大学三年生の俺は100倍の倍率を乗り越えて面接試験に進んだ
結 励琉
「危機一髪」、これは難しいお題だ
その日面接会場に集められたのは、見渡してみたところだいたい数十人といったところか。筆記試験会場には何百人もいたのだから、ずいぶん絞り込まれたものだ。
もっとも、筆記試験時に試験官が言っていたところによると、今回のエントリー自体四千人ほどいたらしいから、筆記試験に進めるのがだいたい十人にひとり、面接試験に進めるのがさらに十人にひとりという激戦だ。
つまり、俺は100倍という倍率を乗り越えて面接に進んだことになる。
エントリーは年齢を問わないが、ここにいるのは若い人が多い。技能や経験を生かせる人も多いと思うのだが、世の中どこでもそういうものなのだろう。かく言う俺も大学三年生だ。
「これから面接試験を行いますが、面接試験の方法は集団討論になります。5名ずつお呼びして、別室にご案内いたします」
女性の係員がそう告げた。ずいぶん若く見えるが優秀な方なのだろう。どの会社でも人事には優秀な人間を集める。自分のところに人事権があるのだから当たり前だから、ここでも例外ではないだろう。
「すいません、質問があります」
ひとりの男性が手をあげた。珍しく中年の男性だ。何か特殊な技能で持っているのだろうか。
「集団討論については別室で説明しますので、それ以外でお答えできることならお答えします」
係員が答えた。
「最終合格は何名くらいになるのでしょうか」
「私どもは社会のために有為な人材を求めており、特に決まった合格枠というものはありません。なので、ここにお集まりの方からどれだけの合格者が出るかは、これから行っていただく集団討論次第になります」
「それでは、最初の5名をお呼びします」
俺の名前も呼ばれた。
別室に入るときに、胸のところに貼るようにと、1から5までの番号が記されたワッペンが渡された。
俺の番号は4番だ。縁起がどうこうという場ではないので、何番でもよいが。
円形に並べられた椅子に5人が座る。
1番は俺と同年代の男性。目つきが鋭くやる気満々という感じ。
2番は高校生くらいの女性。元気がない様子。
3番は俺の母親くらいの年齢の女性。笑みをたたえたおだやかな表情。
4番は俺。
5番は初老の男性。キョロキョロとあたりを見回している。
3名の試験官が着席している。面接試験官は課長クラスと、まとめ役で部長クラスが勤めることが多いと就活セミナーで聞いたことがあるが、真ん中の押しの強そうな女性が部長クラスなのだろうか。
右端の、有能そうな若い男性が口を開いた。
「これからみなさんに、お題に沿った集団討論を行ってもらいます。討論といっても、自由にお話していただいて結構です。ご自身の経験でも、他の方のお話への意見でも、何でもどうぞ。無理に結論を出す必要はありません。なお、お互いは、胸に貼ったワッペンの番号で呼び合ってください」
「あの、質問があります」
1番が手をあげた。
「1番さん、どうぞ」
「話がまとまらないと、グループ全体の評価が下がるのではありませんか」
就活セミナーで聞いた気がする話なので、1番も俺と同じようにセミナーを受けていたのだろう。
「ここではそういう『常識』にとらわれる必要はありません。みなさんの素の姿を拝見したいと思っております。話を引っかき回してくださっても、それがユニークな視点ならOKですよ」
「ありがとうございます」
「それでは、お題を申し上げます。お題は『危機一髪』です。さあ、ご自由に討論を始めてください」
「危機一髪」、これは難しいお題だ。
乗り越えた経験という意味であれば、なおさらだ。
なので、しばらく誰も口を開かなかった。
面接まで進んでこう言うのもなんだが、実を言うと俺はここにエントリーした覚えはない。合格してやりたいことも思いつかない。
なので、受かろうと受かるまいと構わないので、「話しやすい雰囲気を作る」という、セミナーで教わったことを実践しなくてもいいのかもしれない。
でも、だからこそ俺は安心して口火を切れる。
「じゃあ、俺の話をします。あの日、俺は横断歩道で、信号が青になるのを待っていました。隣には、小さな女の子と、その父親らしい男性が立っていました」
俺が話し始めたので、まわりにホッとした雰囲気が流れた。
「突然、その女の子が赤信号を無視して駆け出しました。横断歩道の向こう側で、友だちらしい子が手を振っていたので、それに反応してしまったようです」
「父親らしい男性が手を伸ばしたのですが間に合わず、そこに1台の車が走ってきました。俺はとっさに飛び出して女の子を突き飛ばして、その子は危機一髪難を逃れたのですが、代わりに俺がその車に……」
「それは大変な経験をされましたね。4番さんのこの話をみんなで考えていくのはどうでしょうか」
3番がおだやかな表情のままそう提案した。
「それはいいのですが、まずはじめに、このお話は本当でしょうか。よくあるような話に聞こえますが。作り話だったら感心しないな」
1番がそう疑問を呈した。
「うーん、そう言われても、それが事実なのだから仕方ないですね。作り話ならもっと珍しい話を作りますよ」
本当に事実なのだから仕方ない。
「私は本当だと思いますよ。それに、私にはできない行動ですし、4番さんが私の子供だったら、褒めてあげますよ」
3番がフォローしてくれた。
「私が4番さんだったとしても、そんな行動はできませんでしたね。もし、女の子を助けようとして飛び出しても、私なら1歩目で足がもつれて転んで、二人して車の下敷きだったでしょう。若い方らしいお話じゃないですか」
5番がそう言い添えた。
「わかりましたよ。事実として話を進めましょう。では、質問を変えます。たとえ他人の危機一髪を救ったとしても、自分が犠牲になるのはどうでしょうか。3番さん、自分のお子さんがそうしたとしたら、本当に褒められますか」
1番が話を進める方向に舵を切った。
「もちろん自分の子供がそうして死んだとしたら、私は泣くでしょうね。しかしそれでも子供を責めたらかえってかわいそうです。泣いて、泣いて、そうして、褒めるでしょうね。私はこれまでの人生で、子供を褒め足りなかったとも思っていますので」
すべての母親は3番と同じなのだろうか。
「4番さんのような若い方ではなく、私のような年齢の者が本当はそうすべきだったのでしょうね。もっとも私はその場に居合わせなかった訳ですし、足ももつれたはずですし」
5番がまたそう言い添えた。
「できたできないではなく、5番さんは4番さんの行動自体はどう思いますか。5番さんは、4番さんくらいのお子さん、いや、お孫さんがいらっしゃっても不思議じゃないですが」
1番は話を振るのが好きなようだ。
「そもそも私は自分がここにいるのが不思議でしょうがないので、正直なところ4番さんのお話に感嘆するばかりです。もし自分の子供や孫だったら……ここのところ没交渉だったので、どうでしょうね」
5番に話を続けてもらうのも気の毒な気がしたので、俺が話を引き取ろう。
「何も俺は自己犠牲の精神を発露した訳じゃないんです。ただとっさに体が動いたということです」
「それでも私は自分の子供だったら褒めたいと思います。実は私、これから子供に会えるかもしれないんじゃないかと期待しています。そうしたら、褒めたりなかった分を褒めてあげたいと思っているんです。そう思うとなんだか嬉しくて」
3番が笑みをたたえている訳がわかった。人それぞれ事情があるようだ。
「私はとっさの行動でも、結果的に自分の周りの人を悲しませたらどうかと思います。常にそこまで考えているべきではなかったでしょうか」
1番もそういう経験があってそう言っているのだろうか。
ここまで2番が一言も発していない。
1番が話を振るまえに、俺がやんわりと話しかけてみようか。
「2番さん、ここまでの話で、何かお感じのことはありますか」
少しうつむいて考えるようなそぶりのあと、2番が口を開いた。
「4番さんのお話とは違うのですが、あたしも昔、人に助けられたことがあったんです。なのに、お返しができないままでいて申し訳ないって思っていて、お話にうまく加わることができずにすみません」
そのあとも話はまとまることはなく、「はい、ここまでで結構です」との女性試験官のひとことで集団討論は終了した。
「これから合否をみなさまにお伝えしますので、お手数ですが、別室でお待ちください。ひとりひとりまたお呼びします」
今度は左端の男性がそう告げた。ずいぶん早く合否を決めるのだな。
「4番さん、こちらへどうぞ」
別室でしばらく待ったあと、そう呼ばれて俺は小さな部屋に入った。
向かい側には、どこか威厳を感じさせる男性が座っている。
「私が今回の選考試験の総責任者です。筆記試験、集団討論お疲れ様でした。さっそくですが、あなたは合格されました。おめでとうございます。これからよろしくお願いします」
俺が合格? 嬉しいと言うより、不思議な思いが先に立った。
「俺がですか? 失礼ですが、あの集団討論で、俺がどう評価されたのでしょうか」
「これからあなたに行っていただくところでは、何が起きるかわかりません。それこそ危機一髪ということも起きるでしょう」
「それだったら、これまでの人生で、そういう状況をうまく乗り越えた人を選ばれた方がよいのではないでしょうか」
俺は乗り越えられなかったから、ここにいる。
「そういう方ももちろん選んではいますが、あなたの場合、意識していなかったかもしれませんが、集団討論において就活セミナーで習う基本に沿った対応をされていました。そこは重要なポイントです」
「いや、重ねて恐縮ですが、それじゃ臨機応変な対応ができる人材かどうかはわからないのではないでしょうか」
セミナーでも、基本がすべてではないとは言われている。
「普通の就職試験ならそうでしょうね。ただ、亡くなったばかりでいろいろ混乱している中では、基本に沿った対応ができること自体、評価すべきことなんですよ」
亡くなったばかり。それもそうだが。
「確か、話を引っかき回しても、それがユニークな視点ならOKと言われました」
「この世界でも、多様性は大切なのですよ。そういう人材も必要です」
多様性と言うなら、集団討論のメンバーも様々だった。
「集団討論の他のメンバーはどうなりましたか」
「あなたのいたグループでは、結構厳しい経験をしてきた方が揃っていましたね。個々の方の結果はお知らせできませんが、合格された方もいます」
「合格しなかった人はどうなったのですか」
「面接まで進んで合格しなかった方は、一からの人生ですが、今度は長く活躍できるように生まれ変わりをさせてあげることになっているんですよ。それでは、今後のことについては係員から説明しますので、説明会会場へ移動してください。」
こうして俺は転生者に選ばれた。
俺の人生は終らなかったことになるが、これが俺にとって危機一髪を乗り越えたことになるかは、新しい人生次第なので、まだわからない。
了
大学三年生の俺は100倍の倍率を乗り越えて面接試験に進んだ 結 励琉 @MayoiLove
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