかだった室内を沈黙が支配していく。俺には幼い頃の記憶がない。もしかしたら、そのなくした記憶の中にトオルと遊んだと言うエピソードがあったのかも知れない。

 俺はトオルを悲しませた事に罪悪感を覚え、話に乗る事にした。


「文書探しって宝探しみたいで面白そうじゃん。やろっか」

「そうこなくっちゃ! やろうぜ、ブラザー!」


 こうして、俺達は街のどこかに眠る秘密の文書を探す事になった。とは言え、手がかり的なものは全くない。紙にそれっぽい事が書かれているとは言え、絶対に見つかると言う保証はどこにもなかった。

 地元は山もあれば海もある自然豊かな土地だ。それなりの広さもある。手がかりもなく探すともなれば、1日や2日で終わるレベルではなかった。


 まず向かったのは山だ。俺達は地元の山を登りながら、それっぽいものが隠されてそうな場所をしらみつぶしに確認していく。

 普通に考えて見つからないと思うだろうけど、マジで見つからない。慣れない山道に悪戦苦闘していると、トオルが楽しそうに笑う。


「懐かしいな。基地を作る時もいい場所は簡単に見つからなかったし」

「ごめん、覚えてない」

「あはは。いいよ、気にしなくて」


 トオルが笑うので、俺もつられて愛想笑いを返す。近場の山にそれっぽいものはなさそうだったので、今度は海に向かう。

 海岸沿いを歩いて、それっぽい場所がないか探し歩いた。最初から望み薄だったけど。やっぱり見当たらない。洞窟的なものでも見つかったら、そこに隠されている可能性もあったのだけれど。


 歩き回ってしんどくなったトオルは、その場にしゃがみ込む。


「ここでも見つからんかあ」

「て言うか、その紙も翻訳のやつも実はただの悪質な悪戯なんじゃね?」

「いや、本物だよ。ノートはきっと思いもよらない所にあるはず」


 ここまで現実を知ってなお夢を見ている彼を見て、俺は大きくため息を吐き出した。


「俺は抜けるよ」

「おーい! 待ってくれえ」


 トオルを置き去りにして帰っていると、悲痛な叫び声が耳に届く。何でコイツ、こんなに必死なんだろう……。

 俺が振り返ると、彼はすごく至近距離にいた。きっと走って追いついたんだな。


「そのノートさ、高く売れるらしいんだ。だからさ……」

「いや、そもそも何で信じられるんだよ」


 俺は根本的な疑問をぶつける。この質問、本当は一番最初にするべきだった。どうしてここまで動いてから……。

 俺の軽い後悔は次のトオルの言葉で完全に塗り替えられてしまう事になる。彼は自信満々な表情を浮かべて俺の顔を見た。


「これが本物だからだよ。この紙を見つけられたからお前が見つかったんだ」

「は? 意味が分からない」


 全く理解不能だ。ノートの切れ端が見つかったから俺が見つかった? じゃあそれまで俺はどこにいたって言うんだ。昔から俺はあの家に住んでいたんだぞ。行方不明になった事なんてない。俺はトオルの言葉が信用出来なかった。

 俺が疑いの目で見ていると、彼はマジ顔になってマジトーンで話し始める。


「お前、ずっと神隠しにあってたんだぞ。ある日フラッといなくなってそれっきりだった」

「いや、何言ってんだよ。そんな訳ないだろ」

「じゃあ、思い出せるか? 10歳から今までの事を」

「そんなのいくらでも……」


 俺に昔の記憶はない。でもいくら何でも最近の記憶なら簡単に思い出せるはずだ。顎に手を当てて、まずは昨日の事を思い出そうとする。けれど、思い出そうとすればするほど記憶に靄がかかって不鮮明になって消えていく。まるで最初からそんな記憶はなかったみたいに――。

 この謎の現象の発現に、俺は首を傾げる。


「あれ?」

「お前は過去に何かがあったんだよ」

「俺に秘密なんてねえよ?」

「それ、忘れてるだけだからな」


 このトオルの言葉が引き金になった。頭の中で自分に関する様々な情報が錯綜する。当たり前だと思っていたものがどんどん崩壊していったのだ。これは記憶が書き換えられているのだろうか。何故こんな事になっているのか分からない。自分の記憶が不安定になる事で、自分自身の存在が肯定出来くなってくる。

 あ、頭が痛い。俺は俺は一体何者なんだ。一体どうして……。訳が分からなくなった俺は頭を抱えてしゃがみ込む。


「ここは誰? 今はどこ? 俺はいつ?」


 混乱が頂点に達した時、脳内に溢れ出してくる存在しない記憶。遠い過去の映像。遥か未来の景色。全てが渾然一体となって時空が歪んでいく。

 やがて混沌の渦に巻き込まれた俺は周囲の全てと共に闇に飲み込まれ、そこからもう一度まぶしい光に包まれた。この感覚は――。


 世界が切り替わった!


 何かに到達したところで、俺は頭の中がスッキリしている事に気が付いた。何も変わっていないのに。何も解決していないのに。

 そこで気がついた事がひとつだけある。それは探していたノートの存在だ。アレは見つからない訳じゃない。初めから知っていたんだ。


 俺は改めて自宅に戻る。誰もいない家の中は時間が止まったみたいだ。そのまま自室に戻ると、ずっと昔から使っていた机に向かう。一段目の引き出しには鍵がついていて、物心ついた時には開かなくなっていた。鍵をかけて鍵をなくしたから。そう、もう開かないのだ。

 俺はその引き出しに手をかけて手前に引く。引き出せないはずの引き出しが、何の抵抗もなく引き出されていく。不思議な事に、俺はその事を最初から知っていた。


「あった」


 引き出しにしまわれていたのは、さっきまで散々探していたノートだった。俺はすぐに本物かどうか確認する。手にとってペラペラとめくると、あの紙切れに書かれていたものと同じ、読めない文字が踊っていた。


「うん、全然読めん」


 文字が同じと言う事は本物なのだろう。俺は玄関先で待っているトオルにノートを渡した。彼はこの突然の展開に戸惑っているようだ。俺が渡そうとしているのに受け取ろうとしない。


「どうしたんだよ、これが欲しかったんだろ」

「いや、話がうますぎる。おかしいだろ」

「俺、こんな訳の分からんものはいらないんだ。助けると思ってもらってくれ」

「……じゃあ」


 トオルは渋々ノートを受け取ってくれた。彼が中身を確認して無言で笑ったところで、視界がゆっくりとホワイトアウトする。


「あれ?」


 気が付くと、視界に飛び込んできたのは見慣れた天井。上半身を起こして見渡すと、俺は自室で寝ていた事が分かった。じゃあ、今までの事は夢?

 見慣れたはずの自分の部屋は、けれどどこか違和感があった。うまく言葉には出来ないけれど、今まで自分が知っている記憶とズレが生じている気がする。そっくりだけど、違う別の世界に来たみたいだ。この感覚は何なんだ?


「あっ」


 部屋の違和感の正体を追求していたら、さっきまで見ていた夢の内容をまるっと忘れてしまった。俺は一体どんな夢を見ていたんだろう。

 懸命に夢の内容を思い出そうとしていると、インターホンが鳴り響く。どうやら来客が来たみたいだ。


 誰が来たのか確認すると、そこにはクラスメイトのトオルが立っていた。何かが始まりそうな予感がギュンギュンしていた。



(おしまい)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謎の秘密文書を探して にゃべ♪ @nyabech2016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ