異世界転生なんて、させませんっ!

想兼 ヒロ

お約束の回避

(あ、死んだ)

 とりとめのない記憶が一気に駆け抜ける。これが、走馬灯というものだろうか。


 眼前には迫ってくる巨大な車体。まるでスローモーションのように、ゆっくり近づいてくるように見える。運転手の驚きの顔まで分かるかのようだ。

 しかし、体は動かない。この視界は防衛本能の賜物たまものだろう。何とか、危機を脱して欲しいと脳は訴えている。

 しかし、打開策は見つからなかった。


(ああ、でも)

 なぜか、妙な安心を覚えると同時に受けた衝撃。そこで、彼の意識は途切れた。



「おい、大丈夫か。兄ちゃん」


 野太い声に促されて目が覚める。認識したのは、青く広がった空。心配そうに覗き込む、数人の人々。

(ああ、やっぱり)

 今回も助かったかと藤本悠斗ゆうとは、ぼんやりとした頭で考えていた。


「おお、目を開けた。兄ちゃん、大事ないか!」

 先程から声をかけているのは、おそらくトラックの運転手だ。その顔は、うっすらとだが記憶にある。顔色は蒼白で、悲壮感に満ちていた。

 それもそのはず。悠斗を殺してしまったと、すさまじい後悔の念に襲われていたのだから。


「ああ、えっと、まぁ」

 悠斗が頷くと、運転手は分かりやすく安堵した。

「動かない方がいいだろうな……。救急車はもう呼んだから」

 悠斗の無事を確認して、彼は懐から電話を取りだした。色々なところに連絡を取る必要があるのだろう、優先順位がごちゃごちゃになる中でとにかく電話をかけ続けている。


 悠斗が目を覚ましたことで、若干騒ぎになっていた周囲も落ち着いた。


 九死に一生を得る。

 そんな体験だというのに、悠斗はどこか冷静であった。痛みはあるが、打撲程度。慣れた感覚で、自分の体の調子を分析していた。


(救急車って、何度目だろうな。乗るの)


 最初は十六歳の誕生日だ。家族が用意してくれたケーキを頬張った幸せな時間を過ごしたのも束の間、深夜に強烈な吐き気に襲われた。その後、腹痛とともに夜を越すことになる。とんだ誕生日だ。

 食中毒。それを疑われた。しかし、他の家族は全員無事で悠斗だけが苦しんだのだ。不可解な状況に拾い食いを疑われたが、そんな卑しいことはしない。結局は原因不明だ。


 二回目は骨折。親戚の荷物運びを手伝っていた時だ。故障でエレベーターが使えなかったのだ。しかたなく、非常階段を使った悠斗はその階段を踏み外す。手すりがあるから大丈夫、と思ったが体をぶつけた表紙にそれがポッキリと折れた。そのまま外に投げ出されてしまう。

 結果、右足の骨折。自転車置き場の屋根に落ちたことで、落下する距離は少なくすんだ。屋根に落ちた時に転がったのが良かったのかもしれない。固くて、そんなに強い素材でできていないから普通は一緒に潰れているはずだと後で教えられた。そうなったら骨折では済まなかったろう。


(あとは、ええと、何だっけな)


 確か学校で頭に植木鉢が降ってきたこともあったか。上階の人間が手を滑らせたのだ。

(あれは……不思議だったな)

 はっきりと意識があるから、その出来事は覚えている。悠斗の視点で言えば、土を頭に被っただけだ。どうも、上から見てた人が言うには、途中で鉢が割れたらしい。そんなことがあるのだろうか。


 とにかく。

「また助かったんだろうな」

 悠斗は己の不幸なのか幸運なのか分からない状況に、大きく息を吐くのであった。



 そして、彼が到着した救急車に運ばれていた頃。

「はっ」

 事故現場近くで倒れていた、もう一人も目を覚ます。


「しまった。そのまま寝ちゃってたか」


 この国には珍しい、真っ赤な髪。鮮やかな刺繍が施されたローブに身を包んだ顔に幼さの残る少女だ。大きな瞳をぱっちりと開け、周囲を見渡している。

「ユウトくんは……生きてる。けど、これは車で移動してる?」

 瞳が輝く。追跡の魔術だ。彼女の目には、悠斗が去っていた道筋が見えている。


「ほんと、この世界の人に魔術使うと気絶するの。何とかしてほしい」

 彼女は裾をぐいっと引っ張って、救急車が向かった先へと駆けだした。


 エリナ・ミスティウィンド。

 ここからすれば異世界の住人である彼女がこの世界に来たのは、悠斗が十六歳の誕生日を迎えたあの日だ。


 エリナの使命はただ一つ。

(ユウトくんを、死なせてはいけない)

 だから、早く追いつかなくてはいけない。


 エリナの世界は、かつて「災厄の王」と呼ばれる存在に蹂躙じゅうりんされていた。エリナはその災厄を退治した勇者の末裔である。

 世界を渡る秘術も、彼女だからこそ使えるものであった。


 しかし、渡ってはみたものの、エリナはこの世界にとって異物であった。

 まず、誰にも認識されない。物は触れるのだが、触っている物をこの地の住人は意識の範囲外に置いてしまう。

 そして、干渉すれば排除してこようとする。触ろうとするだけで気持ちが悪くなる。魔術なんて使おうものなら、その反動でエリナの意識が飛ぶ。


 どうしようもない孤独。しかし、使命を果たすまで帰るわけにはいかない。

(「災厄の王」を復活させてはいけない)


 藤本悠斗。その魂は、「災厄の王」が転生したものなのである。


 かつての「災厄の王」の臣下であった魔族が、妙な動きをしているのに気づいたエリナ達はその魔族を討伐した。そこで知ったのが、悠斗の存在である。

 その魔族は儀式を完成させていた。あとは悠斗の死をもって魂を引き寄せ、「災厄の王」を復活させる。

 悠斗の死を望む心が呪いとなった。世界を越えて、その呪いは悠斗に届き続ける。そして、彼を殺して儀式を完遂させるのだ。首謀者が死んだとしても、その儀式は終わらない。


 調べた結果、呪いの期限は一年間。


「だったら、その間。あたしが守り続ければいいんでしょ!」

 あらためて決意を声に出して、エリナは自分を鼓舞した。


 最初の頃にあった勇者の末裔としての自負、選ばれし者の誇りはすでに陰っている。なにせ、こちらで生きるために無銭飲食は当たり前。プライドなんて、最初の頃に汚されてしまった。

 ちなみに、こっそり間借りしている悠斗の近所の老夫婦の家を、それこそこっそり掃除したりして対価はできるかぎり払おうとしているエリナであった。


 だから、使命と言いながら彼女を突き動かしている感情は当初とは違っている。それは。

「ユウトくんは、『災厄の王』なんかにしちゃいけないんだからっ」


 そう。

 エリナは毒で苦しむ悠斗を解毒したり、自転車置き場の屋根を柔らかくしたり、植木鉢を空中で割ったり、トラックにひかれても耐える体に強化したりしながら、ずっと彼の近くで見守っていた。


 藤本悠斗は、いい子なのだ。


 これだけ不幸にあっているのだから、大人しくしてろとエリナは怒りたい気分にもなる。しかし、とにかく誰かの助けになろうと動いてしまう。悠斗はそんな人間なのだ。


 だからこそ、エリナは純粋に思う。

「あたしが、ユウトくんを護らないと」


 呪いの発動は、その瞬間にしか分からない。ずっと、魔術を使い続けるのは難しいから対処するのは、その一瞬でするしなかい。

 だったら、毎回危機一髪で救ってやるのだ。


「やるぞーっ」

 エリナの孤独な戦いは、まだまだ続くのであった。

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