あたしの好きな人には秘密がある

よし ひろし

あたしの好きな人には秘密がある

 あたしの好きな人にはがある。


 あたしの親友と密かに会っている。

 

 初めは何か相談事があって会っているのかと思った。でも違った。

 あの晩――あなたはあの子、深雪のマンションから出てこなかった、朝まで。


 結婚の約束もしたのに、今度一緒に住もうか、とも言ってくれたのに。


 なぜ、どうしてなの。

 あたしはあなたのことをこんなに好きなのに。


 あなたの本心が知りたい。あなたの秘密を明らかにしたい。


 だからあたし部屋を借りたの。あなたの部屋のすぐ横を。もちろんあなたにバレないように慎重に。

 あなたの部屋にカメラも仕掛けたわ。あなたのいない間に。合鍵を預かっていたからこれは簡単。

 そして観察したわ、一日中。でも、なかなか尻尾を出さないから、罠を仕掛けたの。


 友人三人と三泊四日の旅行に行くからと――もちろん嘘。


 あたしがいない間にあなたがどんな行動をするのか、それを確かめるため。


 そして来たわ、深雪が。あなたの部屋に入っていった。

 すぐに踏み込みたい――そう思ったけど、我慢したの。決定的な場面に踏み込むの。


 すぐに抱き合い激しいキス。


 ――まだ、まだよ。


 服を脱ぎ、ベッドへ倒れ込む。


 あ、いま、今なの――


 プツン


 映像が突然切れた。


 何が起こったのかわからない。カメラが壊れたの? 電波が途切れた?

 どうなったの? ベッドで今、二人は何してるの?


 妄想が膨らみ、頭がおかしくなりそう。


 どうする、どうする――


 どれくらい時間が経ったのかわからない、でも決心する。

 深雪はまだ出てきてない。どういう状態かわからないけど、今踏み込めば、決定的な証拠を押さえられるはず。


 それらしい服を着て、用意していた旅行バッグにお土産の紙袋を手に持って、さあ、あの人の部屋に行こう。


 部屋をそっと出て、隣のインターホンのボタンを押す。


 反応がない。

 居留守? そうはさせない。


「賢治、いないの~」


 ドア越しに声を掛ける。これで出てこないわけにはいかないわね。だってあたしは合鍵を持っているんだから。


 ほどなくドアが開く。

「あ、やっぱいた」

 白々しく言う。

「どうしたの、帰るの明日じゃなかった?」

「仁恵が急用で帰ることになって、ならみんな一緒に帰ろうかってことで」

「そう……」

 困った顔。さあ、どうするの?

「お土産、持ってきたのよ。上がっていい?」

 玄関に入り、ドアを閉める。彼に悟られないように奥の気配を探る。


 静かだ……

 息をひそめ隠れているの?


「あ、えっと、今ちょっと、部屋の片づけをしてるんだ。それで、散らかってるから」

 嘘。あたしは知ってる。でも、

「片付け?」

「ああ、ほら、今度引っ越しするだろ。だから荷物の整理をしようと思ってね」

 嘘につきあってあげる。

「ああ、そうなんだ。――手伝おうか?」

「いや、二人だと余計なことして進まなそうだからいいよ。それに疲れているだろう」

 あたしの事を心配しているふり。白々しい。なら、

「うん、わかった。あ、でもトイレだけ貸して。駅から我慢してたんだ」

 とりあえずトイレに。これは断れないでしょ。

「トイレ――」

 言葉に詰まる彼。構わずに荷物を床に置くと靴を脱ぎ、すぐそこのトイレへと入る。


 中から外の様子を探る。

 動きはない。隠し通す気かしら……

 部屋に踏み込む? でも本当にいるのかしら。あたしが隣の部屋でモヤモヤしている間に帰ってしまったんじゃないかしら。


 どうしよう――


 そうだ、ここはいったん帰ったふりをして、少ししたら合鍵でそっと戻ってみよう。油断しているはずだから何か動きがあるかも。そうしよう。


 トイレを出る。


「ありがとう。じゃあお土産だけ置いて帰るね」

 腰をかがめていた彼が、慌てて身を起こしてこちらを見る。何か焦っている。

「どうしたの、なんか怖い顔してる」

「え、いや、そんなことないさ。ちょっと寝不足なだけ」

「ふ~ん、そう、ゲームでもしてたの」

「あ、ああ、ちょっとね」

 何を隠しているのかしら。まあいいわ。すぐにわかること。

「ほどほどにね。――じゃあ、これ、生菓子だから早く食べてね」

 用意していたお土産の箱を渡す。

「ああ、わかった。――今日は悪かったな、わざわざ来てくれたのに」

「いいのよ、急に来たんだから。――じゃあ、また」

「ああ、また、気を付けて」

 顔を近づけてキスをしてくる。


 を乗り切った、そう思っているのでしょうね。


 でも誤魔化されないわ。

 すぐに外へと出て、廊下を歩いていく。聞き耳を立てていると困るから念のため。

 少し行ったところでUターン。忍び足で戻り、彼の部屋のドアに耳をつける。


 静かだわ……


 ドアノブに手をかけゆっくりと回し、引く。ドアが開いた。鍵がかかっていない。


 どうして? 何かに気を取られ、掛けるのを忘れたの?


 でも都合がいい。

 音がしないように静かにドアを開いてゆく。


 彼の姿は――ない。どうやら部屋に戻ったみたい。

 体が通るギリギリまでドアを開け、室内に身を滑らせる。

 靴を脱ぎ、足音がしないように忍び足。


 ワンルーム、たった一つの部屋の奥、窓際、ベッドの前に立つ彼の姿。

 その視線の先、ベッドの上には――


「深雪――!?」


 思わず声が出る。だって、目を見開き全裸で横たわる彼女はもう――


「なっ――」


 振り返り、絶句する彼。


 ふふふ、そう、そうなのね……


「ありがとう、賢治。あたしの手間を一つ減らしてくれて」


 あたしはにっこり笑いながら、おもむろにポケットからナイフを取り出す。

 そして、愕然とする彼に向かって突進。


 ズブリ――


 胸を一突き。

「ぐふっ、なぜ、聡美――……」

 彼の体から力が抜けている。


「ふふふふ、さあこれであなたはあたしだけのもの。もう誰にも渡さない。ちゃんと部屋は用意してあるのよ。すぐ隣だから、ね、一緒に行きましょう。そこで始めるの、あたしとあなたの新たなを……」



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あたしの好きな人には秘密がある よし ひろし @dai_dai_kichi

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