勇者誕生

如月姫蝶

勇者誕生

「おまえは、橋の下で拾った子なんじゃよ」

 幼いころから何度もそう言われて、ひどく嫌気がさしていた。

 そんなある時、俺は、夢のお告げを受けたのだ。

 世を騒がす悪党を退治すれば、悩みは消え去るであろう——と……


「勇者タゴサクよ、よくやった。この村の若者が、都を荒らし回った盗賊どもを退治するとはな!」

 村長は、重々しい口調で、俺の手柄を褒めてくれた。しかし、既にそんな口調が似合わぬほどの赤ら顔となっている。

 祝勝会の酒が回ったらしい。俺が盗賊どものお宝をぶんどって凱旋したお陰で、酒も肴もやたらと豪勢な宴を開くことができたのだ。

 俺の家に、村長をはじめ村人のほとんどが集まって、ドンチャン騒ぎに興じているのだった。


「それにしても、盗賊団のかしらは、鬼のように強いと恐れられていたんだろう? そんな悪党を、えいやっとばかりに、タゴサクが斬り捨てたなんてなぁ……まったく、てぇしたもんだぜ!」

 俺の盃に酒を注ぎ足しながら、これまた赤ら顔の村人が言った。

 たちまち、髭面の悪党の最期が、俺の脳裏を過る。

「頭は、酔ってたんだ」

 俺は、言葉少なに応じた。

 村人は、目をしばたいた。

「そーかそーか、やっぱり、飲み過ぎはいかんなぁ……この上等な酒やご馳走はしっかりと頂戴して、明日っからは気をつけようぜ!」

 結局、宴の熱気が冷めることなぞなく、ドンチャン騒ぎは夜明けまで続いたのである。


 ようやく、客人たちは皆引き上げて、俺の家には、家族だけが残った。

 俺は、物心ついたころからずっと、年老いた夫婦との三人暮らしである。

 老夫婦は、俺を大切に育ててくれたが、二人の年恰好を見ただけでも、実の親ではないことくらい察しがつく。

 しかし、その辺りを問い質しても、「おまえは、橋の下で拾った子なんじゃよ」としか返ってこない。

 それは大抵、悪さをした子を、家から追い出すことを匂わせて、戒めるために使われる文句だ。あるいは、ごく稀には、出生の秘密を隠すために——

 もしや俺には、貴種の血が流れているのでは?……などと、夢想した日々に決着をつけるべく、俺は、夢のお告げに従うことにしたのだ。


「じいちゃん、ばあちゃん、俺は、ガキのころから、それなりに親孝行してきたつもりだ。盗賊を退治して、この村を潤して余りあるほどの財宝まで手に入れた。いい加減、俺の生まれについて、本当のところを教えてくれないか?」

 親子三人水入らずとなった家で、俺は、意を決して尋ねたのである。

「……いつも言うとるじゃろう。おまえは、わしらが、橋の下で拾った子なんじゃよ」

 俺は、シラをきるじいちゃんのことを、ついついめつけた。

「俺は、盗賊団の頭と、一対一で斬り結んだ。奴は、酔ってはいたが、図体がデカくて、本当に鬼のように強かったよ。ところが、奴は、俺やこの村の名を尋ねてきてよ、俺が正直に答えた途端、『てめえになら斬られてやってもいいぜ』なんて言って、自分から命を捨てるようなマネをしたんだ。奴は最期に言い遺したんだ、『覚えとけ、俺様はかつて、モタと呼ばれた男だ』ってな……」

 俺は、頭の遺言については、誰にも話せず、秘密にしていたのだ。今初めて、じいちゃんとばあちゃんに打ち明けたのである。

 俺は、ビクリとした。ばあちゃんが、さめざめと泣き出したからである。

 じいちゃんは、ひどく大きな溜め息を吐くと、ばあちゃんの背中をさすりながら、話し始めた。

「実はその昔、わしら夫婦は、たった一人だけ実の子を授かり、茂太しげたと名付けた。体の大きい男の子じゃったが、なぜか、畑仕事はもたもたと鈍臭かったもんじゃから、周囲からはモタなどと呼ばれて、いじめられてな。茂太は、ある時、わしら夫婦を置き去りにして、この村を飛び出してしもうたんじゃ。そして、何年かしてこっそり訪ねてきて、遊女との間にできたっちゅう赤子を、わしらに託したんじゃ。それが田吾作たごさく、おまえじゃよ」


 宴の翌日、村人たちは青ざめた。俺が、宴で飲み食いしたぶんの礼を取り立てると告げたからだ。

「俺の武勇は、後世まで語り伝えられるだろう。そういう伝説の勇者は、生まれからして、一風変わってるってもんだ。皆で、俺の生まれを、面白おかしく語る話を考えてくれないか? それこそが、俺の求める礼だ!」

 俺がそこまで伝えたところ、村人たちは、宴の続きのように沸き立ったのだった……


「桃から生まれた桃太郎?……そいつは、いくらなんでも……」

 じいちゃんは、口ごもった。

 村人たちが捻り出した中から、最高に突飛な法螺話を、俺が選んだ。そして、名まで変えるというのに納得が行かない様子だった。

「は……もしや……モロウ?」

 ばあちゃんは気付いてくれたようだ。

「そうさ。俺は、そうとは知らずに殺しちまった親父と一緒に生きてくことにした」

 俺は、二人にだけは、俺の秘密の、真の決意を伝えたのだった。

 世を騒がす悪党を退治すれば、悩みは消え去るであろう——そんな夢のお告げをしたのが、神だか仏だか知らないが、俺は、悩んだ末に自分なりの答えに辿り着いたのだ。

 

「うまくいきましたねえ、じいさんや」

「そうじゃな。盗賊どもの頭がわしらの息子じゃと、世間に知られてしもうたら、わしらまで、咎められたり恨まれたりするところじゃった。ばあさんが、眠るタゴサクの耳元で囁いただけで、夢のお告げと思い込むとは、あれは、ほんに素直なええ子じゃ。おっと、これから先はモモタロウか、ふぉっふぉっふぉ……」

 桃太郎の居ぬ間に、老夫婦は、二人だけの秘密を囁き合い、笑い交わしたのだった。

 

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