第6話

「……吉岡」

 アイラと別れ、特に中身の無い雑談を続けていた優姫が、角を右に曲がった途端に真剣な表情で吉岡の腕を取った。

「ちょっと、聞いてくれるか?」

 優姫の目が一層険しくなる。一体何事か分からないが吉岡は頷いた。

「アイラは……人間じゃないよ」

「はぁ? 確かに変わってるけど……」

「そう言うんじゃないっ!」

 吉岡の言葉を遮って優姫が声を荒げる。直後、優姫の顔色がみるみる内に青くなり、忙しなく辺りを見回した。まるで今の会話を誰かに聞かれる事を恐れるように。

 それを間近に見て、吉岡は息を詰めた。それ程に優姫の様子は危機迫っていた。

 何度も前後左右を確認し、やっと落ち着いたらしい優姫が吉岡に顔を近付け声を潜めた。

「吉岡は、当然知ってるよな? 私が視えちゃう事」

「あぁ」

 吉岡は小さく頷いた。

 一年生の時に体育委員だった二人は、不思議な体験をした事がきっかけで仲良くなったのだ。優姫がこの世ならざる者や不可思議な物が視えてしまう体質だと言う事も、そのせいでずっと苦労してきた事も、その時に吉岡は知ったのだった。

「アイラってさ、何処に住んでるとか教えてくれないんだよ。だから帰るフリして後をつけた事があるんだ。そしたら……」

 そこで言葉を切ると、優姫はもう殆ど囁くような声で言った。

「空き地に停めてある宇宙船に入っていったんだ」

「それってどう言う……」

「言葉の通りだよ。最初はただの空き地だと思った。でもアイラがその前で立ち止まってるから目を凝らしてみたんだ。そしたら薄らだけど視えたんだよ、宇宙船が。何よりその中に入って行くアイラを見たんだから間違いない」

 本当にそんな事があるのか?

 だが、優姫がそう言うのなら間違いないのだろう。

「……それで、その後どうしたんだ?」

「すぐに逃げた。見てたのバレたら多分ヤバい事になるって気がしたんだ。だから空き地にも近寄ってない……と言うか、気持ち悪くて近寄れなかった」

 優姫は眉根をグッと寄せ、口を手で覆う。吉岡は驚いた。その優姫の様が嫌悪感を隠そうともしていなかったから。

「な、なぁ、そんな事言うなよ。お前ら親友だろ?」

 吉岡が宥めるように言うと、優姫は吉岡の目を見返した。

「……親友な訳ないじゃん」

 強く暗い視線が吉岡を捉えている。

 吉岡は息を呑んだ。まさか、優姫がアイラにこんな反応をするなんて。

「吉岡さ、アイラに告ったんだろ? 実はさ、コッソリ聞いてたんだよ、廊下で」

 静かな声で優姫が問う。ややあってから吉岡は気まずそうに頷いた。

「そっか。良かった」

「な、何がだよ……」

「そんなん決まってるだろ? あの宇宙人の興味が分散されるじゃん」

 優姫がハハッと乾いた笑い声をあげる。

「片瀬、あの子がお前の事好きだって……」

「それも聞いた。てかさ、あんな態度されて気付かない訳ないじゃん」

 優姫が吐き捨てる。

「女同士だってのに、何考えてんだよ。キモ過ぎんだろ。それに私好きな人いるっつってるのに、毎日あんななんだからマジで終わってるよアイツ。喋り方もおかしくて、アレを毎日毎日聞かされてホント頭おかしくなりそう。でも怒らせたら何するか分からないから、ずっと気遣って過ごしてんだぜ? それともそう言う作戦? 私のイライラが爆発した隙に体を乗っ取ろうとか? それとも地球を征服するつもり? もう何でもいいけどマジでウザい」

 ドロドロと吐き出される言葉は毒そのものだ。もう優姫は止まらなかった。

 優姫にとってアイラが宇宙人かどうかはもう問題では無いのだろう。それ程までに優姫はアイラを嫌っているのか。

 吉岡の脳裏には図書館で傷付いた顔をしたアイラが浮かんでいた。

『好きになる気持ちに男とか女とか目の色とか肌の色とかどこで生まれたとか、関係ないんだよ』

 そう言っていたアイラが今の優姫を見たら、どれ程に失望し傷付くのか。そのアイラの顔を想像して、吉岡は小さく奥歯を噛み締めた。

 一頻り毒を吐き出した優姫は、綺麗な顔を歪ませてニタリとした笑顔になった。

「だから吉岡も一緒に頑張ろうな? アイラの御機嫌取り」

 吉岡はただ優姫を見つめる事しか出来なかった。

 二人の間を初冬の冷たい風が吹き抜けた。思わず総毛立った吉岡はギュッと目を瞑った。風に洗われた空気の何処からか、イチゴ牛乳の匂いがした気がした。

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恋にも終わりがあるけれど 晴川祈凜 @harekawa_inori

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