約束公園
秋犬
約束公園
私が小学校1年生の時、仲良しの友達がいた。名前はユウナちゃん。
ユウナちゃんと私は仲良しだった。
家に帰ったらランドセルを置いて、公園に行くとユウナちゃんがいた。
私はユウナちゃんと、日が暮れるまで毎日遊んでいた。
ある日、もうじき暗くなるという頃にユウナちゃんが言った。
「ねえサナちゃん、約束しようよ」
「いいよ」
私は何も考えずに答えた。
「10年後の今日、またここで会うってさ」
「それってなんで?」
「私ね、今日引っ越すの」
「うそ、うそでしょう?」
私は明日からユウナちゃんと遊べないことが悲しくなった。
ユウナちゃんちは街外れにあって、家にはいつもお母さんがいた。
私のお母さんは家にいないので、私はよくユウナちゃんちへ行っていた。
「嘘じゃないんだ……それとね、サナちゃんにはもうひとつ約束してほしいことがあるの」
「なあに?」
泣きそうな私にユウナちゃんは言う。
「私と私のお母さんのこと、誰にも言わないでね」
「どうして?」
「喋ってしまえば、私はサナちゃんと二度と会えなくなるから」
ユウナちゃんは不思議なことを言う。泣きながら私は「いいよ」と言った。
その日はユウナちゃんとしっかり握手して、家に帰った。
次の日、ユウナちゃんちに行くとたくさんの人がいて家には入れなかった。そして家は間もなく取り壊された。
それで、私はもうユウナちゃんにしばらく会えないことを実感した。
そして、ユウナちゃんとの約束を律儀に守り続けた。
***
10年後、私はユウナちゃんとの思い出を果たすために公園へ帰ってきた。当時の遊具の面影は無く、安全に設計されたカラフルな遊具と砂場だけの殺風景なものになっていた。私はベンチに座り、ユウナちゃんのことを考える。
あれからユウナちゃんについて考えることはたくさんあった。同じ年頃の女の子だったのに、誰もユウナちゃんの話をしたことがなかった。私はしばらく余所から少しだけやってきていた女の子だと思い込んでいたが、それなら母親と2人で暮らしていたのは一体何だったんだろう。
それに、引っ越した翌日にすぐ家が取り壊されるだろうか。恐ろしくなった私はユウナちゃんのことではなく、ユウナちゃんの家について調べることにした。あの取り壊された家に住んでいたのは本当は誰だったのか、それさえわかればユウナちゃんの正体だってわかるはず。
この街の歴史について調べたところ、図書館で奇妙な新聞記事を見かけた。それは私が幼い頃、街外れの家で母子が心中したというものだった。その日付は、偶然にもユウナちゃんと再会を約束した日だった。
「ねえお母さん、この記事なんだけど」
私はお母さんにコピーした新聞記事を見せた。当時のことを何か聞けるかもしれないと期待したからだ。
「馬鹿! なんてものを持ってくるの!!」
お母さんは異様な剣幕で罵り、私を叩いてきた。
「待って、お母さん、なんで叩くの!!」
「忌々しい! 誰だアンタにそれを見せたのは!!!」
お母さんから逃げ出して、私は公園に向かう。
思えばいつもそうだった。お父さんかお母さんが泣いて叩いて、私がいつも公園に逃げていた。そんなときだ、ユウナちゃんに会ったのは。
私の中で出来事が結びついていく。
ユウナちゃんは誰も知らない子だった。
ユウナちゃんの家で母子心中があった。
ユウナちゃんは急に引っ越した。
答えは本人にしか聞けないと思った。
そして20年後の今、私とユウナちゃんは再会する。
夕方、公園に現れたのは私と同じ年頃の女性だった。
よかった、ユウナちゃんは大人になっている。
幽霊なんかじゃない。ちゃんとした人間だったんだ。
「ユウナちゃん!」
私はユウナちゃんに近づいた。ユウナちゃんは優しく微笑むと、手をあげた。
「久しぶりね。秘密を守ってくれてありがとう」
「いいの、こうしてまた会いに来たんだから」
私はユウナちゃんに積年の疑問をぶつける。
「でも、どうして秘密にしてなんて言ったの?」
「それはね……」
その途端、ユウナちゃんの後ろに血まみれの女の子が見えた。
にげて、さなちゃん
女の子がはっきりそう言った気がした。
この子は、ユウナちゃん。
じゃあ、この目の前の女の人は!?
さなちゃん、ごめんね
女の人の目がつり上がる。身の危険を感じて逃げようとしたが腰が引けて足が動かない。助けを呼ぼうにも、夕暮れの公園に人影はない。
わたしはね、さなちゃんのことほんとうのいもうとだとおもってたんだよ
妹……?
じゃあ、ユウナちゃんはお姉ちゃんってこと?
秘密のお姉さんだったの、ユウナちゃんは……?
「死ねよのうのうと生き延びやがって。あいつは結局お前に何の説明もしなかったんだな!!」
この人は多分ユウナちゃんのお母さんだ。
「あの腐れ男のせいでどれだけアタシたちが苦労したと思ってるんだ! お前にユウナのことを隠して、いい父親面してたんだろうアイツは! 死ね! 汚らわしい!」
女の人が私に迫ってくる。
「いらない、いらないんだあんな男の遺伝子を残しちゃいけないんだ。こいつもユウナもアタシもみんな死ねばいい。ざああみろ。あの女も不幸になれ」
ユウナちゃんのお母さんの高笑いが聞こえる。私は必死で身体を動かし、公園を後にした。
***
走りながら曖昧な記憶を辿る。私の父は外に女性を作っていた。その女性に子供が生まれていた。それに激昂した母は私を殺そうとした。こんなクズの遺伝子を持ったこの子がかわいそう、今すぐ殺してやらないとって、そう言ったんだ。
それから私は逃げるように公園に行くと、ユウナちゃんがいた。全てを知っていたユウナちゃんは何も知らないふりをして私と遊んでくれた。私はユウナちゃんのことを知らないふりをした。そうしている間に、「毎日一緒に遊んだ友達」と錯覚していた。
実際にユウナちゃんと毎日遊んだわけじゃなかった。そして家に行ったのも数回だったと思う。母親が怖くて家に入れない私をユウナちゃんが連れてきてくれたんだ。ユウナちゃんのお母さんは怯える私にとても優しくしてくれた。心中なんて考えるほど追い詰められているようには思えなかった。
ユウナちゃん母子は私の父と話し合いが済むまで、街外れの賃貸に住むことにしたんだった。ユウナちゃんは小学校も休んで、私のお父さんとの話し合いを続けていたんだ。そうだ、ユウナちゃんのおばさんが「サナちゃんはいい子ね」って言っていたんだ。
でも、現にユウナちゃん母子は死んでいる。
じゃあ、誰がユウナちゃん母子を殺したの?
私は家の前まで帰ってきた。
ユウナちゃんが秘密にしようと言った理由。
それはユウナちゃんと私が遊んだことを知ると大変なことになる人がいるから。
そして、10年も経てば私がその人から少し自由になるから。
そして思い出す。
『お前まさかあの女の娘と遊んだりしてないよな!?』
『知らない、知らないよ。ユウナちゃんなんて私は知らない』
泣きながら謝ったのを思い出した。
足が竦んで動かない。すると中から母が出てきて、玄関の扉を開ける。
「どうしたの、早く家に入りなさい」
さっきのユウナちゃんのお母さんの声、本当にユウナちゃんのお母さんだったのかな。
母は夕飯を作っていたのか、包丁を手に持っている。
気のせい、気のせい。
忘れよう、そうしよう。
「ううん、なんでもない。今日の夕飯なあに?」
私は家に入る。
私には、気がつかないことしかできないから。
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