エピローグ
僕が幼い頃から続いていた戦いが、僕らの手でようやく終わった。
戦地からの帰還後、僕ら魔人部隊は騎士達と兵士からの賞賛を受けた後、程なくして解体した。魔人は戦うために生きているということを、ハーフブルスの民はいつからか無意識のうちに刷り込まれていたが、その偏見も戦争の終了によって少しずつ薄れていくのだろう。
だが、子供でありながら多くの命を手にかけたことによる心の傷は、いつ癒えるかどうか分からない。僕もあれから自分のしてきたことに禅問答する日々が続いている。だけど幸運にもかつての日常に戻れたことで、少しずつ考える時間が少なくなっていった。それを憂う真似もしようとは思わない。魔人部隊である僕らもある意味で、に取り憑かれた者たちの被害者なのだから。
さて、真面目な話は一旦置いておこう。叔母さんの食堂に戻ってから月日が流れたある日、かつての魔人部隊はそこに集まり、ささやかなパーティーを開いた。子供の舌に適する味付けの料理はあんまりないけど、美味しい物は美味しいのだとみんな喜んで食べてくれた。僕も下ごしらえや皿洗いを手伝った。そして、みんなと食べるあの氷菓子も作った。
「おおっ、あの時とは違うなヘルク」
「うん。より『映える』ように改良したんだ」
テーブルに出された菓子に対して真っ先に匙をつけたのは、他でもないクラプスだった。
氷菓子は以前作ったものより卵の風味の濃さを強くし、さらにその上にカラメルを敷いてある。砂糖とナツメヤシの顆粒を混ぜたものを焼いて伸ばし、飴色の光沢感あるお菓子が出来上がった。評価は上々だった。
「このような独創的な甘味を頂けるなんて、夢のようです。味に関しても申し分ありません。お店に出せないのが悔やまれますが、その分きっと私たちにとっての思い出の味になるでしょう」
ルーベさんからもお墨付きを頂けて、僕は鼻が高い気分だ。一番食べていたのはツチノヤだったが、そんな彼の顔には老人のような皺が少しずつ刻まれていた。
扱った氷は、数日溶けない自分の氷を皿の周囲に置いて保存している。先の戦いで浴びた悪魔の血は、兵士をやめた後も継続して受けている治療により大分改善していた。それに直接料理に使うわけでもないし、僕はここの食堂に戻ったわけでもない。
魔人部隊が解散して自由の身になった後、僕は職を探す必要があった。今日のパーティーでは多少の手伝いをしているし、ここにいる誰もそれを気に留めない。だが、普段のお客さんが僕の姿を見て、顔をしかめることは大体予想していた。僕はラプラと叔母さんにそのことを話して、今までの感謝を告げた。
その後、僕は郊外で邸宅を持つある商人に自分の魔力を買われ、倉庫番ということになっている。商人は交易などで得た食べ物を保存する方法を求めていて、冷気の力を持つ僕に白羽の矢が当たったわけだ。また、ライラックやマギと一緒にしてきた人助けや、二人から様々な知識や知恵を授かったことのおかげで、僕は商人の書庫から本を借りて勉強したり、商人の友達が営む勉学小屋で子供たちに教えたりもしている。
商人は、悪魔の血に対する僕の懸念にも何一つ動じなかった。屋敷の彼の部屋で契約書にサインする時、こう言われたのを覚えている。
「君は魔法の力を間違えたわけじゃない。あくまで利用されただけだ。その証拠に、君がエルナで人助けをしていたことも多くの町人から聞いた。君の活躍は伝説のように語り継がれるだろう。それは君にとっては不服かもしれない。だがこれだけは覚えておいてほしい。君は誰かの希望である。そして君に希望を抱いた人もまた、本来何の疾しさも持ってはいないんだ。
これからも君の名声は高まり、そして歪んでいくだろう。その時はいつでも友達を訪ねるか招いてみなさい。彼らは君が君であることを誰よりも正しく理解しているはずだからね」
僕には友達がいる。だが、かつて僕と共に生きた旧友は、僕以外の『トモダチ』を見つけられなかった。彼も含め、これまで会ってきた人たちはみんな、この戦いがなければ会えなかった。だからといって、あの戦いの記憶を肯定するわけではない。もちろん、彼が身を委ねた『悪意』に対しても。
パーティーを終えて、久々に街の浴場へ行く。後ろから夜風が頬を撫でた。何の変哲もない、落ち葉をふわりと浮かせるそよ風。
穏やかだった。このあたたかい平穏に包まれて、僕らの新しい、あるいは元通りの日々が始まる。ラプラは食堂を手伝い、クラプスはそこを訪れて、商人の子供達に対する僕と同じように彼女に色々なことを教えているそうだ。二人とも、とても仲が良さそうだった。ルーベさんは部隊を去る前、騎士団に魔人兵の処遇と心身管理についての書簡を提出し、戦いに巻き込まれる子供達を少しでも減らせるように尽力していた。それはかつてライラックとマギと三人でエルナを助けていた頃の僕と重なった。
ツチノヤは相変わらずいい加減で、地の魔人とは思えないほどの飄々とした口ぶりで僕らの質問をかわした。あいつのことだから、どこかでうまくやっていくのだろうとは思うけれど。そしてフェイフォンさんは、難民となった自分の家族と改めて向き合って過ごしていた。子供達が知らず知らずのうちにこんなに大きくなっていたとは、という手紙の一文には、本来の大らかな性格が滲み出ていた。
それぞれの道で、僕らは再び掴んだ自由を謳歌する。浴場に向かう途中、灯りに照らされた看板を見た。僕はそれを見て眉を顰めた。どうやらエルナにいたのと同じ劇団が、さっそく今回の戦争を美化する演劇を行うのだそうだ。
劇って、人の心を支配するものなのだろうか。もっと言えば、竜神と悪魔達の神話や、ひいては『言葉』というもの自体が、僕や誰か――例えばクィキリのような、色んな人々の運命を巻き込んでしまうのだろうか。
そしてこの物語もまた、きっと誰かの心を支配するのだろう。いつかの僕のように。
(おわり)
僕のトモダチは悪魔だった @Newone199
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