かわい子さん
葵
かわい子さん
叔母さんは、いつもいい匂いだ。石鹸と、柑橘系のシトラスの香水が鼻腔をくすぐる。
スッキリした匂いとは裏腹に、叔母さんの顔も声も全て溶けそうなほど甘い。
私が叔母さんの膝の上に頭を乗せると、丸く象られた瞳が伏せられ、長い睫毛が覆う。そして、肩まで着いている髪を耳にかけ、誰もが虜にする笑顔を晒す。
「あら、今日は一段と甘えん坊さんね」
「……うん」
耳によく馴染む柔らかな飴玉のような声が聞こえて、私は目を閉じる。壊れ物でも触るかのように、私の前髪を触る細い指先は、この瞬間だけ私が独り占めできる。
きっと、甘い雰囲気に大人のほろ苦い艶やかさを加えた、微笑みを浮かべているだろう。これでまだ二十代後半とか……色気と包容力ありすぎ。
変に警戒せず、頭を撫でてくれるのは私が姪だからだろうな。これで甥だったら、少し警戒されていたかもしれない。今年で、十八になるし。
私ももう、大人になる階段を上る時期だ。こうして膝枕を強請る姿は、周りから見たら少し滑稽に見えるかもしれない。
でもね、叔母さんは決して、そんな私を面白がらないから良いの。例え、私を幼い姪だって見ていても。叔母さんは、キチンと受け止めてくれるから。
だけど……。私は、目をゆっくりと開けた。叔母さんは相変わらず、私の頭を撫でている。おかげで、左手薬指に光る指輪がよく見えた。
一つため息を吐き、叔母さん自前の低反発枕に顔を埋めた。
きっと、先週婚約したばかりの男も、叔母さんに膝枕をねだってんだろうな。叔母さんに耳かきとかさせちゃってさ、きっと。肥大化した妄想は、私の胸中を乱れさせた。
「……どうかしたの?」
叔母が、頭を撫でる事をやめ、心配そうに聞いてくる。私は黙って顔を埋めたまま、滑らかな曲線を描く腰に縋り付いた。叔母が戸惑う様子が、空気を伝って感じた。でも、叔母はそれ以上何にも言わず、私の頭を撫でる事を続けた。
叔母さんのこういう所が、私は堪らなく愛おしい。心配、かけさせてごめんね。けれど、今だけは姪という立場を、存分に甘え尽くしたいの。
貴女が、完全に他の輩のモノになる前に。
淡くて透き通った苦い炭酸味の想いは、当分消える事が、なさそうだから。
かわい子さん 葵 @anything
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