騎士団を辞めたくなったので「本当にそれでいいのか?」って言ってみたらなぜか王国最強に認定されていた
亜行 蓮
そうだ、騎士団辞めよう
「騎士団、辞めるか」
俺はクリフ。
王都の騎士団で兵士をやっているが、今まさに辞めようとしている。
幼い頃、俺は人々を守る騎士に憧れていた。だが貴族出身でなければダメだとか色々と条件があり、諦めざるをえなかった。
そこで次に考えたのが兵士になることだった。
村には元剣士だというお爺さんが住んでいた。俺は兵士になりたいから剣術を教えてほしいとお爺さんに頼んだ。
お爺さんは「まあよいじゃろ」と引き受けてくれて、剣の扱いを一から教えてくれた。
おかげで無事に兵士として採用されたわけだが……五年が過ぎて二十一歳となった今では、現実との落差に苦しむようになっていた。
俺が配属された天剣騎士団は、王国一誇り高く強いと評判だった。
しかし、その評判は実態とかけ離れていた。
人を人とも思わぬ命令ばかり下す騎士団長。
その騎士団長に厄介事を押し付けられている副団長の女騎士。
常に無表情で諦めの境地に達している隊長。
死んだ目をした同僚たち。
問題だらけだ。
人々を守る仕事は続けたいが、少なくともここは自分の居場所ではないと感じる。だから俺は兵士を辞めることにした。
ところが兵士を辞めるにはとにかく時間がかかるらしい。
理由を何十枚と説得力のある形で書き、そこから数回にわたる面談、承認を経てようやく手続き完了だ。
聞いた話では全部終えるのに二年近くかかるとか。
いや、かかりすぎだろ……。
俺は今すぐにでも辞めたいんだよ!!
どうにかして諸々の手順を省略できる方法はないだろうかと悩んだ末、何かそれっぽいセリフを言って立ち去るという手法を思いついた。
そのセリフがこれだ。
「本当にそれでいいのか?」
まるで意味不明だが、何だか妙に刺さりそうなセリフでもある。
ついでに剣を地面に投げ捨てれば完璧だろう。「ああ、あいつ辞めたんだな」と誰が見ても明らかだ。
逃亡とか失踪だと思われたくないので、目撃者が多数いる場所で実行しなければならない。騎士団全員が集まった時が絶好のタイミングだ。
機会はすぐに訪れた。
騎士団に緊急招集がかかったのだ。
城内の訓練場に集められた俺たちは、騎士団長から新たな作戦の説明を受けることになった。
侯爵家出身で三十代前半のアルドリック騎士団長は、細身で背が高い。真っ直ぐに切り揃えられた金色の前髪がいかにも貴族らしい印象を与える。
団員の整列が終わると、騎士団長が話し始めた。
「王都付近の街道にドラゴンが現れたという連絡が入った。我々天剣騎士団が
いつものように命令的で上から目線である。
まあこの声も今日で聞き納めだと考えれば悪くない。
「騎士団長、よろしいでしょうか」
兵士たちの先頭に立つ女性が手を挙げた。
副団長のセシリア・カルドウェルだ。
セシリアさんは腰まで届く白銀色の髪、整った目鼻立ちに青い瞳をした女騎士である。年齢はたしか俺の一つ下だったか。
「なんだねセシリア」
「準備期間が二日というのは、その……いささか難しいかと。いかに我が騎士団が精鋭揃いとはいえ、相手がドラゴンでは危険が伴います。ここはもう少し時間をかけて慎重に戦術を練るべきかと」
そりゃそうだ。二日じゃ陣形を決めるぐらいしかできない。
団長はそんなセシリアさんに対して微笑を浮かべる。
「ふむ、君の意見は理解した。しかしこれは王命でありそんな猶予はない。我々にはドラゴンを速やかに討伐する義務があるのだよ。もっとも──君が怖じ気づいているのなら、無理に参加せずとも私はかまわないがね」
「それはっ! ……承知しました。申し訳ございません」
二人の会話が終わると訓練場は静まり返った。
同じようなやりとりを幾度となく聞いてきたが、改善された試しがない。
「わかればよろしい。では、すぐに支度を──」
「本当にそれでいいのか?」
間髪容れずに俺は言った。
「えっ!」
「なっ!?」
「なにッ!?」
「誰だ!? あの若者はッ!?」
「クリフ!?」
その場にいた全員が俺を見た。いつも無表情のロバート隊長までもが目を見開いている。
兵士たちが一斉に俺から距離を取り、輪になって囲む形となった。
ここですかさず支給品の剣を投げ捨てる!
何もかもが計画通りだ。
最後の仕上げとばかりに城門に向かって歩き始める。
「そこの兵士! 止まりなさい!」
セシリアさんの声が響く。
振り向くつもりはなかったが、直接伝えればより効果的だと考えた。
「待ちなさい! 待って! あっ……」
振り向いた時、セシリアさんは──泣いていた。大粒の涙をぽろぽろとこぼしている。
え、どういうこと? 別に感動的でもなんでもないはずだが、なぜにセシリアさんは大泣きしているのか。よく見れば他の兵士たちまで嗚咽を漏らしている。もう花粉の季節か……。
「よく言ったな、クリフ」
気付けばロバート隊長がすぐ横に立っていた。やたらとシャキッとしていて完全に別人だ。
「お前の一言がみんなの心に火をつけたんだ。本当にそれでいいのか──その疑問は、長年我々が心の内に秘めていた声そのものだ」
「え?」
俺は混乱していた。
どうやらこのセリフ、想像以上に騎士団に大きな影響を及ぼしてしまったらしい。
「アルドリック様。私もセシリア様と同じ意見です。どうかご再考を」
ロバート隊長は、騎士団長に向かって頭を下げた。
「誰が発言を許可した?」
「!!」
騎士団長が表情を変えずに平然と言い放つ。
ピリピリとした雰囲気が騎士団を覆うと、兵士たちは我に返ったかのように一斉にうつむいた。
「そこの兵士、名前は?」
「クリフです。今日限りで辞めさせていただきます」
「ほう? だがお前はまだ天剣騎士団の一員だ。辞めるには私の許可が必要だぞ? クックック……」
そんな気はしていたがやっぱり通らなかった……。
「いい機会だ。愚かな兵には規律というものを学ばせねば」
騎士団長が兵士たちへと向き直る。
「諸君、今から私はこのクリフと一対一で
「なっ!? 本気なのですか! それでは彼は……!」
セシリアさんが悲鳴とも取れる声を上げる。
なんだかよくわからんが、俺は騎士団長と戦うことになったらしい。めんどくさ……。
兵士たちの間にざわめきが広がる。
無理だ、おしまいだ、こんなの酷すぎる。そんな落胆と失望の声ばかりが耳に入ってくる。
「光栄に思うがいい。今日は騎士団長である私が直々に稽古を付けてやろう」
どうやら騎士団長──アルドリックは、俺を見せしめにするつもりらしい。
いや待て、逆に考えるんだ。
これはむしろ絶好のチャンスなのではないか?
「わかりました。ただし俺が勝ったら今すぐに騎士団を辞めさせてもらいます」
「なんだと……?」
アルドリックの顔から笑みが消えた。
「まさかとは思うが、本気で騎士団長であるこの私に勝てると思っているのか?」
「ま、待って!」
セシリアさんが慌てた様子で俺のもとに駆け寄ってきた。
「あなたの熱意は買いますが、勝てるはずがありません! 騎士団長は王国最強と
そうは言ってもいまさら引き下がれないし、もうなんでもいいからさっさと辞めさせてくれよ……。
「どうした? あれだけの大見得を切っておいて、まさか取り消すなどとは言うまい?」
「言いませんよ。でも約束は必ず守ってください」
「もちろんだとも。ただし、私が勝ったらお前には毎日“練習相手”になってもらうとしよう。逃げればもちろん逃亡罪で厳罰に処することになる」
「わかりました」
「いいだろう! そうこなくてはな!」
セシリアさんは顔を背け、ロバート隊長は心配そうに俺を見つめる。
すぐに模擬戦用の木剣が用意された。
訓練場の中心に移動した俺とアルドリックは、少し距離を開けて相対する。
「セシリア、君が審判をしたまえ」
「は、はい……」
アルドリックはあえてセシリアさんを審判として選んだように思えた。
「では──始めるとしようか!」
構えた時には、木剣を振り上げたアルドリックが眼前に迫っていた。
「速いッ!!」
「いつの間に移動したんだ!?」
「あんなの勝てるはずがねぇ!」
勢いと重みが乗った振り下ろしを紙一重で横にかわす。
「ほう! ただの兵士かと思ったが正直驚いたぞ!」
いや実際ただの兵士だし、まさか騎士団長と戦うはめになるとは思ってもいなかったのでこっちが驚きなんだが……。
「ではこれはどうだ! ――ぬんっ!」
続けざまに連撃を浴びせられる。
アルドリックの打ち込みはとにかく速くて的確だ。体格差によるリーチの違いも相まって隙がない。
頭上めがけて打ってきたかと思えば、次には首、胸、腹、腿とあらゆる急所を狙ってくる。斬りつけや突きに対してこっちも受け流したりかわしたりで忙しい。
「す、すげぇ」
「クリフが団長の攻撃を全部受け止めている……」
「嘘だろ……俺には何をしているのかさっぱり見えなかったぞ」
そこまで感心するような話でもないよなと思いつつ、木剣を構え直す。
「な、なにこれ? 私、夢でも見ているの?」
審判役のセシリアさんが目をぱちぱちと瞬かせている。
アルドリックが後方に跳んで距離を取った。呼吸は乱れ、額に汗を滲ませている。
「クッ……な、なんだ? どうして私の剣が防がれている? たかが兵士ごときを相手に……」
まるで理解不能とでも言いたげな、困惑した表情だ。
それまでの余裕はどこかに消え失せ、わなわなと唇と震わせている。
「有り得んッ!!」
アルドリックは腰を落として足に力を溜める動作をすると、目の前から消えた。次の瞬間にはすぐ横に現れる。
もう訓練する気はないらしい首を狙う一撃を木剣の刀身で受け止める。
「私は"天剣のアルドリック"だぞ──!!」
よほど冷静さを欠いてしまっているのか、あからさまな大振りの横薙ぎが繰り出される。
アルドリックが剣を振り切る前に、すかさず側面へと踏み込んだ。
「なっ──」
すれ違いざま、無防備な背中に連撃を叩き込む。
師匠である村のお爺さんから教わった『ただの三連撃』だ。
技名とかは特にない。
「うぐああああああっ!」
アルドリックは大きく吹っ飛ぶと、うつ伏せに倒れ込んだ。白目をむいて気絶している。威力は抑えたが、二、三日は目覚めないんじゃないか。
にしても意外とあっさり終わったな……。
本人の口から降参を聞いたわけではないが、勝負はついたとみていいだろう。
それじゃあ約束通り、荷物をまとめて出ていくとするか。
と思ったら、周囲から大歓声が湧き上がる。同時にセシリアさんとロバート隊長が走ってきた。
「クリフ!」
セシリアさんが笑顔で勢いよく抱き着いてきた。いきなりなんやねん。
「まさか本当に騎士団長に勝ってしまうなんて! 信じられません!」
「いやそんなこともないですが……」
「お前は本当に大した奴だ! ほんの少しの言葉で皆を勇気付けたかと思えば、あえて隠していた実力で団長すらも倒してしまうとは! 驚きを通り越してもう言葉が浮かばない!」
ロバート隊長も満面の笑みを浮かべている。いやそれ壮大な勘違いだよ。俺は辞めようとしただけだよ。
ようやく離れたセシリアさんは目に溜まっていた涙を手で拭うと、凛とした表情となって口を開いた。
「皆さんに聞いて欲しいことがあります。私はこれまでの騎士団長の独断について、城に報告に行きます」
おおっ、と兵士たちがどよめく。
「私には勇気がありませんでした。そのせいで皆さんに辛い思いをさせてしまい、申し訳なく思います。しかし、クリフから勇気をもらいました。彼は、兵士とは、騎士とはどうあるべきなのかを身をもって示してくれました」
なにその話? どこから出てきたの?
「見て見ぬフリをしていたのは我々も一緒です。セシリア様一人に重荷を背負わせるつもりはございません。どうか私もお連れください」
「そう言ってもらえると心強いです、ロバート」
なんだかわからないがとにかく上手く収まったようだ。
こっそり逃げ出そうと思った矢先、セシリアさんに両手を掴まれた。
「クリフ、私ももう一度頑張ってみます。ですから、あなたは
「え、いや、ちょ……」
なぜか騎士団を辞めたいという部分だけが綺麗にスルーされたまま話が進んでいる。
こうして俺は、謎の連帯感が発生したせいで騎士団を辞めるタイミングを逃してしまった。
騎士団を辞めたくなったので「本当にそれでいいのか?」って言ってみたらなぜか王国最強に認定されていた 亜行 蓮 @agyoren
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