二人の恋路を見守ろう同盟

野森ちえこ

親友の恋が実ったら

 あたしの親友、マユには好きな人がいる。

 本人は隠しているつもりだし、隠せていると思っている。

 しかし彼女のまわりにいる人間のほとんどが気づいていた。

 すきあらば彼の姿を目で追い、ふにゃりと顔面が液体化する。自身のまわりにふわふわとハートを飛ばしては瞳をうるませる。恋する乙女オーラ全開である。むしろ気づかないほうがおかしい。が、いた。おかしいヤツが約一名。誰あろうマユの想い人、ナギサくんである。

 隠せていると信じているマユもマユだけれど、まるで気づいていないナギサくんもナギサくんである。


 さらに信じがたいが、どうやらナギサくんのほうもマユのことが好きらしい。

 ナギサくんの親友から得た情報をもとに観察してみれば、こちらも確かにすきあらばマユの姿を目で追い、切なげにため息をついていたりする。

 これは、どこからどう見ても両想いだ。

 気づいていないのは本人たちだけか。

 いったいどうなっているんだ、君たちは。


 二人をくっつけてしまいたくなる衝動をあたしは日々懸命におさえている。

 マユが自分の気持ちを親友たるあたしにまで隠そうとしているのには、それなりの理由があるのだから。


 ◇


 中学二年生のとき、マユはクラスメイトの男子に淡い恋をしていた。

 そのことを知っていたのはあたしともうひとり、当時仲よくしていたランだけだった。

 あるときそっと、マユがうちあけてくれたのだ。誰にもいわないでと念を押しながら。


 ランに悪気はなかったと思う。よかれと思ったんだろう。

 なかなか行動にうつせないマユの想いを、ランは勝手に相手に伝えてしまった。

 そのせいで、こじれた。

 なかでもマユが告白を友だちに頼むような女子だと誤解され、相手から一方的に嫌われてしまったのが痛かった。

 最終的に誤解はとけたものの、初手のマイナスイメージがくつがえることはなく、その初恋はマユにトラウマレベルの傷を残してしまった。

 この一件でランともギクシャクするようになり、べつべつの高校に進学してからはほとんど連絡もとっていない。


 バラしたのはあたしではない。マユもそれはわかっている。

 しかしマユにとっては『絶対誰にもいわないで』という願いを、に踏みにじられたのだ。

 もしもまたおなじことが起きたら——と怖くなるのは当然だろう。

 それにマユの性格からして、勝手にバラしてしまったランよりも『話してしまった自分が悪い』と思っている。だからいえないし、いわないのだ。


 なんにせよ、あたしはそのとき学んだのである。

 人の恋路に、むやみに手をだしてはならない。

 たとえ相手が気心の知れた親友であろうとも。

 たとえ相手の気持ちが、疑いようもなくダダもれであったとしても。

 たとえ誰がどう見ても『あんたら両想いでしょう!』という二人であっても。

 がまん。がまんだ。


「なー、そろそろさ、あいつらなんとかしねえ?」


 お互いがお互いを目で追っているわけだから、当然二人の目はよくあう。今もばちっと視線が重なり、二人してあたふたと顔を赤らめ目をそらす。いや君ら、ほんとさ、それでつきあってないとかどうなってんの?


「賭けてもいいけど、ほっといたらあいつらたぶん永遠に平行線だぞ」


 ことあるごとにそんな誘惑をしてくるのは、あたしのとなりの席でありナギサくんの親友でもあるカケルくんである。

 カケルくんいわく『むかしあいつにもいろいろあってさ、異常なくらい恋愛に臆病になってんの』ということらしい。

 いろいろの部分は『オレからはいえない』と、けっして口にしようとしないし、あたしも聞こうとは思わない。それこそ外野が勝手に聞いていいことではないだろうから。

 あたしのほうも、あたしの口からマユの過去をしゃべるわけにはいかないし、カケルくんもそこは追及してこない。お互いさまというやつだ。


「なんとかするったってどうするのよ」

「んー、あっ、そういえば、ユカリんは好きなやついんの?」

「はあ? なによ急に」


 説明するまでもないと思うがユカリんというのはあたしのことだ。この男、口は固いが態度はだいぶ軽い。


「いいからいいから、いる? いない?」

「いないけど」

「なら問題ないな」

「なにが」

「遊びに行こう、四人で。オレがユカリんのこと好きだってていでナギを誘うからさ。ユカリんはユカリんで適当にマユちゃんのこと誘ってよ」

「えええ?」

「とりあえず、あの二人が一緒にいる時間を増やせばなにかしら動くんじゃねえかな」

「それでなんであたしを好きだっていう設定がいるの?」

「簡単だよ。オレが『ユカリんと二人になりたいから協力して!』って頼めば、必然的にあいつら二人になるじゃん」


 なるほど。カケルくんはつまり、二人が自然と近づけるような環境をつくろうといっているわけか。これみよがしに仲をとりもつのではなく。

 マユは自分の気持ちを隠せていると思っているわけだし、ナギサくんはマユの気持ちに気がついていない。

 場をセッティングするだけなら……大丈夫そう、かな? マユを傷つけるようなことはない?


「口はださない。手もださない。場をつくるだけ。その解釈で間違いない?」

「おう。間違いない」

「OK。のった」


 そうしてあたしとカケルくんは、二人の恋路を見守ろう同盟を結んだ。


 ◇


「長かった……」

「長かったな……」


 あれから半年。目があうたびにはにかんでいる初々しい二人を見物しながら、あたしたちはほとんど同時につぶやいた。


 夏祭り、花火、海、テスト勉強、文化祭、遊びも勉強も利用できるものはすべて利用するいきおいで、あたしたちは四人で集まった。

 そして口はださない、手もださないという約束のもと、あたしとカケルくんは見守りに徹した。

 ときには自分たちをダシにつかい、一歩進んでは三歩さがるような二人をジリジリとした気分で見守ってきたのである。


 ようやく任務完了だ。

 見ていただけじゃないかとはいわないでほしい。

 見ているだけというのもなかなかの苦行なのである。ホントにもうじれったいったら……!


「同盟も解消だね。お疲れさま会でもする?」

「お、いいね。そういえば知ってる? あいつらオレたちがつきあってると思ってるぞ」

「ああ、うん。そんな気はしてた」


 しかし、できることならネタばらしはしたくない。今回の計画で、マユが『だまされた』と悲しむようなことがあってはならないのだ。


「あのさ、ユカリんがイヤじゃなければ、しばらくこのままでいねえ?」

「と、いいますと?」

「一緒に遊んだり、テスト勉強したり?」

「……いいの?」

「よくなきゃ提案しねえって」

「じゃあ、お願いします」


 なんだろう。気のせいかな。空気が微妙にくすぐったい。


「ならさ、お疲れさま会とよろしく会にしようよ」


 なぜだか言葉につまってしまって、あたしはこくりとうなずいた。

 おかしいな。カケルくんて、こんなにやわらかく笑う人だったっけ。


 じつはマユとナギサくんのことは半分口実で、はじめからあたしが狙いだったのだとカケルくんから明かされるのは、まだしばらく先の話である。


     (おしまい)


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