危機一髪 『ミッドナイト竹田の明日はいい日』

いとうみこと

ラジオが繋ぐ人と人

「今の曲は田中レミさんで『地獄に落ちる一分前』でした。さて、今夜の『ミッドナイト竹田の明日はいい日』は『危機一髪』というテーマでお送りしています。今回は応募が多かった! コメントの投稿も多くて紹介しきれませんでした。それだけ皆さんデインジャラスな日常を送ってるってことですかね? とは言え、危機一髪ってことはどうにかしてそれを回避したってことですから、ある意味良かったねと言えるところが安心ではありますね」


 ここまで一気にまくし立てると、竹田はひと呼吸置いてエンディングへの準備を始めた。


「お楽しみいただいた生電話トークも次が最後の方となります。ラジオネーム“カクカク”さん、聞こえますか?」


「はい、カクカクです。よろしくお願いします」


 竹田の問いかけに、ラジオから張りのある男性の声が流れた。珍しく声を加工していない。


「おや、声はいいんですか、カクカクさん」


「はい、身バレして困るような話じゃないんで大丈夫です」


「了解しました〜。では、簡単な自己紹介をお願いします」


「はい、カクカクです。東京で長年学生やってます。彼女いない歴=年齢のインドア派です」


「おお、一気にシンパシーを感じました! では、カクカクさんの危機一髪をお願いします」


「はい、では……俺は学生なんですけど、正直言うと就職したくなくて大学入ったくらいのダメ野郎で、何の目的もなくダラダラと学生生活を送ってたんです。でも、本を読むのは好きで、昔から図書館によく行ってました。大学の図書館って居心地いいんで入り浸ってたら、ある日村神ってヤツに声をかけられたんです」


 慌てて竹田が割って入る。


「おっと、それは仮名ですよね? 個人名はさすがにまずいんで……」


「あ、すみません。じゃ、仮名ってことで、以後気をつけます」


「はい、よろしくです。では、続きをどうぞ」


「そのMが『きみ、いつもここで退屈そうにしてるけど、こういうの興味ない?』って同人誌を押し付けてきたんですよ。受け取ったら『百円』って言われて読むつもり無かったんですけど面倒だから金払ってどっか行ってもらって、同人誌はそのまま鞄に放り込んでおいたんです」


「今のところ危機一髪要素ゼロだね」


「前置き長くてすいません」


 竹田のツッコミにカクカクが申し訳無さそうに応える。


「いや、まだ時間あるから大丈夫。そのうちマキが入るかもだけど」


「じゃあ、ちょっと早口でいきますね……ある時、あんまり授業がつまんなくて、ふと同人誌のこと思い出して読んでみたんですよ。そしたらあまりのレベルの低さに笑ってしまって。こんなのなら俺の方がマシだと思ってMに連絡取って書き始めたんです。そしたら見事にハマっちゃって。色んなジャンルに挑戦して、それこそBLやら時代物まで試して、俺にはラブコメが合ってるなって思って、それならウェブがいいだろってことで大手のサイトに登録して投稿しまくったんです」


「僕はそういうのよくわからないんだけど、誰でも読めるの?」


「そうなんですよ、ほんとに誰でも読めて、会員なら評価もコメントもできるし、なんなら投げ銭みたいな機能まで付いてますよ。コンテストも豊富で片っ端から応募しました」


「へええ、楽しそうだねえ」


「はい、もう夢中ですよ。コメントが嬉しくて、厳しい評価には何クソと思ってすごく励みになってたんです。自分でも慣れてきたな、うまくなったなって思ってて。でも……どれだけコンテストに応募してもかすりもしなくて、だんだんとキツくなってきちゃって……」


「うわあ、わかるなあ、それ」


「で、もういい加減やめようと思って、でも消すのももったいないし、結局放置しちゃったんですよ」


「あらら……てか、まだ危機一髪要素ないね?」


「こっからです。それから一切文筆とは縁のない生活をしてたんですけど、半年くらいしてふとサイトを覗いてみようと思ったんです。色々と親切にしてくれてた人たちもいましたからね。でも入れなくて……半年の間に色々あって引っ越したりキャリアもスマホも、なんなら番号まで替えちゃったんでIDもパスワードも覚えてなかったんですよ。仕方なくログインせずに見てみたら、何と、俺の作品が大きなコンテストで入賞してたんです!」


「おおお!」


「でも、IDすら覚えてないし、自分だってことどうやって証明していいかわからなくて、取りあえず運営に連絡取ってなんだかんだ説明して、ようやく俺だって認めてもらえたんです。本当は連絡取れないから他の作品にしようって話らしかったんですけど、担当さんが『これを選ばなきゃもったいない、必ず後悔するから』って粘ってくれたみたいで」


「それだけカクカクさんの作品が素晴らしかったってことでしょう!」


「ありがとうございます。それで、今度書籍化されることになりました。タイトルは『NTRは突然に! 僕と彼女の百日戦争』です! 皆さん、よろしくお願いします」


 竹田が爆笑する。


「いやいやいや、すごい話だけど宣伝はダメでしょ。うまいことやったね、カクカクさん!」


「すいません、あんまり嬉しくて竹田さんに聞いてほしかったんです」


 神妙そうに言っているが、歓びに溢れた声だ。


「それにしても、ほんとに危機一髪でしたね。楽しいお話をありがとうございました。これからも素晴らしい作品を世に送り出してくださいね」


「ありがとうございます。頑張ります。竹田さんも楽しい番組をお願いします」


「了解です! ありがとうございました〜」


「ありがとうございました」


 暫しの沈黙の後、竹田がため息をついた。


「いやあ、最後のは人生を左右するなかなかの危機一髪でしたね。どこかの偉い人が『失敗は成功するまで続ければ失敗ではない』みたいなことを言ってましたけど、続けるって大事かもしれないなあと思いました。まあ、諦めが悪いと酷い目に遭うこともあるから難しいけどね。うわ、今日はリスナーからの声を紹介する時間が無くなっちゃいました。ごめんなさい。次回に繰り越しってことで、どんな今日も既に過去、明日はもっといい日にいたしましょう。『ミッドナイト竹田の明日はいい日』また来週!」

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危機一髪 『ミッドナイト竹田の明日はいい日』 いとうみこと @Ito-Mikoto

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