三発目
「え~っと他は~」
陽菜子から意識をそらすために声をあげただけで、内容を考えてなかったらしい祐輔が言いよどむ。
「なんだよ。まだまだあるんだろ?」
「もったいぶらずに言えよ~」
男子がせっつく。
「他は……あ、そうそう! つい最近もあったんだ。先週末の夕方用事で出かけてたんだけど、帰る途中から急に腹が痛くなってきてさ、くるくるくるくるするわけよ。あんまり痛くて走るわけにもいかず、かといってあんまりゆっくりあるいても冷えて余計にひどくなるしで、冷や汗もんだったよ」
女子も男子も話の流れでラストが想像できて、くすくす笑いがそこここで起こる。
「あ~ゆ~のって波があるだろ。もうどうしようもない! って思ったときはちょうど家までの中間ぐらいでさ。戻るのももう選択肢になくて進むしかなくて焦ったよ。で、なんとかかんとか家までたどりついて、トイレに駆けこんだんだ。ホント危機一髪だった」
まさに焦った様子をして見せる祐輔が面白くて、教室中が大爆笑に陥った。
「それ、やらかしてたら社会的に終わるな」
「人はいたの?」
麻紀がくすくす笑って聞く。
「いなくても精神的に終わるだろ」
「祐輔面白すぎ」
男子はげらげら笑う。
「それを話題に乗せるのが下品」
優芽が眉をひそめる。
「大体祐輔の危機って、どれもこっちの意図してる危機じゃな~い」
朱里が雑誌のページを指先でつつく。
「どれも危機だけどなぁ」
ぼそっと言う祐輔の言葉に何人かがぶふっとふきだす。
「どれも祐輔の危機でしょ。そうじゃなくて、女子を危機から助けてくれるっていう意味よ」
髪をくるくるいじりながら麻紀がちゃんと教えてあげる。
そういうことをへらっと暴露してしまうデリカシーのなさはさておき、このことも裏があるといえばあるのだ。先週末の夕方と聞いて、陽菜子にはピンときた。
その日はおばあちゃんがデーサービスに通っている介護施設と、子ども食堂をしている団体とが合同で開催したクリスマスパーティーだった。陽菜子はボランティアとして朝から料理の手伝いに行っていた。小学生の子どもたちも朝から何人か来ていた。一生懸命手伝ってくれている子もいれば、手伝い半分遊び半分でうろうろしている。
「ねえ、陽菜ちゃん。材料間違えちゃった」
「陽菜ちゃん、これも入れてもいい?」
「固まらないよ~」
「あ! 壊れちゃった!」
あちこちでトラブルが発生する。子どもたちはちゃんと見極めているのだろう、てきぱきと料理を作っている大人ではなく、もたもたしている陽菜にばかり言ってくる。あちらはまともな料理を作る組。陽菜子と子どもたちは何ができるかわからないものを作る組。になったようだ。
それでもなんとかサラダと和え物、ケーキとクッキーができて、子どもたちは大喜びでホールに料理を運んだ。ビュッフェスタイルでいろんな料理が並んでいる。後からやってきた子たちはそれを見て目を輝かせた。それからデイサービスの老人や付き添いの人、小さい子ども連れの親子もやってきた。祐輔もおばあちゃんと一緒に来た。
パーティが始まってしばらくして、陽菜子は料理の中に出してはいけないお皿が混ざっているのに気がついた。男の子たちがいたずらで作ったいろんな材料をほうりこんだ怪しげなものと女の子が失敗しちゃったもの。子どもたちが気づかないようにこそっと避けておいたつもりだったのに、いつの間にか誰かが持ってきていたみたいだ。見るからに美味しくはなさそうなので、まだ誰も手をつけていないようだ。そっとさげようと手を伸ばした時、テーブルの向こう側の女の子と目が合った。誰かが食べてくれるのを期待している目。陽菜子が躊躇した瞬間、祐輔が手を伸ばし器ごと料理をとった。
「あ、それ……」
ストップをかけようとする陽菜子をちらりと見た後、向いの女の子に声をかけた。
「これ、作ったの?」
「うん! 食べる?」
煮崩れたじゃがいもと、見るからに半煮えの鶏肉。それを祐輔はぱくぱくと食べた。
「美味しい?」
みんなに失敗作と言われて自身なさそうな女の子の目の前で、うんうんと頷きながら全部たいらげて見せた。不安そうな顔から笑顔になった女の子は、空になったお皿を嬉しそうに受け取って調理場へ駆けていった。
それから男子が作ったいたずら料理の器を手に取って周りを見回した。作った三人がにやにやしながら様子を見ている。祐輔はその三人を手招きして呼んだ。
「ちぇーっ。食べないのか」
「面白くねーの」
「どんな顔するか楽しみだったのに」
ぶつぶつ文句を言って口をとがらせる三人の目の前で、祐輔は料理を口に入れた。
「うわ! まっず!」
祐輔は顔をしかめた。
「お前ら、どうやったらこんなまずいもの作れるんだよ。こんなの誰も食べられないだろ。食べ物を粗末にするのはダメだ。責任もって、全部食べるぞ! お前らも食え」
そう言って一口ずつ男の子達に食べさせ、説教しながら結局は全部祐輔が食べた。男の子たちは、多分味見もしていなかったんだろう、口にした瞬間うえっとした顔をした。それを顔をしかめつつも食べ続ける祐輔の言葉だからか、黙って言うことを聞いていた。祐輔の言葉はきっと彼らにも届いただろう。
その二品の料理が祐輔のお腹をくだした原因なのは間違いないだろう。
いつものデイは車でいっているけど、小春日和だし散歩がてら歩きで来た二人と一緒に帰る道すがら、祐輔が無口なのには気づいていた。そんなにすぐにお腹が痛くなっているとは思っていなかったけど。のんびりおばあちゃんとおしゃべりしながら歩いていたから、祐輔がそんなことになってるとは全く知らなかった。
ただ単にお腹を下して大変だった、じゃないのに、そこだけを面白おかしく話す祐輔と、それを笑うクラスメート。陽菜子はそれが悔しくもあり、また、祐輔が本当の危機のときにも頼りになると知っているのが自分だけだということが、ひそかに嬉しくもあった。
「ちぇーっ。ちゃんと危機回避してるのに」
「また面白い危機一髪があったら教えろよ~」
祐輔の本当の能力は、当分誰にも見つかりそうにはない。陽菜子は少しほっとした。
爆笑! 危機一髪三連発! 楠秋生 @yunikon
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