後編
冬休みの時期に入った。
今年最後の授業を終えた生徒達は皆、冬休みの予定を話ながら下校しはじめる。
「なぁ、舞子・・・ちょっといいか?」
潤は女友達と下校しようとする舞子に声をかける。二人はそのまま、誰も居なくなった教室へと残った。
いつも以上に空気がやたらと重く感じる。
胃がムカムカする気持ちを抑えながら、潤は舞子に口を開いた。
「舞子、クリスマスの予定なんだけどさ――」
「えっ? あぁ・・・ごめん潤君! クリスマスは私、友達とパーティーする事になってるんだ」
平然とした表情で舞子に答えられた潤はただ、その目を見開くことしか出来なかった。
「えっ、それってイブの24日か? だったら25日なら──」
「ごめんね! 実はどっちも予定入っちゃってるんだよ。それにもうお店も予約してあるし、皆楽しみにしてるからさ――」
その言葉に、さすがの潤も今回ばかりは我慢することが出来なかった。
今なら言える。いや、言わないといけない。そう、自分の心を鼓舞させた。
「なぁ、舞子。付き合ってるのにクリスマスを一緒に過ごさないのは、さすがにおかしくないか?」
「え、ちょっとどうしたの潤君? 何だかいつもの潤君らしくないよ?」
「いや、聞いてくれ舞子。俺、ずっと舞子の為にと思って言えなかったんだけど、でも本当はもっと舞子と一緒に居たいんだよ!」
言えた。ようやく舞子に自分の思いを伝えることが出来た。
潤は自分の心によくやったと言い聞かせる。だが、そんな潤に対して、舞子は大きなため息を吐いた。
「ねぇ潤君。私達、付き合う時に話たよね? 私、自分の時間も大事にしたいって」
「え? それはそうだけど・・・」
「確かに、潤君の気持ちは分かるよ? でも、私を自由にさせてくれる・・・そんな潤君が好きだから一緒に居たいって思ってるんだよ?」
「・・・・・・」
「それに、最近の潤君何だか少し変だよ? 何かあったの?」
「いや、別に何も無いけど・・・・・・」
潤は拳を強く握り締めた。
悲しさと怒りの感情が、なぜかどっと押し寄せてくる。
(・・・なんだよ。せっかく自分の気持ちを舞子に言えたのに、何も伝わって無いじゃないか)
気づけば、潤の目からは涙が溢れていた。
「・・・もういい。分かった」
そう言って舞子に背を向けながら、潤は教室のドアを勢いよく開けて出ようとした。
「えっ、潤?」
「・・・・・・美乃」
扉の前には、美乃が驚いた表情をしながら立っていた。潤は思わず目に溢れる涙を隠そうとしたが、美乃は見逃さなかった。
潤の背後へと視線を向けると、そこには舞子の姿があった。舞子の姿を見るなり、美乃の目つきが変わると、何やら怒った様子で舞子の元へと歩を進めた。
「・・・里原さん、潤に何言ったの?」
「えっ? ちょっと何よ急に・・・」
「いいから答えて」
「べ、別に何も言ってないわよ。ただ、クリスマスイブもクリスマスも友達と用事があるから潤君とは過ごせないって話しただけよ」
舞子の答えに、美乃はその目を大きく見開いた。背後に振り返ると、潤はひとり黙ったまま俯いている。
そんな、潤の姿を見ると、なぜか美乃の中で腸が煮えくり返るほどの怒りが込み上げてきた。
「里原さん、あなたにとって潤は何なの? 大事な彼氏じゃないの?」
「ちょっと、さっきからなんなのよ? 野山さんには関係ないでしょ!?」
「潤は・・・ずっと、あなたのことを思ってるんだよ? それなのに、あなたは潤のこと何とも思わないの?」
「いい加減にして! そもそもこれは私と潤君二人の問題でしょ? 部外者のあなたには関係ないじゃない!!」
美乃の心に舞子の言葉が深く突き刺さる。
それでも美乃は、歯を食いしばった。
「・・・私は、誰よりもずっと潤のことを大事に思ってる。だから、これ以上潤を傷つけないで!」
そう舞子に言い放った美乃は、その場から逃げるようにして教室から出て行った。
「・・・美乃っ!!」
しかし、出て行った美乃を追いかけようとする潤の手を、舞子が掴んだ。
「どこに行く気なの潤君?」
「・・・舞子」
「潤君は私の彼氏でしょ? なんで野山さんを追いかけようとするわけ?」
「いや、でも・・・」
「それになんなのよ野山さん。私達二人の問題なのに・・・頭おかしいんじゃないの!?」
「え?」
舞子の言葉に、潤の何かが途切れる音がした。
――あぁ、そうだったのか。
潤の目には、舞子と繋がる『鎖』が見えていた。舞子から伸びる一本の鎖が、まるで蛇のように自分の身体に巻きついていた。
(俺はずっと、
「・・・取り消せよ、舞子」
「えっ? ちょっと、潤君何言って――」
舞子が見た潤の顔は、今までに見たことがないほど冷たい表情だった。
ずっと、笑顔で優しい顔の潤しか見て来なかった舞子は、思わずその表情にゾッとする。
「舞子・・・俺と別れてくれ」
「・・・・・・え?」
そう言って潤は静かに去ろうとした。
「ねぇ、ちょっと! 潤君待ってよ!! 冗談だよね? 別れるなんて嘘だよね・・・!?」
だが、潤のその冷たい眼差しを見れば、その答えは一目瞭然だった。気づけば、舞子の目からは涙が流れ出していた。
「嫌だよ・・・嫌! そんなの絶対嫌っ!! ねぇ、潤君何とか言ってよ!? 私を
「ごめん舞子。俺にはもう・・・舞子の気持ちに答えられない」
絶望と同時に、舞子は膝から崩れ落ちた。
そんな舞子をひとり残して、潤はそっとドアを閉めた。
◆◆◆
(あーあ。余計なことしちゃったな・・・・・・)
美乃はひとり、白い吐息を吐きながら歩いていた。
自分が関係ないことはよく分かってる。
それでも、我慢出来ずに二人の間に割って入ってしまった。
(潤もきっと嫌な思いをしただろうなぁ・・・今度、おしるこでも買って謝ろう――)
「おーい! 美乃ーっ!!」
振り返ると、そこには潤が何やら爽やかな表情をしながら全速力で走って来た。
「はぁ・・・はぁ・・・ふー! よかった、間に合った」
「えっ、何。どうしたの潤?」
息をあげる潤を、若干引き気味の目で美乃は見た。
「俺、彼女を捨てれたんだ!」
「・・・・・・えっ?」
「ようやく分かったんだ。自分の本当の気持ちに、やっと気づくことが出来たんだよ!」
唐突な潤の言葉に、脳の処理が追いつかない美乃だったが、潤のその表情を見ると何やらホッとした気持ちになれていた。
「・・・・・・そっか」
美乃はそれ以上何も言わずに、ただ潤に向かって一言微笑み返した。
「それでなんだけどさ・・・美乃って、クリスマスの予定空いてるか?」
「・・・なにそれ。何か彼女の代わりみたいで嬉しくないんだけど」
頬を膨らませながらプイッと、美乃はそっぽを向いた。
「いや、違っ・・・別に、そう意味じゃなくてだな・・・・・・っ!!」
汗を流しながら焦る潤を見ながら、美乃はゆっくりと口角を上げた。
「仕方ないな・・・ケーキを買ってくれるなら付き合ってあげるよ」
そんな、美乃の表情を潤は見つめながら「おう!」と満面の笑みを見せた。
「なぁ、クリスマスは何する? イルミネーションでも観に行くか?」
「私、寒いの嫌い。人混みも嫌い。家から出たくない」
「そ、そっか・・・じゃあ、ケーキ食べながらゲームでもするか!」
「あ、それと潤。ちなみにケーキはね――」
「モンブランで」
「モンブランだろ?」
二人はお互いに見つめ合うと、頬を赤く染めながら笑いあった。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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彼女を、捨てました。 楓 しずく @kaedeshizuku
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