彼女の秘密

緋糸 椎

従順な嫁

 朝出かける時、ゴミ袋を見て俺はハッとした。

「ちょっと友紀ゆうき来て!」

 いそいそとやって来る友紀俺の嫁

「……どうしたの?」

「あのさぁ、燃えるゴミにビニール入れないように気をつけてよ。捨てに言った時、佐々木さんうっせぇババァに見つかると色々面倒くさいんだよ。仕分けしろとかどうとかさ、言われるの俺なんだから」

「ごめんね、今度から気をつけるわ」

「いやこれ、言うの何回目? 覚えられないんだったらメモするかリマインダーセットしてよ」

「本当にごめん、そうするわ。……いってらっしゃい、気をつけて」

「いってきます」

 出かけてから、しまった、言い過ぎたと思った。俺は思ったことはハッキリと言う性格で、人によっては傷つくこともあるらしい。だけど嫁は温厚な性格で包容力があり、あたたかく受け止めてくれる。こんな俺がやっていけるのは、この良妻のおかげだ。……埋め合わせにケーキでも買って帰ろう。


 その日、仕事が終わって帰り支度をしていると上司に呼びとめられた。何かと思えばこっそり耳打ちでこんなことを。

「中原(俺の名字)、これからキャバクラ行くか?」

「……いいっすね」

 その店で働くなつみちゃんは俺のお気に入りなのだ。


🍶


「ただいま〜」

「おかえりなさい。……飲んできたの?」

「ああ、上司にむりやり誘われてね、断れなかったんだよ」

 中に入ると、テーブルにラップがけされた夕食が並べてあるのが見えた。

「あ、ごめん、用意してくれてたんだね」

「ええ。……お夕食がいらない時連絡くれると助かるんだけど」

 俺はちょっとムッとした。

「しようと思ったんだけどヒマなかったんだよ。それよりさ、ズボン、折り目が二重になってたぜ。アイロンかけるとき気をつけてくれよ。みっともねえから」

 先ほど、キャバクラでなつみちゃんにズボンの折り目を見られないように必死に隠していたのだ。

「……わかった。今度から気をつける」

 嫁はしおらしくわびた。


 👓


 ある日、街を歩いていると目の前の景色がぼやけて見えた。メガネが合わなくなったのだ。俺は嫁に電話した。

「新しくメガネ作りたいから、眼鏡屋さんに予約取ってくれないかな?」

「え……いつが都合いいの?」

「いつでもいいよ。友紀が予約した時間に合わせるから」

「……わかった」


 ところが、家に帰ってから嫁が書いたメモを見て腰を抜かしそうになった。

「トンボのメガネって、あの安物ばかり揃えてる量販店じゃねえかよ!」

「え……でもテレビコマーシャルでもやってるし、良い店かと思って……」

「バカ言ってんじゃないよ、仕事でトンボのメガネなんかかけてたらクライアントに笑われるだろ! ちょっとはそういうこと、考えてくれよ!」

「ごめんなさい……」

「とにかく、トンボのメガネはキャンセルして、ちゃんとした店で予約し直してくれ!」

 嫁は何も言い返すことなく、一礼して引き下がった。


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