守られなかった秘密
「へえ、そんなことあったんだ」
向かい合い、夕飯を食べながら、あの時のことを思い出しながら話た。あれから二十年以上が経った。小学校時代の記憶は、僕の脳の奥底にしまわれていたらしい。
学校が終わり、ランドセルを家に放り投げてから遊びまわったことが思い出される。当時は、どうしてあんなに時間がゆったりと過ぎていたのだろうか。たくさん遊んで帰宅すると、「先にお風呂にはいりなさい」と言われて、それから夕飯だ。
テレビは一台しかなかったから、じいさんが時代劇を見始めると、子どもはすっかり追い出されてしまう。ゲームもない時代だったから、やることもなくて、結局は兄さんと二人で冗談を言い合ったり、プロレスをしたりして過ごしていた。
今は違う。インターネットというものが普及して、24時間いつでも誰かとつながっている。ゆっくりと心休める暇もない。言っているそばから、スマホの仕事のメールが届いている。僕は葵に悪いと思い、そのメールを知らんぷりすることにした。
「でも、いいのかな。秘密の話だったんでしょう? そのお人形の話」
「そうだけど。別にもう時効だろう? 二十年も前の話だ。今時、あんな紙芝居をして歩いているおじちゃんも見かけないしね。葵に話すくらいはどうってことないだろう?」
「そうね。でも秘密は秘密でしょう? 秘密に時効はないわよ」
「そうかなあ」
「そうよ。あなたはその約束を破って、秘密を洩らした」
葵の目は真剣だった。しかし、僕にとったら、今まで忘れているくらいの遥か昔の出来事だ。もしかしたら、長い年月の中で、僕自身が都合のいいように捏造している記憶かもしれないのだから。そんなに怒られる筋合いはないと思った。
「そんなに怒るなよ。ちぇ、話すんじゃなかった」
「まあ。怒りたいのは私のほうよ。約束したのに。秘密を洩らしたあなたが悪い。100円。お支払いしていきたんでしょう?」
彼女は、食器をまとめて持ち上げると、キッチンに向かった。それを見送ってから、僕はスマホを取り上げる。せっかく彼女に気を使って、スマホを見ないようにしていたというのに。なんだか虫の居所が悪かった。
彼女と出会ったのは数年前だ。スーパーで買い物をしている最中、財布を拾った。サービスカウンターに届けに行ったとき、彼女が「私のです」と名乗り出た。それが馴れ初め。そのうち、彼女とは頻繁に会うようになって。そしてゴールインした。
子どもはまだない。けれど、2人は欲しいかな。今時、子育てにもすごく金がかかる。昔とは違うのだ。もう少し資金を貯めて。そうしたら、子どもを持ちたい。そう思っていたところだ。
僕は大きくため息を吐く。葵は100円がなくなったのを「支払った」というけれど、支払ったつもりはない。だって、結局、人形は僕の手元にはないのだ。なにを変なことを言っているのだろうか。今日の葵はおかしい。
しばしそんなことを考えて黙り込んでいると、ふと異変を感じた。
「あれ? 葵」
キッチンからは水が流れる音だけが響いてくる。食器がぶつかり合うような音が聞こえないのだ。不信に思ってキッチンに顔を出すと、そこに彼女はいなかった。ただ、洗いかけの食器と、水道からはお湯が出っぱなし。慌ててそこに駆け寄った。
彼女が出ていく音は聞こえなかった。ついさっきまで、彼女はここにいた。僕がスマホを見ている、たった数分の間に彼女は消えてしまったのだ——。
僕の足元になにかがぶつかった。そこには、小さな人形が転がっていた。髪の黒い。赤いワンピース。それから白いワイシャツ姿の。あの小瓶に入っていた、あの人形だった。
葵は一体、どこに消えたのだろうか。
―了―
【カクヨムコン9短編】紙芝居 雪うさこ @yuki_usako
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