第2話
それから怯えた日々を過ごした。
毎日、どこにも出かけず、母の知り合いという人を待ちわびていた。
その間、いつ娘にお年玉の事がバレるのかわからず、毎日ハラハラドキドキして気が休まらなかった。
この期に及んでも畜生道は改善せず、家じゅうの小銭を集めて、これでパチンコ屋に行けないか模索していた。
するとついにチャイムが鳴った。
(きたきたきた!待ってましたよ母ちゃん。早くお金頂戴)
喜び勇んで玄関を開けると、そこには変なおっさんが立っていた。
(え?!)
即座に、こいつじゃないと脳が拒否をする。
男はレスリング選手のようなウェアを着て、玄関外に立っていた。
伸びたタンクトップのような、深いV字タイプで。辛うじて乳首は隠れていたが、もっさりとした胸毛が溢れ出ていた。
そして異常なほどに股間部分がモッコリとしていた。
(勧誘?営業?なんだこいつ?)
すると男は言った。
「タダシか?」
(え?何で俺の名前を知っているんだ。警察?税務署?こいつが?そんな馬鹿な)
黙っているタダシに向かって男は続けた。
「お前のお母さんからここに来るよう言われた。単刀直入に聞く。幾ら必要なんだ?」
(か、か、母ちゃんの知り合いって?え?!このおっさん?母ちゃん、このおっさんで間違いないの?そんな馬鹿な。ありえないだろう。どこでこんな奴と知り合ったんだ?見た目からしてこいつ普通じゃない。お祭りとかで運悪く知り合いにでもなってしまったのだろうか。それにしても、こんな奴に頼まなくても良かったのに)
「早く言え。幾らだ?」
関わりたくはなかったが、色々質問するのも面倒だったし、それに、もしかしたらお金だけくれてさっさと帰ってくれるかもしれないとの卑しい心が大きくなり、本当は娘のお年玉1万2千円だったが、多めに言ってみた。
「3万円かな」
すると男はあっさりとその金額を受け入れた。
「わかった」
(おお、やったー!)
思わず飛び上がって喜びたくなる感情が溢れた。
3万円あれば、娘のお年玉を返しても、もう一勝負できる。
いや、一応念のためパチンコ屋に3万円まるまる持っていこう。
もし、1万8千円使ったところで当たりが潜伏していたら勿体無いからな。
男はリュックを背中から降ろすと、チャックを開けて中をゴソゴソし始めた。
タダシは、男が封筒を取り出し、そこから3万円を抜いて自分に渡される光景を浮かべながらニヤついていた。
男はリュックから水着のようなものを取り出すとタダシに渡してきた。
「じゃあ、これに着替えて」
「え?!」
予想していなかった出来事に頭も体も固まった。
「それに着替えたらスグに行くから」
(なんだよ、お金だけくれるのじゃないの?行くって何処にだよ。しかも、これなんだ?何を着れって言ってんだ?)
渡された水着のようなものを広げて見ると、それは男と同じレスリングウェアだった。
タダシは抵抗を試みる。
「いやいやいや、こんなの着れないよ。行くって言っても、必要なお金渡すからって、母から言われて待ってただけだし」
男はリュックを担ぐと呆れたように言った。
「なにもしないで金だけ貰えると思ったのか?とんでもない奴だな。お前の母ちゃん泣いてたぞ。情けなくないのか?親を泣かして。しまいには娘も泣かすのか?ああ?」
母が泣いていたという言葉にも衝撃が走ったが、娘も泣かすという言葉にも、怒りにも似た、父親としての感情がこんな人間であってもとっさに出てくるのだった。
怒りの表情になってはみたものの、今こいつからお金を貰えないとお年玉を返せないとの思いが強まり、膨れ上がった怒りが急激に萎んでいくのだった。
言葉の出ないタダシに向かって男は言った。
「日当3万だ。長くても3時間位、特に重労働でもない。誰にでもできることだ」
日当3万で長くても3時間という言葉にタダシは反応する。
(3時間なんてあっという間だ。それで3万円は美味しい。3万円、パチンコでも稼ぐにはそれぐらいの時間は必要だろう)
しぶしぶだったがこの男に従うことにした。
しかし、よくよく渡されたウェアを見てみると、着るのには勇気が必要だった。
(こんな恥ずかしいの着れるかよ。よくこんなの着れるよな。てか、こんなの着て何をやるんだ?)
タダシは恥ずかしかったのでトランクスの上から着用して玄関に行った。
それを見た男はスグに指摘する。
「駄目だよ、全部脱いで着ないと。時間無いから早く」
(えーーまじかよ?!嫌だよこんなの)
しかし、3万円が喉から手が出るほど欲しい。
勇気を出して、トランクスを脱ぎ再度ウェアを着直した。
このままでは恥ずかしかったので上下の服を手で持って玄関に行く。
すると男はまた指摘する。
「服いらないよ。そのままで行くから」
タダシは驚いて声をあげる。
「ええーーー?!このままで出歩くの?無理でしょ?」
男は平然と答える。
「大丈夫。電車で5駅位だから」
さらにタダシは驚く。
「で、電車にも乗るの?やばいって、捕まるって!」
男は腕時計をチラチラ見ながら言った。
「大丈夫だって。いつも乗ってるけど何の問題もないんだから。それより急いで。日が暮れちゃう」
タダシは参ったなと思いながらも面倒くさがりな性格のため、考えることが疲れてきて、なるようになれと靴を履いて一緒に向かうことにした。
駅までの道中男はタダシに向かって言う。
「そっか、小モッコリか」
タダシは、一瞬おっさん何言っているんだと思ったが、スグに自分の股間の事を言われたのだとわかった。
確かに、このおっさんに比べると小さい。
ほっとけ!という気持ちがあったが何か言わないと気が済まず、ついつい適当な事を言っていた。
「寒いからね」
男はふふとニヤけると、それ以来無言になった。
なんだか知らないが、負けたような感じでイラっとするのだった。
電車は幸い空いていたが、それでも人が乗っており、恥ずかしさのあまり、体を隠さなきゃと手で胸と股間を隠したが、何だかヴィーナスみたいなので、股間だけ隠した。
男は堂々とそのまま車窓を見つめていた。
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