二発目
「祐輔のことだから、またしょうもないことなんだろう?」
男子の中から声が上がる。優芽は冷めた目で、麻紀と朱里は面白そうに祐輔を見た。
「この前、学年末の追試を受けただんだ」
「あ、オレらも一緒だったな」
男子数人が頭をかいたり、舌を出したりする。
「あの後、オレだけ再追試だったんだ」
「え!? お前そんなの受けてたの?」
「そうそう。で、結果、危機一髪ギリギリラインで留年回避!」
「祐輔〜。それは全く威張れたことじゃないよ〜」
ガッツポーズをした祐輔を見て、朱里がケタケタ笑う。麻紀も髪を弄りながらくすくす笑っている。
「祐輔くん、遅刻も多いから単位的にもヤバかったんじゃないの?」
「寝てる授業も多いしね」
「それは補修で回避した!」
「だめだめじゃ~ん」
「え。ちゃんと危機回避したのに」
すっとぼけた返事をする祐輔を、優芽がばさりと切りすてた。
「何か起こったりしたいざというときに、危機を回避できる人が頼りになるって話をしてたの。祐輔のは自ら危機を起こしてるから問題外」
「祐輔、ざんね~ん。頼りにならないってよ」
「問題外だってさ~。優芽ちゃん、きついね~」
男子が囃し立てた。本人はへらへら笑っている。
そんな様子を見ていて、陽菜子は少し腹が立った。
遅刻に居眠り、赤点。いつも笑顔のいじられキャラが定着してしまっている祐輔だけど、陽菜子だけは知っていたから。本当は真面目な優等生だってことを。
祐輔が変わったのは、高校に入学してすぐの頃だった。
最初は遅刻だった。小学校も中学校も無遅刻無欠席だったから、陽菜子は驚いた。それが、一回だけでなく、二回、三回と続く。そのうち授業中に居眠りするようになった。
「祐くん、この頃どうしたの?」
電車で一緒になった時に、陽菜子は勇気を出して聞いてみた。
「なんでもないよ。夜更かししただけ」
そんな返事しか返ってこなかった。
陽菜子が理由を知ったのは、それから半年以上たってからのこと。
「こんばんは。久しぶりね」
スーパーで声をかけてきたのは祐輔の母加奈子だった。残業でいつも帰りが遅く、買い物はいつも祐輔がしていたから、会うのは本当に久しぶりだった。
「今日は早いんですね」
「ちょっと仕事が落ち着いたから、有給とったのよ。祐輔にばっかり家事押しつけてしまってるからね」
「祐くんが家事?」
母子家庭だけど、家のことはおばあちゃんがしていたはずだ。訝しげな陽菜子の様子を見て、加奈子は少し驚いたような顔をする。
「おばあちゃんのこと、聞いてない?」
「はい。何も」
「春に脳梗塞で右半身麻痺になったの」
「え! 大丈夫なんですか?」
地域や小学校の行事にはいつも参加して、陽菜子や他の子どもたちにも気さくに話しかけてくれる快活なおばあちゃんだった。入学式のときは元気そうにしてたのを覚えている。
「リハビリで杖をついて少しは歩けるくらいになったの。今は退院して家に帰ってきてるんだけど、家事まではできないから、祐輔がほとんどやってくれてるのよ。部活も結局入らなかったし、週末も家でおばあちゃんと過ごしてくれて、悪いなとは思うけど助かってるのも事実なのよ」
そう言って苦笑した加奈子は、今日は腕によりを振るって美味しいもの作ってあげるんだと帰っていった。
その数日後スーパーで祐輔に会ったとき、陽菜子はついついかごの中を見てしまった。今までにも何度か買い物をしている祐輔に出会ったことはあった。荷物が重いからおばあちゃんに頼まれているのだと思いこんでいたけれど、家事をほとんどということは料理も祐輔がしているのだろう。
「今日は焼き鮭とほうれん草のお浸しを作るの?」
祐輔が驚いたように目を丸くした。今まで料理の話などしたことなかったからだろう。
「母さんに聞いたのか? そういえばこの間の休みの時、久しぶりに陽菜子に会ったって言ってたな。久しぶりにあったらきれいなお嬢さんになってただのなんだの陽菜子の話ばっかりしてたのに、こっちのこともしっかりしゃべってたのか」
「きれいなお嬢さん⁉」
びっくりした陽菜子の声が裏返る。
「そうそう。前から可愛かったけど、高校の制服きてもう娘さんだなぁって思ったてさ。女子高生いいなぁ。やっぱり女の子っていいわ~ってずっと言ってたよ」
「おばさんったら……じゃなくて、どうしておばあちゃんのこと言ってくれなかったの? 言ってくれたら何か……」
言いかけて言葉が尻つぼみに消えていく。何かできたのだろうか? と陽菜子は自問した。よその家の家事を手伝えるわけでもなく、祐輔に勉強を教えられるほど頭がいいわけでもない。ぐるぐると考えて、そうか、こんな風に悩ませるだけだから言わなかったのか、と祐輔を見上げとき、そんな陽菜子の思いを見透かしたかのように祐輔が話題を変えた。
「さっきの、間違い」
「え? 何が? なんの話?」
「焼き鮭とお浸しじゃなくて、鮭とほうれん草のドリアだよ。今日の夕飯は」
「祐輔が作るんだよね⁉ そんなの作れるの?」
「なんでも作れるよ。どんくさい陽菜より、多分オレの方が料理上手いと思うよ」
からかい口調で笑って言う。それだけの回数料理をしてきたっていう苦労を全く感じさせない。他の家事もやって、勉強もして。寝坊しても仕方ないのかと思ったところでふと気がついた。先生が祐輔の遅刻をあまり叱ってないように感じていたのはこのせいだっただと。
「いつでもお婿にいけるね。引く手あまただよ」
多分陽菜子があれこれ思い悩むのを祐輔は喜ばないだろうと思い、軽口で返した。
家でのことを全く言わず、ダメダメくんをやってる祐輔。本人が知られたくないんだろうから、陽菜子も何も言わない。でもダメさ加減でいじられているのを見ていると、腹立たしさを抑えられない。陽菜子にはめずらしく顔が曇っているのに麻紀が気づいた。
「陽菜子、どうしたの?」
慌てて取り繕おうと笑顔を作る陽菜を横目に、祐輔が声をあげた。
「まだまだあるんだって。他の危機一髪は~」
逆に気をつかわせてフォローしてもらった陽菜子は、今度こそちゃんと笑顔で祐輔の話に身を乗り出した。
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