第8話、掘るべきなのは

「思ったよりは広いんですね」

 慧星と佐伯教授たち一行は、遺跡の中に入っていた。

「出土品を搬出することもあるので、余裕を持ってあります。最近は重機も優秀ですので。」

 縦の穴を梯子を使って降り、そこからは隧道をひたすら歩いていく。横幅は二、三人がすれ違えるほどあり、高さは慧星の身長だと相当な余裕がある。

 壁には電線が張られており、ところどころに照明器具も設置されているが、今は断線のリスクなどを考えて一切電気は通っていないらしい。


 やがて、先頭を歩いていた研究員が足を止めた。

「ここです。」

「なるほど。これは確かに大変ですね」


 隧道の天井にあたる部分が崩落し、完全に埋まってしまっている。これは掘り返そうにも、そう容易いことではなさそうだ。

「これを掘り返さなければ先には進めません。どうにかなりますか?」

「では、少し下がっていてください。」

 慧星がそういって前に進み出ると、他の一行は慧星より数歩後ろに下がる。


 慧星は、斜に構えて立ち、左手を前に差し出してそこに気を込める。

 すると、少しずつ土砂が地面に溶け込むようにして減っていき、どんどんと空間の先が見えてきた。

 どれほどの量があるかも分からなかった土砂が、みるみる内になくなり、五分が経過する頃には通路は元のように綺麗な状態に戻った。

「今のは、一体何を?」

 後ろから教授が尋ねる。

「今のは、行で言えば土の術ですね。崩れた土砂の部分と床の部分の土を術によって溶け合わせました。」

「はぁ、簡単に言われてもわかりませんな。」

「とにかく通路はできました。いきましょう。」


 再び、先ほどと同じ研究員を先頭にして道を進む。

 しばらく行くと、また同じような崩落場所があった。また慧星は同様に術を使い、道を開いて先へ進む。


 そしてまた、しばらく進んだ先に崩落場所があった。

「こうも何箇所も崩れていると、確かに術もなしでは大変な手間ですね。」

「そうですな。陰陽省から応援を頼むこともできたかも知れませんが、慧星さんほどの実力者は見つからんでしょうしな。」

「いえいえ、陰陽省の方も優秀ですよ。ともかく道を開けます。下がってください」


 三度目ともなれば研究員たちも慣れたもので、後ろへ下がって場所を譲る。

 慧星はまた左手を土砂にかざし、気を込める。


 みるみるうちに土砂は崩れ去り、その奥から通路が姿を見せる……はずだったのだが。

「え……?」

「あっ!」

 慧星は当惑の表情を浮かべ、教授は驚きの声をあげる。研究員たちも教授と同じような反応を示す。

 一応土砂は崩れ去った。しかしその奥から姿を現したのは通路ではなく、岩のような金属のような、謎の外見をした塊だった。色は灰色に近いがほぼ白色をしており、岩のように凹凸はあるが、全体的に滑らかな質感を持っていて、どこか異質な印象を受ける。


「……教授、もしかしてこれが?」

「間違いない!あの時私を困らせた“未知の物体”だ!」

 どうやらそれこそが、既存の元素で構成されたわけではない、破壊も分析もできない未知の物体らしい。


「一応もう一度試してみますね」

 慧星はゆっくりと物体に近づき、左手で軽く物体に触れる。物体は冷たくも温かくもなく、特徴が捉えられなかった。

 触れた場所から直接気を向けてみる。しかし送った気は物体に吸い込まれ、なんの変化も現れなかった。一応先ほどまでとは違った術も使ってみる。しかしそれもまた同じことだった。物体に変化は現れない。なるほど。こんな場所でこんな物体にお目にかかれるとは思わなかった。


「……ダメですね。」

「慧星さんでもダメですか……」

「でも、このくらいの大きさならなんとかできるかも知れません。」

「え?」


 慧星は言葉を終えると同時に素早く作業を始めた。どこからか先ほどまでとは違った護符を取り出すと、研究員たちがいるよりももう少し後ろの通路の左右の壁に貼り付ける。墨で描かれた護符の模様が光りだし、空気に流れが生まれ始める。


「皆さんにお渡ししたものよりかなり強力な結界を用意しました。皆さんはこれの後ろで待機してください」

 その言葉を聞いて、もう慧星の実力を信用している研究員たちは皆後ろへ下がる。しかし佐伯教授は後ろには下がらず、慧星に尋ねる。

「いったい何をする気ですか?」

 慧星は物体を一瞥すると、

「無理矢理にでも壊します。」

と答えた。

「つまりあれを破壊する手段はあるということですか?」

「一応ありはしますが、力技もいいところです。お勧めできるものではありませんし、勧めたところでおそらく誰にも再現はできないでしょう。」


 慧星は一瞬息を整えると、佐伯教授にあらためて言う。

「術を使います。結界の後ろにいてください。こちらにいるなら身の安全の保証はできません。」

「わかりました」

 教授はやや不服そうではあったが、言われた通りに結界の後ろに下がる。慧星は結界に軽く手を添えると何事か術式を唱える。すると一瞬にして結界がより強く結び直され、人間も通り抜けられないような壁になった。


 慧星は改めて物体に向き直ると、ゆっくりと歩み寄り、今度は両手で物体に触る。目を瞑って手に気を集中させ、だんだんと物体に掛けるエネルギーを増していく。


 突如、地震のような、地鳴りのような、揺れているのか、揺れるほどの大音量なのかもわからないような、凄まじいエネルギーがあたりに響き始めた。

 慧星が手を触れている場所を中心に謎の物体がほのかな光を放ち始める。

「そう来たか。ヤな構造してるな」

 慧星は一旦手を引くと、拳を握り、強く謎の物体に突き当てた。


 突き当てた場所から亀裂が入る。

 そして、次の瞬間



 音ともわからない程の大音量と共に、謎の物体は粉々に砕け散った。

 慧星はそのままそこに立ち尽くしている。


 結界の後ろから教授たちが息も忘れてその様を見ている。

「ああ、失礼いたしました。今結界を解きますので、少々お待ちください。」

 慧星は結界に歩み寄ると、再び軽く手を触れた。

「いや、物凄いものを見せていただきました。」

「流石に疲れますね。思った以上に硬かった。」


 慧星は肩を回すと、壁から札を剥がし、研究員たちに声を掛ける。

「皆さん、耳や体に異変はありませんか?一応結界より外に影響が出ないように気を遣ったつもりですが。」

 大丈夫です、と、研究員たちが口々に答える。

「では先を急ぎましょう。おそらく、その遺構というのはもうまもなくなのでしょう。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る