第9話 埋まったものは

 謎の物体を砕いて進んでからまもなく、広大な空間が見えてきた。

 空間に立ち入った瞬間、研究員たちはその場に立ち尽くした。愕然とした表情を浮かべ、手に持った懐中電灯を取り落とす者もいる。

 一方慧星は淡白な表情を浮かべながら言う。

「なるほど。ここですか。」

 対する佐伯教授も苦笑いを浮かべながら言う。

「はい、まさかここが「こんな状態」だとは私も思いませんでしたがね。」


 そこはいわゆる洞窟のような見た目の空間だった。広大な空間は自然的な岩でできており、天井もかなり高い。窪んだところには水が溜まっていて、水面は黒々として凪いでいる。

 この洞窟内が崩落したようには見えないのだが、よくみると大きな岩盤が落下したような痕跡が複数あり、砕けた破片もあちこちに散らばっている。どうやらこれのことを指しているようだ。


「一応初めに、崩落以前の調査で分かった結果をお話ししておきましょう。この空間は遺構そのものではありません。この空間の天井部分を調査したところ、鉄骨のようなもので構成された構造物と、その周辺を無数に巡る配線らしきものが発見されました。件の、体育館ほどの大きさのものです。しかし、この洞窟の天井、単なる岩に見えて、実はその大半が「未知の物質」に変性しています。」

「なるほど。」

「この未知の物質、かろうじて超音波探査ができるかどうか、といった程度で、これを一枚隔ててしまえば、その先の調査は限りなく困難です。よって我々も知っているのはここまでです。その構造体の内部に何があるか、そもそもその遺構は空間なのか、詳細なことは一切が不明でした。」

「よくわかりました。」


「では、あれが見つけられたのはある意味、僥倖と言えるのではないですか?」

「全くです。良い取っ掛かりになりました。」


 洞窟内には、落盤の形跡より、何より目立つ、明らかに異質な物質があった。

 洞窟の空間内のほぼ中央、丸い台座のような一枚岩があるのだが、その中央に何かがある。


 それは、1メートルほどの直径をしていた。

 金属質のものが幾何学的に組み合わさり、球状のカゴのような構造体を構成している。

 そしてそのカゴの内部の空洞の中心部には、何やら妖しく光る小さな球体が入っている。

 そんな見た目をした変な物体が、一枚岩の中央に鎮座しているのだ。


「天井に大穴が空いているのが見えますかな?」

「え?」

言われて気がついた。確かに天井の中央に、かなり巨大で奥の深そうな穴が空いている。

「次に、あの物体の下の丸い一枚岩が見えますかな?」

「はい」

それは先ほどから気がついていた。どこか人工的な雰囲気を感じる、台座らしき岩だ。

「実を言うと、私たちも初め、あの岩の「底面」の方は見つけていたんですな。あの岩があそこの天井にはまり込むようにして取り付けられていて、調査のために材質を調査した結果、件の謎物質であるという結果になったわけです。」

「なるほど。」

「我々はあの一枚岩に何かしらの手がかりがあると考え、あの岩を重点的に調査しようとしていました。その矢先、崩落が発生して、調査は今日まで中断しているわけです。」


 二人と調査員たちは、改めてその物体に目を向けた。

 その物体の放つ光は、眩しくもなく、暗くもなく、どこか息衝くように明滅しながら光っている。

 見るからに危険そう、と言うほどではないが、明らかにただの物体ではない気配を発している。


「予め申しておきますと、私もあんなものは見たことがありませんな。博学な慧星さんならなにか見覚えがおありではありませんかな?」


 慧星は深々とため息を、……というよりも、陰鬱な雰囲気を湛えた深いため息をつくと、佐伯氏の質問に答えた。

「あれと全く同じものは初めて見ました。……ですが、類似するものは、よく知っています。」

「本当ですか!?」

「ええ。あの未知の物質についても、同じく、よく知っています。」


「してそれは?」

「それは……いや、待ってください!あれを!」

「ん?……!!!」


 天井の大穴から、地面の一枚岩へ、何かが降りてきている。よく見るとそれは、光で構成された鎖のようなものだった。

 見る間に鎖は一枚岩につながり、一層明るく光りだした。


「あれはもしや、高密度光素体!?」

「一体なんですそれは」

 見るからにテンションが上がった佐伯氏に対して、慧星は冷静に聞き返す。

「光の粒子を超高密度で放出し、その場に仮想的な実体を生み出す古代技術だ!」

「では、あの鎖が出てきたということは?」

「間違いない、あの一枚岩を引き上げる気だ!」


 そのセリフを聞くや否や、慧星は研究員に向かって指示を出した。

「研究員は即刻安全確保の後に全員退避。すぐに地上に戻り、地上からあらゆる観測機器で、ここを探索するように指示を。」

 研究員の代表が返答する。

「了解しました。お二人は?」

「我々は、あの円盤と共に、上部の遺構を直接探索しに向かいます。急いでください。おそらくですが、そうなってはこの洞窟内の安全は保証できなくなる。」

「ですが、お二人の身の安全は?」

「オレの力をまだ信じませんか?」

「失礼しました。では、我々は速やかに地上に退避します。お気をつけて。」

 そういうと、研究員たちは一斉に出口に向かった。


 続いて慧星は佐伯氏に向き直る。

「聞きましたね?」

「はい」

「今すぐに乗り込みますよ。この好機を逃す術もないでしょう?」

「当然だ!」


 徐々に地鳴りのような音が響き始める。

 一枚岩は少しずつ、地面からはなれ、宙に浮かび始めている。


 佐伯氏と慧星は、滑りやすい岩をものともせず、一気に中央の岩に辿り着くと、すでに1メートルほど浮かんだ岩に飛び乗った。

 

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