ATM
遠藤
第1話
「くそっ!」
娘が貯めていたお年玉をこっそり持ち出して、パチンコで増やそうと勝負をかけたが、わずか1時間たらずで全てスッてしまった。
何とかして取り戻さないと大変な事になってしまうといよいよ追い詰められ、最終手段である、生活費の支払い口座からお金を引き出すことを決意し、近くのATMを目指した。
働きもせず、嫁の収入に寄生して生きている人間以下の生き物だった。
ATMが設置されている建物に着くと、まるで人目を避けるように早歩きで自動ドアの開きボタンをパチンコ台のボタンのように連打した。
建物に入ると、並んでいる人がおり、急いで店に戻らなくちゃいけないのにと舌打ちをしそうになったが、何とか堪えて並ぶことにした。何気なしにATMを見ると、今まで見たことが無いタイプで、まるで今のパチンコ台のようにゴテゴテとした装飾が付いたタイプだった。
(なんだあれ?初めて見るタイプだ。ずいぶん、ごついATMになったな。なんか機能が増えたのか?)
しかし、後ろから利用している人たちを見ていたが、特に今までと変わった感じはなかった。
いよいよ自分の番がきて、キャッシュカードをATMに差し込む。
嫁が稼いだお金が入った口座。
躊躇いが無いと言えば嘘になる。
やはりどこかに罪悪感はある。
しかし、仕方がないことなんだ。
お年玉を戻さないとそれこそ大変な事になる。
だから、ここからお金を引き出して、早く店に戻って、今度こそ大当たりを連荘させなきゃいけない。
そうしたら、お年玉も戻せるし、なんなら焼肉も食べに連れていけるはず。
だからこれは仕方がない事なんだと、身勝手な理論で己を擁護した。
暗証番号を画面に打ち込もうとした時だった。
突然画面が暗転した。
(え?)
一瞬フリーズが発生してプレミアか?とパチンコ脳はビクッとなったが、次の瞬間画面に現れたのはGODではなく、死んだはずの母の顔だった。
(え?)
すると母は怒りをぶちまけてきた。
「こらーーーーーー!!タダシ!お前何やってんだ!」
その声はATMからスピーカ音で建物内に響き渡った。
あまりの驚きにタダシは声をあげた。
「うわっ!おばけ!壊れたよ、台が壊れたよ」
すると母は更にブチ切れる。
「母ちゃんに向かっておばけとは何事だ!まあ、死んではいるけど」
あまりの驚きに固まっていると母は話を続けた。
「お前いつからそんな人間になったんだい?母ちゃんそんな風になるなんて思ってもみなかったよ。大切な家族のお金にまで手を付けて。母ちゃん情けなくて、悲しくて涙が止まらないよ」
スピーカーから出てくる大きな声に怯えて、後ろを振り向いてみるといつの間にか、数人が並んでいた。
これはまずいと思い、なぜか小声になって母に話しかける。
「か、母ちゃん声がでかいよ。他の人が居るからさ。その、ほら、家でゆっくりと聞くからさ」
タダシはいつもの逃げ口上を吐いたが、母は一切聞き入れる様子はなかった。
「あ?何?声が小さい。全くお前は、五体満足なくせして、働きもしないでパチンコばっかりして。下手なところは父ちゃんそっくりだよ。所帯持ったら少しは真面目になるかと思ったけどますます悪くなって、母ちゃんミヨコさんに申し訳なくて申し訳なくて、もうどうやって償えばいいのか」
タダシは今頃になって、これは本当に母と繋がっていることに気がついた。
「母ちゃん!本当に母ちゃんなのかこれ、今繋がっているのかい?懐かしいなー。元気だったかい?」
母は呆れながら言う。
「お前今頃になって気づいたのかい?ずっと繋がっているよ。何ならお前をずっと上から見ていたよ。死んでいるのだから元気なのかどうか知らないけど、まあ病気は無くなったわ」
タダシは涙を浮かべながら母に話しかける。
「そっかあ良かったな。母ちゃん居なくなって寂しかったけど、またこうやって話せるなんて夢のようだね。どういう仕組みなのこれ?天国と繋がるATMなの?」
母は面倒くさそうに答える。
「良くわからないけど、そうなんじゃないの?お前がここにくるのをわかったから、こっちのカメラの前で待機していたんだよ。そんなことより、お前には一銭も渡さないからね!」
タダシは狼狽する。
「ええー?ちょっと困るよ。早く戻らないと休憩終わっちゃうよ。頼むよ母ちゃん。3万円でいいからさ。ねえ、お願い」
実際に、お金を借りにきた時のような言い草に母のスイッチが入る。
「何を言ってるんだお前は。まだわからないのか?このままいけばお前は犯罪者だ!泥棒だ!」
泥棒の言葉に後ろに並んでいる人達がざわめく。
「や、やめろよ母ちゃん。実の息子捕まえて泥棒だなんて。人聞きが悪い。ちゃんと返すんだからさ。それにこの口座は二人の口座だよ。だからキャッシュカードだって持っていたんだよ」
母はいよいよブチ切れMAX状態になっていく。
「お前、この野郎・・・よくもまあペラペラと御託を並べられたもんだ。ああーもう我慢ならん!お前こっちに来い!すぐに連れてくるよう頼むから。面と向かって説教しないと気が済まん。あー腹立つ」
タダシは青ざめながら懇願する。
「いやいやいや、まだ死にたくねえよ。連れてかないでくれよ、許してよ母ちゃん。何でもするから許してくれよ。まだやりたいことがあるんだよ。ごめんよ母ちゃん」
子供の頃のようにべそかいて許しを請う姿に母の心も揺れた。
「くっ・・・まあ、もう少しだけ待ってやる。そのかわり母ちゃんの言うことを聞きな」
タダシは助かったと胸をなでおろした。
「わかった」
母はあの頃のように早口でまくし立てる。
「まっすぐ家に帰って母ちゃんの知り合いが来るのを待ちな。その人が何とかしてくれるから」
タダシは戸惑った。
「え?いや、まずいんだよ。お金がすぐに必要なんだよ。すぐに娘のあれを戻さないと・・・」
そこまで言うと皆に聞かれていると思い、後ろを気にしながら言葉が尻すぼみになった。
母はまたブチ切れる。
「馬鹿野郎ーーー!!お前の保身なんて聞いてないんだよ!私の可愛い可愛い孫のお年玉をパチンコに使いやがって、お前はゴミカス以下のハナクソだ!」
並んでいる人達がまたヒソヒソと喋る声が耳につく。
言い返す事ができなくなり、黙って従う以外になかった。
「わ、わかったよ」
「ふん、黙って母ちゃんに従いな!」
ATMからキャッシュカードが出てきて画面が通常に戻った。
並んでいる人達の視線を避けるように、足早に建物から出た。
パチンコ屋に一度戻って休憩を解除しようかと思ったが、また母に怒られそうだったのでそのまま家に帰ることにした。
台に置いてきたタバコが惜しかったがいたしかたがない。
ミヨコに小遣い貰って買うかと諦めることにした。
それより、娘にお年玉の事がバレないだろうかと、そればかりが気になった。
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