文の僕と顔の君

無頼 チャイ

僕の声を文に変えて。

 『僕は激怒した。必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した』


 (*´ω`*)


『僕には、人間の生活というものが、見当つかないのです。自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした』


 (^o^)


□■□■□


 僕は、喋り方が分からない。だから、話し相手がいない。

 でも、そんな悩みは、つゆほどにも問題ありませんでした。

 僕には本があるからです。辞書をたくさん引くけれど、言無しの僕にはそれで十分でした。

 本を開けばたくさんの人が、ページを捲れば色んな町が、一冊読み終えれば世界を知れました。

 だから僕は、言無しでも気にはならなかった。同級生が外で鬼ごっこをしてようと、楽しく文房具を紹介し合っても、僕に不満はありません。

 図書室には本がたくさんある。だから満足でした。

 いえ、僕には唯一の不満点がありました。

 物語を書きたい。いつ頃からかそう考えました。

 たくさんの物語に触れて、たくさんの町と、人と、結末を知っています。そして、それら全てが、誰かが書いたもの何だと思うと、僕も、何か残したいと思いました。

 でも、書くというのは、絵を描いたり、文字を写すのとは全然違いました。

 悔しいと思いました。

 僕は何も残せないのか、そう思うと辛いです。

 でも、僕には名案がありました。それは読んだ本の文を借りて貼り付けることです。僕には書く力はありません。でも、言葉を繋げることなら出来ました。

 僕のノートは、物語になっていきました。


『僕はフッと眼を開いた。かなり高い、白ペンキ塗りの天井裏から、薄白いほこりにおおわれた裸の電球がタッタ一つブラ下がっている』


 そう借りて書くと、天井が白ペンキに塗られて、シュルシュルと下りてくる裸の電球があった。


『「セリヌンティウス」僕は眼に涙を浮べて言った。「僕を殴れ。ちから一杯に頬を殴れ。僕は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし僕を殴ってくれなかったら、僕は君とほうようする資格さえ無いのだ。殴れ」


 そう借りて書けば、胸に熱い気持ちが込み上がって、走ってもいないのに全力で走ったあとみたいな疲れが出た。

 僕に物語は書けない。けれど、そこに『僕』を書けば、書けない物語が書けたような気がして、楽しかった。

 僕にとって、このノートに貼り付けた文は、秘密の宝物のようだった。

 ある日、僕はノートを無くした。慌てて探して、探して、探して。見つかった。

 図書室だった。誰もいない図書室だった。そんな図書室の本棚に、背表紙を少し浮かせて飛び出ていた。


 僕は喜んだ。

 けど、

 僕は驚いた。


 変な顔があったから。


〜〜〜


 \(^o^)/


〜〜〜


 こんなのが、最後の文にあった。

 これは何だろう。怖くて、気になった。


『君は、結局のところ何者かね?』


 それを書いて貼って、本棚にしまってみた。

 次の日、いつものように図書室に訪れる。ノートはしまったところにあって、引っ張り出して中を見た。


〜〜〜


(゚∀゚)アヒャ


〜〜〜


 見つかっちゃった、ってことなのかな。

 僕は悩んだ。これは僕の文に反応してるのかな。


『僕はあれから、種々考えて見たんですよ。考えたばかりでなく、探偵の様に実地の取調べもやったのですよ。そして、実は一つの結論に達したのです。それを君に御報告しようと思って……』


 と書いて貼って戻した。

 また顔が増えるのかな。いつも通りに本を読んだ。ちょっとした期待を胸にしまって。


〜〜〜


( ゚д゚ ) 


|д゚)チラッ


〜〜〜


 顔が増えた。でも半分だった。怖いのかな、それとも報告に興味があるのかな。

 僕は、それとなく答えになるような文を探した。


『王様は、人を殺します』

『なぜ殺すのだ』

『悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ』


〜〜〜


ヮ(゚д゚)ォ!


ヽ(`Д´)ノプンプン


〜〜〜


 怒っていた。この顔は表情豊かだった。

 顔は毎回、文の最後に現れた。色んな文を書いて貼って、顔が笑ったり泣いたり、反応してくれた。

 本を棚に戻すのが、楽しかった以外にあるのを初めて知った。戻す度に、次が楽しみだった。

 話したい僕は、教室でのことを、似た文を書いて貼ってみせた。

 給食の牛乳を初めて手に入れたこと。

 クラスのみんなに、震えながらも教科書の話しを音読したこと。

 誰かと協力して工作をしたこと。

 クラスメイトが転校すること。


 たくさんの文を、借りて、貼って、細かく分けて、たくさんの話しをした。


 でも、ある日顔は何も反応しなくなった。


〜〜〜


(_ _)


〜〜〜


 最後の文に付いた顔は、今もこれだけ。

 秘密の交換日記は、パッタリと終わった。

 何度文を借りて貼り付けようと、もう現れない。顔は、ノートを出ていった。

 もしかしたら他の本に移ったのかな。もしかしたら連れ去られたのかな。もしかしたら、旅に出たのかな。


 僕には分からない。

 僕には、分からないよ。


 どの文を借りようが、僕の胸のチグハグは、しっくりこない。表現されない。出てこない。


 思い出のノートだけが、眩しく残るばかりだった。


 僕は大きくなった。言は葉を付けた。文章を借りずとも書けるようになった。

 これは、秘密の思い出、僕達だけが知ってる秘密。

 だから、今だけ教えてよ。

 この文章を、物語を、思い出を、知ってるなら教えてほしい。

 もし知ってるなら、あの時のように答えてほしい。


 いつかこれを見る顔の君へ。



 僕は元気だよ。また話そう。

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