接戦
酒場(実家)から出てきたアスターと私は訓練場に向かうことになった。
外には昨日の夜に降った雪が新たに積もっていた。全くここら辺は雪ばかりだ。四季なんて有ったもんじゃない。正直雪にはうんざりしている。
私はいまいましい雪を踏みつけながら訓練場へと歩みを進める。
訓練場はノースランドの真ん中に位置している。
この訓練所も昔はただの雪の大地だったのだが、今では商会の協力もあって闘技場のような豪華なものになっている。
あぁ、商会について説明するのを忘れていた。
私の言う商会とはアダム商会のことで、私たち互助会を救ってくれた恩人でもあるのだ。前にも言っていたが、アスターが互助会を立てた当時はメンバーこそいたが、仕事の依頼を安定してもらえる所が無かった為、貧しい暮らしを強いられていた。
そんなときに狩猟や採集の依頼を定期的にしてくれるようになったのがアダムさんだったのだ。他の所に頼んだほうがもっと効率よく依頼をこなす筈なのに態々私たちに依頼を回してくれた。本当に善人なのである。
商会のお陰で今まで辺鄙なところにいる犯罪者集団という印象が一端のアウトロー武装集団へ改善?することができた。とにかく彼のお陰で今の私たちがいるといっても過言ではない。アスターと会のみんな以外の恩人は誰だと聞かれたら私は間違いなくアダムさんのことを挙げるだろう。
しばらく歩いていると訓練場に到着した。私はリングへの階段を上り準備体操を行う。アスターはそのまま突っ立っていた。準備なんて要らないという意思表示だろうか。
(今度こそは絶対に勝ってやる)
因みに私とアスターの勝負で私の勝率は0%、つまり毎回ボコボコにされている。しかしそれも子供の時までだ。行商人として濃い経験を積んだ私は一味も二味も違う。
「試合はいつも通り、一本勝負。気合い入れろよ」
私はアスターの言葉に従い思考を戦闘に集中させていく。
私がアスターに負けるシュチュエーションは毎度同じ、馬鹿力で掴まれて地面に叩きつけられる事で気絶することだ。要は捕まらなければ勝つ可能性がある。
私は手の中にある折りたたみ式の自作天秤棒を握りしめた。
卑怯だと言う諸君、誓って言うがこれはルール違反ではない。ルールでは一本勝負とだけ言っているのだから。
と言うか三十路の男と十代の女の試合なんて不公平だろ。
だから断じてこれはセコくはない。むしろ此でやっと公平だ。
「よし行くぞ…初め!」
アスターの合図と共に私は天秤棒を伸ばして素早い突きを放つ。
「おいおい、お前汚い手つかうなよ」
(全く、なんて反射神経なんだ)
自分が今できる最速の突きをアスターは後も容易く躱わした。彼の強みは握力もそうだがその反射神経でもある。弾丸でも避けられるのではないかと最近では疑っている。初撃を外した以上ここからは時間との戦いになる。順応される前に短期決戦で勝たなくてはならない。
そう考えている間にアスターは距離を置かれてしまった。ここからは攻撃を避けつつ隙をうかがう算段だろうがそうはさせない。
私は体を前に傾けた勢いを利用して一気に距離を詰める。アスターは右か左に回避しようとしているがどちらだろうと関係はない。腰を捻って両手で持った天秤棒を横に薙いだ。こうなるとアスターは行動の選択肢を制限できるので、ある程度予測できるのだ。
(やっぱりそうするよね)
案の定アスターは後ろ向きに飛ぶ。アスターが次の行動に移ることは床に着地するまで出来ない。
誇り高き戦士なら正々堂々と着地するのを待って戦うのかも知れないが、私は行商人だ、戦士ではない。と言うか相手の武器がない状態で武器を使う時点でかなりの外道には違いない。
(でも勝利は勝利。悪く思わないでくれよ)
私は勝ちを確信して名一杯の突きをアスターの頭にお見舞いする。
しかし私の渾身の突きは虚空を刺すのみだった。そして、
「本当にいい性格の娘をもって俺は幸せ者だよ」
「っな」
アスターの手のなかに天秤棒は収まっていた。
あんな動き目で追うことはできても反応するなんて不可能だ。アスターはまず空中で体を傾けて突きを回避し、私の腕が延びきって脱力した時に天秤棒を強奪した。やはりこの筋肉髭面バカの強さは異常だ。
私が降参をしようとしたその時、アスターが発言を遮る。
「おい、試合はまだ終わってないぞ」
(...なにか嫌な予感がする)
「試合は一発勝負と言ったよな?俺はまだ一発もお前に入れてない。つまりまだ勝負は決まってないんだ。ルール違反はしないんだろ?」
この流れは不味い。一刻も早く変えないと。
「いやーやっぱ強いなーお父さんは。勝てっこないよー」
「そうか、ゆっくり眠れよ。メル」
アスターの姿が目の前から消える。気づくと私は訓練場の床にぶっ倒れていた。
どうやらアスターの足への横薙ぎをまともに食らったらしい。残像すら見えないなんて、人間をやめているに違いない。私は朦朧とする意識のなかで恨み言を呟く。
「...次こそ…は」
そこで私の意識は途絶えた。
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