いざ、ケーキ作り!

「狐色にこんがり、焼きムラもなくて素敵な出来栄えです!

 これはいけます、サクサククッキーの完成です!!」


 クッキーの表面をオーブンの熱気で乾燥させた後、天板を濡れ布巾の上に置く。

 そっと匙に乗せて小皿へ取り分けると、ロティとオロンにそれぞれ差し出した。


 焼きたてはまだ少しふにゃりとしており、直接触ると火傷しそうなほど熱い。

触れるようになるまで、レミアはつんつんと指でつついて表面の熱さを確かめる。

その隣でロティは事も無げにクッキーを手に取り、様々な角度から不思議そうに観察していた。


 粗熱が取れてから、レミアはクッキーをそーっと口に運ぶ。

サク、と軽快な音を立てると共にバターの豊潤な味わいが広がる。


「ふにゃあぁ、バターの香りと味がたまりません……!」

「へえ、これは……。うん、とても美味しいよ」

「ありがとうございます、オロンさん!」


 レミアとオロンが目を合わせて笑い合う。

 そのやり取りを見ていたロティも、クッキーを手に取り一口かじる。


 そして一瞬目を見張った後、苦々しそうに眉をひそめた。


「……甘い」

「あっ。ロティさん、もしかして甘いものお嫌いでした……?」

「好きか嫌いかで言えば、嫌いな方だが……」


 問われたことが感想の意図と違ったのか、ロティは鈍い反応を返す。

 レミアが怪訝そうに首を傾げると、彼はふいと視線を逸らした。


「まあ、菓子は大抵甘いものだろう」

「自分の意見は気にしなくて良いってことだと思うよ。彼の気遣いは少しややこしいから、前向きに受け取ってあげて」

「はい、大丈夫です! 予習済みです!」


 オロンの補足に、レミアは胸の前でぐっと両手の拳を握りしめて元気よく答える。


「……オロンはともかく、お前の方は本当に何を言っているか分からんな……」

「君とよく似た性格の人がいるんじゃないかな?」

「えへへへ……」


 笑うところでもない。ロティが無言で呆れを込めた視線を向ける。

 しかし上機嫌のレミアには全くダメージが入らなかった。



「さてさて。いよいよお待ちかねのケーキです!」

「誰も待っとらん」

「私が待ちかねてたんです! 待ち侘びて、待ち焦がれてたんです!」


 間髪入れず水を差すロティに、三倍の言葉と熱意で返すレミア。


「ふふ、すごい情熱だね」

「もちろんです。やっとケーキが焼けるんですから、気合いも入っちゃうというものです」


 レミアはクッキーの時以上にうきうきした様子で、材料を手際よく量っていく。


「また似たようなものを作るのか? さっきの塊がまだ残っているようだが」

「あ、ケーキとクッキーの生地は別なんです。

 色も材料も似てますけど、色々違いがあるんですよ」


 泡立て器がないため苦戦するものの、何とか空気を含ませながら材料を混ぜる。

生地がちょうど良い具合になったところで、グラタン皿へ流し込む。

皿の7割ほどまで入れたところで、生地が入ったボウルを置いた。


 流し込んだ生地はおよそ半分くらい。

パウンドケーキ型より平たいグラタン皿だから、焼き時間はいつもより短いだろう。ひとまず、20分焼いてみることにした。


 5分の砂時計を4回ひっくり返し、砂が落ち切ったところでオーブンから半分ほど皿を引き出す。

 ケーキの中央を木の串で刺すと、べたついた生地が少しくっついてきた。

 皿を戻し、追加で5分焼く。


 その間、レミアはこれまでの騒がしさとは打って変わり、無言でケーキだけに意識を注いでいた。



「ロティさん。オーブンの中の熱さ、変わってないですよね?」

「ああ、さっきと同じだ」

「ありがとうございます。あと少しだけ……」


 かがんでオーブンを見つめたまま動かないレミア。

溢れてくる熱気で額に汗が浮かんでいるが、集中を切らすことなく目を凝らし続ける。


 その表情は真剣そのものだ。

 ロティはそんな彼女の横顔を一瞥した後、改めてオーブンの方に目を向けた。



 5分後、砂の音が止まった。



 取り出したケーキにもう一度串を刺してみる。

すっと抜けた串には何もついてこない。

しっかりと中まで焼き上がった証拠だ。


 続けて、ナイフを入れて切り分ける。

生地の目も詰まりすぎておらず、ふんわりと柔らかい。


 甘い香りが部屋中に広がって鼻腔をくすぐる。

形こそ違えど、確かにパウンドケーキと同じ上品なバターの香りが再現されていた。



「ふわあぁ、ケーキ……ケーキです……!」



 感動で、それ以上言葉が出ない。

 ナイフを持つ手も、今になって震えてくる。


 そっとナイフを机に置く。

そのまましばらくケーキを見つめ、レミアは身じろぎ一つしなくなった。



「おい……?」


 全く動かないレミアに、ロティが声をかける。



 その直後、レミアはがばっと顔を上げて勢いよくロティに抱き着いた。


「っ!?」

「流石です、天才です、ロティさん!

 ロティさんはケーキを焼くために生まれてきたんです!

 そうに違いありません!!」


「やかましい、そんなわけあるか……!」


 ロティは突然の行動に面食らってのけ反りつつ、レミアの頭を片手で押し返す。



「ふへへへぇ、最高です、ロティさぁん……」

「いい加減離れろ、気色の悪い笑い声を出すな」


 腕に力を込めて離れようとしないレミアを何とか引きはがし、ロティは疲れたとばかりにため息をつく。


 その一連の流れを見ていたオロンは、口を押さえて笑い声を零していた。

 とてつもなく面白いものを見たとばかりに肩を震わせている。

 ロティの一睨みを受けて謝るものの、その言葉はとても軽い。



「……はっ。

 男の人に抱き着くなんて、嫁入り前の乙女にあるまじき大胆なことを……」

「安心しろ。精霊にその手の感情は一切ない」


 両手を頬にあてて照れるレミアに対し、全く動揺することもなくばっさり言い切るロティ。


「くすん……あ、そうだ。試食です、試食」


 つれない態度に一瞬しょげるものの、既に何度もすげなくされて耐性を付けていたレミア。すぐさま感情を切り替え、ケーキに意識を戻す。


「せっかく焼けたんですから、ぜひ食べてください!」


 先ほど切ったケーキを皿に移し、二人に手渡す。

 皿を受け取ったロティは、奇妙とばかりにケーキを眺めた。


「お前の説明では、人が蟻のように群がるほど巨大なものだったはずだが」

「あ、あれは物の例えです。

 パッケージの画像はイメージです、中身とは一致しません!」

「むしろ一致させた方が理解しやすいだろう」


 パッケージの方が実物より見映えするということはままにしてある。マーケティングの法則にならったつもりだったが、どうやらそれが逆に失敗してしまったらしい。絵心にはとんと自覚がないまま、内心でプレゼン資料の出来を反省する。



 それでも、食べてもらえればケーキの良さは今度こそ伝わるはず。

レミアは率先してこの世界初のケーキを口に入れた。


 口に入れた瞬間からほどける食感と、材料の味を一つ一つ噛み締める。


「ん、んんん……っ!」


 口をむぐむぐさせながら、喜びに満ちたうなりを上げる。

ふにゃふにゃに緩みきった顔で目いっぱい幸せを表現するレミアを見て、ロティはケーキの端っこを小さく切り取った。



「すごいね。使ったものは同じなのに、味も食感もこんなに変わるんだ」


 ロティより一足先にケーキを食べたオロンが感心した様子で呟く。

自ら確かめて得た実感は、書物上の知識より大きな感動をもたらしてくれるものだ。

人間の食文化の一端を経験して、彼は満足そうだった。


 甘いものは嫌いな方と言ったロティも、二度同じことは言わなかった。

 しかしケーキを一欠片食べてから、じっと黙って考え込んでいる。



「……なぜ、このケーキとやらが人を幸せにすると思ったんだ、お前は」


 しばらく時間をおいてロティが発したのは、静かな問いかけだった。

初めてレミアが彼と会った日、レミアが口にした言葉への問いだ。


 呆れるわけでも苛立つわけでもない、ただ純粋な疑問。

そこに込められた感情は肯定的でも否定的でもない。

じっとレミアを見据える目からも、感情は読み取れなかった。


「え? それはもちろん、甘くて美味しいから――」

「それだけなら、さっきの菓子と同じだろう」


 ケーキだけの理由。菓子の中でも、どうしてケーキが特別だと思うのか。

 問われていることの意味を察したレミアは、こくんと一度つばを飲み下した。



「えっとですね。ケーキにはお祝いの時に食べる風習が……

 その、とても遠い所にありまして」

「……どこだ」

「とと、とにかくとても遠い所ですっ!」


 いつもの呆れを込めた言葉で突っ込まれ、レミアはあわあわと言葉に窮する。


「自分で食べるのはもちろん、誰かにプレゼントしたり、一緒に食べたり。

 大切な人が喜ぶ姿を思い浮かべながらケーキを選ぶ。そんな楽しみもあるんです」



「大切な人のため……?」

「はい。種類があればあるほど、悩みますけど楽しいんです。甘いもの好きじゃない人も、お子さんのためとか、誕生日のお祝いとかでよくケーキを買います」


 かすかに目を見張って聞き返すロティに、レミアはさらに言葉を重ねる。



「……そういう、ものか」

「そういうものです! お二人もありませんか? 美味しそうな物を見たら、誰かと一緒に食べたいなー、あの子が好きそうだなーって思ったりとか」


「ああ……そうだね。確かに、これは気に入りそうだ」


 優しさはそのままに、慈しみを込めた笑みを浮かべるオロン。

 この価値観は、人間も精霊も同じ。レミアは胸にじんわりとした温かさを覚え、ほっとした様子で笑顔を返した。



「………」


 その一方で、また苦々しそうな表情を見せるロティ。

クッキーを一口かじったときと全く同じ目だった。


「ロティさん……?」


 再び黙り込んでしまったロティに、まずいことを言ってしまったかと焦るレミア。


「……別に、菓子を持っていってやるような知り合いはいない」

「そうですか……? や、でもきっと、これからそういうお相手もできますよ。

 精霊さんは長生きだそうですし!」


 さっき話していた精霊の兄弟のことを思い出す。

きっと、ロティにはまだそのくらい親しい精霊がいないということなのだろう。

半分励ますような形で、レミアは彼に前向きな言葉をかける。



 ケーキも無事に焼け、いよいよケーキ屋さん計画が現実味を帯びてきた。


 レミアは窓際へ歩み寄って晴天を見上げる。


「……本来は、素直に楽しめるものなんだろうな」

「お客さんに悩み楽しんでいただくためにも、これから色んなケーキをたくさん焼かないとですね!」


 レミアは気合いを入れるべく、意気盛んに声を張り上げる。

 ロティの呟きはその声にかき消され、彼女の耳には届かなかった。











――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき



ケーキ屋さんをここまで読んでくださり、

ありがとうございます!


ここからどんどん、レミアのケーキ作りが進んでいきます。

ドタバタしつつ、色んな人に助けられつつ

前向きに進むレミアの物語を引き続きどうぞお楽しみください!


もしよろしければ、お気軽に

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