第3話
目的の駅に着くと、男は黙々と歩いて目的地を目指す。
やがて辿り着いたのは大きな公園だった。
公園内を進んでいくと、やがて男はある地点で立ち止まった。
目的の場所に着いたようだった。
男はリュックを下に置いて、ガサガサ漁り始めた。
出てきたのは、けん玉や竹とんぼ、コマと昭和の遊び道具だった。
タダシはピンときた。
(もしかしておっさん大道芸人なのか?だからこんな格好しているんだ。なんだ凄いじゃん。でも俺は何もできないけど。もしかして、集まってきた観客から帽子とかにお金を入れてもらう役割なのかな?それならこんな格好しなくても・・・)
そうこう考えているうちに準備はできたようだった。
「よし、始めよう」
さっそく男はけん玉を持って芸をやり始めた。
「ほっ!」
手慣れた動作だったが、玉は剣に刺さらず失敗した。
見ていたタダシはがっかりする。
(失敗かよ。プロなんだから一発で決めないと。客が来ないよ)
その後も男は失敗した。
何度やっても上手く剣に刺さらない。
すると駄目だと判断したのか、次にコマを手に持った。
紐をコマに巻いて、コマ回しの準備をする。
巻き終わると「えいっ!」と空中にコマを投げる。
空中で紐が引っ掛かりコマは地面では回らず、紐に絡まったまま落ちた。
グタグタの状態が続いていた。
竹とんぼも上手く飛ばすことができず、これまた散々だった。
タダシはあまりの惨状に言葉を失っていた。
(・・・いや、この人、大道芸人じゃないの?偽物?これはあまりにも酷過ぎるでしょ。なんなら俺の方ができるんじゃないのかな)
目の前を通り過ぎる人々は、立ち止まる気配が全くなかった。
それでも男は気にせず、芸を続ける。
もう一度けん玉に戻ったが、やっぱり失敗ばかりだった。
やがて男はふうと一息吐くとタダシに言った。
「よし、今日はこの辺にしておこう」
タダシはいきなりの終了に驚いた。
「え?!」
確かに夕暮れはすぐそこまで来ていたが、それより何より1円も収入になっていない。
ましてや、自分が出る幕が何もなく、正直ここに来た意味がまったくわからなかった。
気づくと、騙されたのではないかとの疑念が湧いてきた。
母の知り合いであるのは間違いないのだろうが、母をだしに使って自分をここに連れてきて、一緒に居させるのが目的だったのではないかとの疑念が湧いたのだ。
しかも無償で。
タダシの心が怒りで溢れそうになっているその側で、男はリュックから小さな小銭入れを取り出すと、綺麗に折りたたんだ1万円札3枚をタダシに差し出した。
「このままで悪いけど、はい約束の日当」
タダシは意表を突かれ、心が激しく揺さぶられた。
固まったタダシに男はホラとお札を手に握らせた。
やっとこタダシから言葉が出た。
「いや、何もしていないし・・・」
男は道具をしまう手を止めると、ポツリと語り始めた。
「俺さ、こう見えて10年位やってきたんだ」
タダシは驚いた。
(え?!10年!まじかよ。10年やってこれかよ。いや逆に凄いな)
男は照れくさそうに言う。
「正直向いていないのは自分でもわかっているんだ。でもさ、たまに、ほんとごくたまにだけど、立ち止まって見てくれる人が居てさ、その人が、失敗しても頑張れって応援してくれて。上手くいった時には手を叩いて喜んでくれて。それがすごく嬉しくて。気づいたらまたそれを味わいたくてここに来ちゃうんだ」
そこまで話すと男の顔に少し影が陰った。
「でもさ、もうやめようと思った時があったんだ。やっぱり向いてなかったって諦めようと決めたんだ。そうしたら、これで最後だと決めたその日、一人の女性が見てくれていたんだ。最後だというのに今日みたいにグタグタでさ。自分でも嫌になっちゃって、もうやめようとしたら、その女性が頑張れって。もう1回やったら上手くいくかもしれないって。そうしたら本当に上手くいってね。嬉しかった。飛び上がって喜んだね。その女性も一緒に喜んでくれてね。俺はそれで終了しようとしたら、その女性は財布から千円札を出しながら言ったんだ。来週も見に来るよって。もうやめようと思っていたけど、その人の笑顔を見ていると言えなくなってしまってねえ。それなら今度で終わりにしようと思って、ここにきたらその女性が待っていてくれてね。いつもの感じになってしまったけど、前回より良くなっているじゃないか、今度はもっと良くなるのじゃないかって。褒められるのが嬉しくてね。ついつい言われるがまま続けたんだ」
「その女性と話すようになってね。息子の事を良く言っていたよ。ギャンブルばかりしているどうしようもない息子だって。でもね、本当は凄い才能があるのを私は知っているんだって。それに気づけず苦しんでいることを知っているって。あんたにも才能があるよって。絶対そこに辿りつけるから頑張りなって。なんだかわからないけど、とても嬉しくて、勇気がドンドン湧いてきて、その女性はまるで聖母みたいな人だったよ。よし俺も頑張ろうと、もっと頑張って一流の大道芸人になるぞって心に誓ってね。そんなある日いつものように見てくれて相変わらず失敗ばかりだったけど一生懸命拍手してくれて。その女性につられてチラホラ見てくれる人も出てきたり。自分が一番輝いていたと思える時だったね。終わりに封筒を渡されたんだ。ちょっとしばらく来れなくなるからまた来る時までしっかり芸を磨くんだよって」
男は涙を流しながら精一杯言葉を紡いだ。
「帰って封筒を開けると手紙とお金が入っていた。手紙には、あんたには絶対才能があるから最後まで諦めるんじゃないよ、とっても楽しい時間だったよと、たくさんの幸せがちりばめれていた。何度も何度も読み返したよ。くじけそうになる度に何度も読んだ。そして待った。あの場所であの女性がまた来てくれるのを待った。だがいくらまっても女性はこなかった。考えたくはなかったが、もしかしたらとの思いが浮かんだ。そんなことない。ちょっと忙しいだけだって思いあの場所で待ち続けた」
タダシは鼻水と涙を拭うことなく男を見つめながら聞いていた。
男の涙も地面に還っていった。
「そうしたらある日、その女性が夢に出てきたんだ。嬉しくてね。夢の中の私は笑顔で話しかけていたんだ。久しぶりじゃないですか、元気でしたかって。そうしたら女性はこう言った。ちょっと病気しちゃってねえ、会いにいけなくてすまなかったねって。夢なのに、自分の都合でなんとでもなるのに、なぜかこの女性は死んでしまったのではないかと思えてきてね。思わず泣いてしまったんだ。まるで子供のように号泣してしまったよ。そうしたら肩を抱いてくれてね。とても温かく優しい手だった」
「何度も夢に出てきてくれてね。励ましてくれて。頑張れって。嬉しかった。今日も頑張るぞって勇気を貰えた。ある時少し困り顔でこう言ったんだ。こんなことお願いするのは申し訳ないのだけどって。俺が役に立てるならって言うと、その女性の息子の事だった」
タダシの嗚咽が漏れる。
「あたしの育て方が悪かったのか、どうしても逸れた道から、本来の道に戻ってこれなくて苦しんでいる。どうか、あんたのその生き様を見せてやってくれないか?って涙を流してお願いされてね。こんな自分で良ければお安い御用だと、一つ返事で引き受けたんだ。さらに詳しく息子の話を聞くと、たしかに脱線ぶりが凄まじいなと思った。そして、お金が必要だろうから、あたしが用意するから渡して欲しいと言ったんだ。俺はスグにそれは止めた。あなたから預かっているお金があるからと。女性は、それはあんたにあげたお金だと言ったが、俺にはこのお金を頂けるほどの実力がまだついていない。だから、いつかお返ししようと思って、大切にとっておいたんだと言ったんだ。そうしたら、ありがとうってね。何度も何度も頭を下げた」
タダシは握ったお札に何度も謝った。
すまない、すまないと心の中で何度も。
もうやめよう。
こんな自分とは今日でおさらばだ。
ギャンブルもタバコも酒も、ろくでもない男も全部今日でやめだ。
男になりたかった。
貫ける心を持った男になりたいと初めて思った。
そうしたら天国の母も喜んでくれるだろうと。
タダシは男にお礼を言った。
「ありがとうございました。やっと目が覚めました。もう今までの自分をやめて、新しく生まれ変わります」
タダシは真剣な眼差しで男を見ると自分の心に決めていた事を言った。
「修行させてください」
そう頭を下げた。
男は一瞬驚いた顔をしたが、男はすぐに凛々しい顔になった。
「駄目だ。そんな小モッコリじゃ食っていけない。自分の正しい道に戻れ」
タダシはがっかりとした。
「自分の正しい道って言われても。それがわからなくて、こうなったわけで」
男はリュックに道具をしまい、背中に背負うとタダシに言った。
「甘えるな。常にそれを探すのが人生だ。確証などない。自分を信じる以外にないんだ。自分がそれだと思えるものが見つかったらとことん進め。迷わずに全力で進むんだ」
タダシはわかったようなやっぱりわからないような、モヤモヤした気持ちだった。
男は背中を向けると最後に言った。
「そのうちきっとわかるよ。俺もまだ旅の途中だ」
片手を上げると、男は夕日の中去って行った。
母と男に感謝の気持ちでいっぱいだった。
握りしめたお札を落とさないよう慎重になりながら、家に帰ったら家族に正直に話そうと思った。そして、必ず自分の道に戻ってみせると心に誓うのだった。
家までの道中、警官に職質を受けるオマケがついたが・・・。
空には母のような月が温かく見守っていた。
ATM 遠藤 @endoTomorrow
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