療養?

「ううっ...」


いまだ残る頭の痛みで私は目覚めた。

目を開けるとそこには見知った白い天井が。どうやら私はノースランドの診療所に運ばれたらしい。私は重い体を何とかして動かしベットから立ちあがろうと…


いや本当に重いな。


こんな太ってないと思うけど。確かに食べ過ぎだとは自覚しているにしてもこれは重すぎる。私は違和感の正体を探るため、首だけを起こして布団の上を覗いた。


「人の布団の上で何やってるんだよ」


先ほど私がボコした少年が腹の上に跨ってりんごを齧っているのだ。全く、さっきの意趣返しのつもりか何だか知らないが迷惑なんだが。奴はしてやったりと言う顔で話し始める。


「ぷぷっ、会長に試合で負けてやんの!」


(このガキィ)


私が持つ全ての力を使って布団を引っ剥がす。案の定ガキはベッドから落ちるが、私を馬鹿にできることが嬉しいみたいだ。ずっと腹立つ表情を見せている。第二ラウンドに入ろうとした矢先、病室のドアが開かれた。



「メル?大丈夫か?」


顔を見せたのは診療所で看護師をしているアルストだった。彼は私と比較的歳が近い。アルストはあの子供を見た途端、憤怒の表情に変わって怒鳴りつけた。


「おい!クソガキ!勝手に入るんじゃねえ!」


「うっ、うっせぇよおっさん!」


「おっ…さんだと?」


子供は病室の窓から飛び出して逃げてしまった。全く、あいつは本当に人の逆鱗に触れるのがうまい。今日初めて知り合ったが純真無垢な奴じゃないことはしっかりとわかった。


私は追いかけんとするアルストを宥めた後、頭の痛みを抑えながら聞きたかった質問をした。


「お世話ありがとう。あの子って誰なの?」


「あのクソガキか?あいつは互助会に入りたいって言ってきた孤児かなんかだよ。全く、迷惑だっての」


(まぁうちは仲間意識強いからね)


今まで互助会はずっと初期メンバーのみで運営されてきた。


仲間意識が強い理由は、やっとのことで成長させた会に他の人がノコノコ入ってくる事が許せないという気持ちがあるのかもしれない。


(でも私も孤児だったしなぁ)


今まで鼻につくクソガキだと思っていたが何だか境遇を聞くと文句が言いにくくなってしまった。私は詳しく話を聞いてみる。


「名前は何なの?」


「名前ぇ?聞いてねぇから知らねぇよ」


何だかいよいよ可哀想になってきた。互助会の仲間意識もここまで顕著なものになっていたとは。


確かに今まで身内以外の人と互助会のみんながあまり交流をしていないことは知っていたが、これはちょっとやり過ぎかもしれない。


「外の人が気に食わないのは分かるけどちょっとやり過ぎじゃない?その調子じゃ会の子供とも馴染めてないでしょ」


「……」


沈黙は肯定と受け取る。


「はぁ…」


ちょっと面倒掛けてやるか。私は行商人として他の人とも交流を重ねているからそこまで外の人と敵対意識は無い。


外の人がここの一員になりたいって言うなら、名前を聞いて生き方を教えてあげるくらいのお節介は焼いてあげるつもりだ。


「私たちは互助会なんでしょ?」


アルストは苦い顔をしながら頷いた。しばらくの間沈黙が流れるが私がそれを断ち切る。


「取り敢えず子供の様子見に行ってくるよ」


私は病室から出て子供のよく遊んでいる広場に向かう。


時刻は昼をとっくに回っていた。




---


強くなりたい。


物心ついた頃から俺は孤児として教会で育てられていた。赤子の時に連れて来られたやつも居たが、多くは途中で親が育てるのを放棄した子供だった。


捨てられた奴は来た時から何日もずっと泣き続ける。そして涙も枯れ切った頃にはみんな同じ暗い表情をしていた。


その為か教会にはいつもどんよりとした暗い雰囲気か漂っていたんだ。


俺はその空気が嫌いだった。

泣いてるやつが嫌いだった。

俺を見つめるみんなの哀れみの表情が嫌いだった。


俺は親の顔すら見たことないから悲しみすら起きないのに。


羨ましい?いや違う。親には感謝してるよ。

変な感情を持たせないでくれてありがとうってな。


そんな日常に何年も浸ってしまうといつか自分も”そう”なってしまうんじゃないかって思い始めたんだ。


だから逃げ出した。強くなるためにな。


ここいらで一番関わっちゃいけない奴らだって言われているノースランド互助会に行って一員になるんだ。


それでもう誰にも弱いと思われないように自分を強くしてやる。

そう思って入ったのに、


俺は互助会の皆んなの敵意にすっかり萎縮してしまっていた。


彼らの仲間意識が強いことは知っていたが、ここまで明確に毛嫌いされるとは思っていなかった。無視されるよりいっそ罵倒される方が楽だった。


アスターに話をして一応一員にはなったものの俺に対する風当たりは異常なほど強かった。心が折れそうになった時にあいつに出会ったんだ。


あの黒髪のメルってやつだ。俺は朝っぱらからゆっくり飯なんか食ってるこいつなら虐められそうだ、なんて考えで安易に近づいた。いわば弱いものいじめで自分の自尊心を守ろうとしていたんだ。


あいつがこっちに顔を向けた時、俺は奴の目に注目した。長きに渡る孤児としての生活で、俺は人から向けられる視線に敏感になっていたから。また嫌な視線を向けられると思ったその時、俺は意表をつかれてしまった。


あいつは俺に何の感情のない瞳で見つめられた後、鼻で笑いながらジャガイモを齧っていたんだ。


今まで俺はいつも憐れんだりネガティブな視線しか人から受けていなかった。あんなに純粋に俺のことをただの子供として見たやつは初めてだった。


(バカにされてたのは確かだが)


俺は舐められた怒りと初めて向けられた視線に対する嬉しさでぐちゃぐちゃになったまま、興奮して掴みにいってしまった。


あいつは何も手を抜かずに俺のことを床に叩き落とし、俺の上に乗ってきた。やっぱりこいつは他の人とは違うんだと、口角が上がるのを何とか抑えながら俺は重いと抗議をする。


そこから野草取りの仕事を受けている時もあいつの事が気になってしょうがなかった。


仕事が終わると直ぐにノースランドを歩き回ってメルを探し回った。やっとのことでメルを見つけると彼女はアスターの肩に乗っけられながら療養所に入っていくところだった。


俺は強い興味をメルに抱いてたんだ。今まで会ったことのないタイプの人だったからだろうか。とにかく、短い時間でしか喋ってはいなかったが、その空間にいる時に感じた安心感の正体を探りたいと思った。


俺はアスターがいなくなったのを見計らって寝室に忍び込む。ベットには顔を顰めているメルの姿があった。ベットのそばに近づいてみる。


顔を近づけていると何だか俺は抱きしめて欲しいと言う気持ちに襲われた。俺はメルの上に乗って体温を感じてみる。布団にメルの熱は移っておらず、布団の冷たさのみが伝わったが不思議と暖かく感じた。


俺は母性を求めていたのだろうか。

メルと体温を共有すると何故か妙な安心感を感じる。


「んっ」


まずい、メルが目を覚ましてしまった。


俺は急にメルが起きたことに焦って昼食として用意していたりんごを取り出していた。


「ぷぷっ会長に試合で負けてやんの」


混乱して起こした行動だがなんとか誤魔化せたらしい。俺は騒ぎに気づいた看護師から窓の外へと逃げ出す。


ただ彼らの会話が気になり、しばらく留まる事にした。


「あの子って誰なの?」


どうやら俺の話をしているらしい。


「あのガキか?あいつは互助会に入りたいって言ってきた孤児かなんかだよ。全く、迷惑だっての」


俺は何だか胸が痛くなった。

迷惑だと思われていることにショックは受けていない。


ただメルに自分が孤児であることを知られたく無かったんだと思う。そうすればみんなと同じように哀れむだろうと思ったから。


なぜか分からないけど俺は逃げるようにその場から離れた。別にメルとは深い関係なんてない。ただ今日知り合ったばっかりのほぼ他人に近い人物だ。


だけど偏見のない目を持つメルと過ごした時間は短時間だが人生においてかなりリラックスできた瞬間だった。


(全部まやかしだったんだな。ただ俺のことを知らなかっただけ、偏見のない目で見るのも当たり前か)


俺は広場の木にもたれかかっていた。何もやる気は起きない。結局俺も寂しかったんだ。初めから“そう“なっていたんだ。

気づかなかっただけ。


俺は自分が周りと同じように弱い人間のままだったと気づいた。


(もう教会に帰ろう。退廃的でいいじゃないか)


現実から逃げるために俺は目を閉じた。

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